第15話 省エネ主義


俺、一ノ瀬翔の、新学期始まってからの日々は、まさに、怒涛だった。

友達も、数えられるくらい増え、中には、ちゃんと仲良くなれた友達も複数人いる。

人間というものは、不慣れなものに、非常に弱いものだ。

適応していけること、理性がある、ということが、人間を人間たらしめる要因である。

そこが、動物と人間の境界線だ。

人間は、動物であって動物でない、というのは有名なパラドクスだ。

何が言いたいかというと。

……疲れた。それも、かなり。

全くもってこの数日間が嫌だったわけじゃないが、どうしても人間は不慣れなことに疲れてしまう生き物なのだ。

土日は、平日頑張った反動で、かなりの時間休息を取った。

おかげで、逆に寝すぎて、月曜日である今日は、疲れが残っていた。

寝すぎると疲れる人間の構造を、どうにかしてほしい。

とか思いながら朝のルーティンをこなし、翠姉さんは早々に大学へと出発する。

ガチャッ。

玄関を開ける。

「おはよう!」

「おはよう、翔くん」

……やはりいた。

唯と七花さんだ。

「ああ。おはよう」

疲れから、できれば一人で登校したかった気持ちがあったが、断るのには、理由がしょうもなさすぎた。

俺は、何も言わずに、二人と一緒に登校することに決め、歩みをすすめる。

だんだんと学校が近くなってきたところだった。

「あ……!翔くん!」

背中をポンっと優しくタッチされた。

声で誰なのか分かっていたが、俺は振り返り、その姿を視認する。

「ああ、奏さん。おはよう」

「うん、おはよう!七花さんも、四谷さんも、おはよう」

奏さんは、笑顔でそう言った。

「おはよう!奏ちゃん」

「おはよう、奏さん」

唯と七花さんも、そう返す。

「奏ちゃん、翔の教え方うまかったでしょ?」

唯は、奏さんにそう喋りかけた。

「うん、本当にうまかった」

「奏さんの飲み込みも早かった、唯よりもな」

「な……!」

唯は絶句する。

奏さんも俺も、七花さんも、その唯の表情につられて笑う。

「でも結構長いこと勉強に付き合わせちゃったんだよね。翔くん、自分の勉強に支障はない?……って私は心配できる立ち位置にいないけど」

「大丈夫。春休みの間に進めた分で全然余りがあるから」

「……さ、さすが!」

やはり、奏さんとの距離感が、近くなれた気がする。

良かった、あれは夢ではなかったんだな。

「奏ちゃん、翔のこと、「翔くん」っていう呼称に変えたんだね!」

唯がそこを突く。

せっかくごく自然に変えてくれたのに、と俺は思う。

「……あ、ちょ、ちょっと色々あってね」

「まぁ、そういうことだ」

唯は、えー、と詳細を話さない俺たちに向けて悪態をたれていたが、その傍で、七花さんは静かにこの掛け合いを眺めていた。

今日は四人で登校。

最初の俺の省エネ主義的気持ちは何処へやら、だ。

ふと周りを見渡すと、周りの生徒が多数こちらに視線を向けていることに気づいた。

……まぁ、普通に考えて、そうだよな。

メンツが珍しいのだろう。

唯は、成績、学業態度共に優秀で普通に有名だし、奏さんは、かのミスコンテストで優勝している。

それに、七花さんは、最近転校してきた金髪少女であり、旧財閥家の一人娘だ。

俺は……よくわからん。成績は一番だが、態度はワースト一番な自信がある。これは、例の「記憶旅行」のせいだ。

それに、容姿に関してもそうだ。

一般的な視点から見れば、唯は、背が小さいが、活発なタイプで、勿論外見も良い。

奏さんや七花さんも、言わずもがなな、滅多にいないほどの美少女だろう。

俺は……、はぁ。

彼女達と自分を比べたときに、自然とため息がでた。

別に自己評価が無駄に低いわけではないが、この三人よりは、どう考えても魅力がない人間だろう、俺は。

それはそれで自分自身を好きな理由の一端でもあったりするのだがな。

たわいのないことを話しながら、俺達は学校へ着いた。

昇降口で靴を履き替え、教室へ入る。

そして、その要領で、1限から4限までをこなした。

七花さんから言われているため、一応授業中の「記憶旅行」はしないようにしている。

だから、かなり授業中は暇だったが、なんとか乗り越え、現在は昼休み。

今日は、六月さんも一緒に、学習室でご飯を食べることになっている。

唯、七花さん、奏さん、享、六月さんの6人だ。

「六月さん、行こう」

俺が六月さんの席に近づき、彼女に話しかける。

「ええ、わかった」

六月さんは、そう言って席を立った。

六月さんは、女子にしては背が高い。

目算だが、170cm程度だと思う。

モデル向きな体型をしている……って、誰目線なんだ、俺は。

そんなくだらないことを考えながら、俺達は学習室へと向かった。

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