第5話 コンツェルト

現在は昼休みを経た5限、その授業は桜ヶ丘高校におけるカリキュラムで二年生になると追加される、討論。

今の時代は勉強ができるだけではだめだとか、東大に入っても、社会で全く役に立たない人がいるように、コミュニケーション能力と学力との相関はあまり見られないことが研究の論文によって明らかになったため、全国の優秀な学校では、主にコミュニケーション能力の向上を図る授業が導入されているとかいないとか、そういう話を先生がしていた。

そして、初回の授業たる今回は、席順で分けられたグループで班をつくり、議題に対して

考えを共有するというものだ。

俺の班のメンバーは、七花さん、唯、そして、三栖みすかなでさんだ。

黒板には『部活と勉強の両立は可能か否か』という議題が板書されていた。

これについての俺の考えは、「No」。

文武両道を、どの程度の領域に規定するかによるが、仮に、運動も県で入賞するほど、更に、その高校にもよるが、校内で一位を取り続けることだとする。

俺はずっと、校内での成績は一番だ。

日本一の高校で一番、そして、全国模試でも一番をとったことがある。

加えて、運動も、それなりにはできる。

……しかし、県で入賞、はたまた全国に出場するようなトップ選手になれるか、と言われたら、それは無理な話だ。

トップで活躍する選手は、才能だけではない。

類まれなる努力をもってして、現在の位置についている。

競技にもよるが、人並み以上の努力抜きでトップ選手になれる人間は、殆どいないだろう。

いたとしても、その人間が全国トップクラスの学力に到達できるか……といわれたら、まず間違いなく無理だ。

人間には、絶対的な時間が有る。

俺だって、毎日暇な時は勉強に費やしている。

この高校の生徒は、ほとんどがそうだろう。

そこに部活動を加えたら、脳がパンクしてしまうかもしれない。

そんなに器用な人間はいない。

物語の中だけの、存在。

幻想と現実の区別はきちんとつけているつもりだ。

……まぁ、もちろん、俺が掲げるような、極端な文武両道ではなく、どちらもそこそこな文武両道ならできるだろう。

だが、それを本当に『文武両道』と呼べるのか?

そう訊かれたら、俺は頷けない。

人には、それぞれの価値観が有る。

あくまで、俺はそう考えるだけ、誰かに押しつけもしない。

「よし。じゃあ、議題はどうでも良いから、今後の方針について話合おう!」

七花さんは元気にそういった。

「そうだね!翔も、それがいいと思うでしょ?」

唯もその提案に乗っかっている。

「……まぁ、俺のことだし、勿論いいんだが、一つ、大事なことを忘れている。」

俺の言葉でようやく気がついたように、俺たち三人は全員三栖さんの方を向いた。

「今後の方針……?」

三栖さんは案の定キョトンとしていた。

三栖 奏さん。髪色は茶髪で、ハーフアップ。後ろ髪は少し巻いている。確か、去年の桜ヶ丘高校のミス・グランプリだったような気がする。三栖という名前と、ミス・グランプリという洒落の効いた繋がりは、流石に俺でも覚えていた。男子に人気がある、と唯が話していた。

「あ、確かに知ってるわけないよね……」

七花さんは、至極当然のことを今気づいたかのようにいった。

頭良さそうに見えて、実は一つのことに集中すると視野が狭くなる性格をしているのかもしれない。

唯は…単純な天然だろう。無駄に察しがいい時もあるが、大抵はなんのことやら理解していないような顔をするのを長年見てきた。

「なんのことやら……」

「うーんとね。奏ちゃんは、翔に友達がいないことは知ってる?」

「おい」

「一ノ瀬くんは…確かに、ずっと四谷さんと一緒にいるイメージがあるかも。ごめんね、一ノ瀬くん」

「いや、三栖さんは謝らなくていいんだが、唯の言い方が直球すぎてな。俺じゃなかったら大ダメージ受けてるぞ」

「あはは、ごめんごめん!」

唯はいつものように元気よくそういって笑った。

「私たち二人はね、翔くん友達作ろう計画を実行しようと思っているの」

七花さんが、唯の言葉につなげる形でそういった。

「と、友達作ろう計画……?」

「うん、そうなの。実は私は、翔くんと昔の顔馴染みでね。四谷さんから状況を聞いて、始めることになったの。だから、この場はそれを考える時間に使わせて欲しい。申し訳ないから、三栖さんは別のこと、例えば課題をやるとか、自分の勉強をするとか、そういう時間にしてもらっていい。……どうかな?」

七花さんは、盛大に嘘を盛り込みながらも、同時に真実も折り込む、詐欺師の常套句のような言葉の選び方で三栖さんに説明した。

当然、三栖さんはきょとんとしている……が

三栖さんは暫く、俺と唯、七花さんを順に見つめた。

「……そういうことなら、私も手伝いたい!」

急に三栖さんは表情を明るく変え、そう言い放った。

「「「……え!?」」」

三人同時に同じ反応を示す。

「なんか面白そうだから、私もその計画に参加したい。……一ノ瀬くん、だめかな?」

三栖さんは懇願するような表情で俺に尋ねてくる。

一応、俺の友達作ろう計画だから、まず俺に訊いてきたのだろう。

「……俺は別に構わないが。」

「二人は……?」

「確かに、討論の時はずっとこの班だし、三栖さんだけ違うことしているのも中々不自然だからね……。私も、良いと思う」

「私は、別に構わないよ!」

七花さんは思考を巡らせた様子、唯はいつもの調子で了承する。

「……!ありがとう!そういえば……四谷さん以外の二人とは、初めて、喋るね。私のことは、三栖ではなくて、下の名前の、奏って呼んで欲しいの。」

三栖さんは、少し物憂げな表情でそう言った。

「奏ちゃんは、去年のミスグランプリになってから、名前でいじられることが多くなっちゃって、だから下の名前で読んで欲しいっていうことらしいの。私も昔、同じことを言われた」

「……なるほどな。一年間同じクラスだったとはいえ、改めて自己紹介する。俺は一ノ瀬翔。好きな呼び方で読んでくれ、奏さん。」

「うん!よろしく、一ノ瀬くん。」

俺は正直驚いていた。

ここまで普通に会話できる人間は、七花さんは例外として、唯以外にはいなかった。この世界中の人全てがこんな風に会話しやすかったら良いのにな。

「私も下の名前で呼んでね、奏さん。」

「わかった!さやちゃん。」

ここで一通り自己紹介、もとい呼び方の規定を行なった。毎週数回あるこの授業は、かなり緩いため、今思うと何か別のことをするのには最適なのかもしれない。

実は、教室内に先生の姿はなく、この授業は主体性どうのこうのという免罪符によって、ほとんど生徒主体で行うものとなっている。

ちなみに、班内だけで完結するという、これまた優良な設計をしている。

「奏ちゃんは、翔に尻込みしないんだね。」

唯が三栖さんーいや、奏さんにそう言う。

「…まぁ、私は一ノ瀬くんが怖くないことは知っているからね。普段四谷さんと話している様子を見てたら、他の人もそんなことはわかると思うんだけどね。」

「あはは、そうだよね。」

唯と奏さんの話がひと段落したところで、七花さんが息をスーッと吸い込んだ。

「じゃあ、まずは最初のターゲットを攻略する方法を、説明、議論していきましょうか。」

「おいおい、物騒だな。」

俺はそう突っ込まざるを得なかった。

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