第1話 流動性の運命

運命の歯車なんてものは、少しの出来事で急速に動き出す。

大事なのは、何であれ一歩を踏み出すこと。

一度慣性の法則に抗えば、今度は自らが生み出した慣性によって、物体は動き続けようとする。

流動性をもった運命の渦は、音を立てて流れていく。

それを、身を持って体感した一日だった。



透き通った青い空、夜露に濡れた桜、春を感じさせる心地の良い風。

俺はその全てに感慨を抱きながら、ぼんやりと外を見ていた。

2020年4月7日火曜日。

俺、一ノ瀬 かけるは、高校二年生へと上がり、さらなる一歩を踏み出そうとしていた。

予鈴が鳴り、2年A組のクラスメイト達が席に着く。

今日は始業式。春休みを経た、最初の登校日だ。

といっても変わるのは学年だけであり、クラスメイトは変わらない。

一年生の時から、このメンバーで学校生活を送っている。

理由は、この高校の入学試験の点数だ。

この私立桜ケ丘高校は、入学試験の点数で、A~D組までクラス分けがなされる。

俺の数少ない特技の一つである勉学のおかげで、一番成績のよいA組に入ることができた。

…しかし、一年経った今でも、あまりクラスメイトとは馴染めなかった。

誰と喋っても、とある違和感に苛まれてしまう。

その違和感が絶大なもので、一瞬で俺からやる気を失わせるに足る力を保有しており、俺ももう、クラスメイトに喋りかけるのは辞めた。

だが、唯一例外がある。


「翔、また前後ろの席だね。」

俺の唯一の友人、兼幼馴染の四谷よつや ゆいが、そう喋りかけてくる。

「……まぁ、昔から腐れ縁だからな」

「また勉強教えてねー!」

「お前も成績悪くないだろうに」

「いや、だって!翔この前の全国模試ベスト10入りしてたじゃない。私はただの、この学校の八位。所詮、井の中の蛙なのよ」

「……ただ運がいいだけだから。それに勉強は、数少ない俺の特技だからっていうのもある。蛙は、されどその空を知るんだぞ」

「ふぅ~ん。……どこが数少ないんだか」

「何か言ったか?」

「美咲先生が来たって言ったんだよ~」

唯の言う通り、女教師が入ってきた。

しかし、先生の後ろには見慣れない制服を着た少女がいた。

異国風というか、この日本では珍しい、美く長い金髪。そして、青い瞳。所謂金髪碧眼というやつだろう。

それは、俺の目から見ても明らかに美少女だった。

別の高校の制服を着た彼女は、静かにうつむいていた。

「紹介しましょう。この子は、転校生の七花ななはな さやさん。聞いたことあるかもしれないけど、あの名門七花家の跡取りで、英国人の血が四分の一ほど混ざっています。だから、この金髪は生まれつき、ということです」

「七花さん、自己紹介を」

七花さんはうつむいていた状態からクラスメイトの方を見る。

彼女の澄んだ瞳が、静かに開かれた。

そして、ふと、俺と目が合った……気がした。

「……!!」

「…ん?」

明らかに反応を示された。

そして、本能的と呼ぶべきか、その原因が俺にあるように感じる。

「…………。…やっと。……やっと……会えた…。…………。……ぐすんっ。……だめ、泣かないって……決めてたのに……‼」

彼女は突然、その瞳から雫を零した。

独り言も言っているようだが、俺からは聞き取れない程度に、小さい声だった。

「な、七花さん……?」

美咲先生が突如泣き出した七花さんの方を見て心配する。

クラス中は騒然とした。

クラスの、おそらく学級委員長は、そんな七花さんを見て、席を立ち上がろうとした……そのときだった。

……ザッ!

一拍置いたその瞬間、七花さんは駆け出した。

まだその瞳に涙を溜めたまま、教室を駆ける。

彼女は、クラスの右端に有る窓際まできて、方向転換し、席の奥まで走った。

……まるで、俺めがけて走ってきているように。

だんだんと彼女がこちらに近づいてくるのがわかる。

しかし、その刹那は、筆舌に尽くし難い間があった。

時間がその針を止め、感情が浮遊したような、そんな錯覚に囚われる。

ふと気がつくと、いつの間にか彼女は、俺の眼前近くまでやって来ていた。

そして、七花さんは……俺に勢いよく抱きついた。

「ちょっ…は?」

俺はもちろん茫然とする。

彼女の体温がこちらに伝わる。

かなり熱くなっているようだが、同時にその体が震えているのも伝わって来た。

「……翔くん……私は、ずっと、ずっと……この時を待ちわびて……!!

 よかった……本当に……また会えて良かったよぉぉ……!!」

七花さんは、そう言いながら俺の胸の中で泣きじゃくる。

……全く状況が理解できない。

またって言われても、俺はこの子に会ったことなんてない。多分、断言できる。

心の中で様々なことを推理してしまう癖のある俺でも、全く推理する余地がないほどに、その状況は意味不明だった。

「……。……人違いですよ?」

「……翔くんは翔くんだよ……。どんな世界線でも、翔くんは翔くんなんだよ……」

七花さんは消えそうなほど儚げな声で、俺にそう告げた。

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