第四章、その2

 翌日、夏帆は優やミミナと一緒にカモメが鳴きながら飛び交う敷島港からアースポートシティに通じる水上バスに乗って出港、大勢の人々で賑わう客室を出て少数の家族連れやグループがいる屋上デッキに上がり、敷島湾の潮風にキャプリーヌが飛ばされないように押さえながら長い黒髪を靡かせる。

 今日はお気に入りの白いワンピースに空色の上着を羽織り、水色のミュールを履いていた。ミミナの方はカンカン帽を被って南国の海を彷彿される優雅なエメラルドグリーンのワンピース姿に、カラフルなオレンジのミュールを履いてまさに深窓の令嬢そのものな印象だ。

 彼女は夏帆に吹き付ける潮風にかき消されまいと大声で叫んで訊く。

「夏帆ちゃん! アースポートシティに来るのは初めて?」

「うん! 初めてよ! ミミナちゃん来たことあるの?」

「一度だけね! 小さい頃にお祖父様と一緒に来たわ!」

 ミミナは大声で言うと夏帆は近づいてくるアースポートシティに聳え立つ軌道エレベーターを見上げた、やっぱり近くで見ると大きい。

 アースポートシティへの交通アクセスは複数あり、車やバス、電車だとアマテラス海底トンネルや長い連絡橋のアースポートブリッジを通るが、電車の中で今回は敷島港から船に乗ることに決めたのだ。

 後を追うように出てきた優は以前親睦会で着てたのとあまり変わらない服装で、湾の外海の方をボーッと見ていてその姿を視線で追う。

 するとミミナは頬を赤らめながらも、好奇心に満ちた眼差しで夏帆に耳打ちする。

「ねぇねぇ夏帆ちゃん……臨海学校の時に屋上で水無月君とその……逢い引きしてたって本当?」

「ええっ!?」

「夏帆ちゃんもしかして知らない? 夏帆ちゃんと水無月君が臨海学校の時、屋上で逢い引きしてたって噂が流れてるの」

「ああ……それ……本当」

 噂じゃなくて事実だと告げるとミミナは両目を不等号の形にして裏返った声になる。

「きゃぁぁぁああああっ青しゅ~ん!! 夏帆ちゃん! どんなことを話したの!?」

 ミミナは瞳の奥を星団のように輝かせて訊き、夏帆は困惑しながらその時のことを思い出す。

 スマホのLINEで呼び出して一緒のベンチに座って話して星空を見上げて……名前呼びしそうだった。ああヤバイ! 思い出すだけでも死にそう!! 下手すればファーストキスしてたかも!?

「そうね、なんか――」

 あたしが憧れていた青春アニ――そこで夏帆は気付いた。

「――アニメみたいなことをしてた」

 そうだ、前世も青春アニメが好きでそれに憧れていた。

 美由ちゃんも妙ちゃんもアニメが好きで、一緒に深夜アニメをSNSでリアルタイム実況したり、ちょっぴりディープな同人誌をこっそり見せてくれたこともあったんだ。 

「もしかして……恋愛ものの青春アニメみたいなこと!?」

 ミミナは瞳の奥の星団が輝きを増すと、なんとなく美由を思い出して訊いた。

「ミミナちゃんってアニメとか見る方?」

「うん……ちょっと恥ずかしいけど……その……男の人同士の恋愛ものが……好きなの」

 ミミナは一転して恥ずかしげに頬を赤らめて辛うじて聞こえるくらいの声で呟く、これって結構とんでもない爆弾発言じゃない!? 夏帆はそっと顔を近づけてこっそり訊く。

「もしかして……BとLの薔薇色なジャンルの作品?」

「うん……恥ずかしいからみんなには内緒にしててね」

 ミミナは顔を真っ赤にしながら懇願してる、確かに敷島電鉄グループの御令嬢がBL好きの腐女子だってなんたら良くも悪くも話題になるだろう、夏帆は真剣な眼差しで頷く。

「勿論よ、美由ちゃんと妙ちゃんもそういうのが好きだから……」

「ありがとう……そういえば水無月君、どこを見てるんだろう?」

 ミミナの言う通り優はデッキの手摺に突っ伏してどこかを見てる、視線の先には湾の外。

「水無月君は初めて?」

「えっ? 何が?」

 優は目を丸くして見つめると夏帆は溜め息吐いて呆れる。

「もう水無月君……またお父さんのこと、考えてたでしょ?」

 夏帆は唇を尖らせて言うと優は図星なのか目を逸らす。

「わかってた?」

「わかるわよ、水無月君……あの海のどこかにお父さんがいるって考えてたでしょ?」

 夏帆は指摘すると優は寂しさと悲しさが入り雑じった表情で「……うん」と頷いて俯く、危ないところを二度も助けてくれた男の子がうじうじ悩んでるのも放っておけない。

「もう……ほら、前を向いて空を見上げて!」

 夏帆は大胆にも肩をポンと叩いて軌道エレベーターアマテラスに指を差す。

「今日はせっかくのアースポートシティよ! 美味しいもの飲んで食べて、軌道エレベーター見て、水族館見て楽しまなきゃ!」

 優は俯いていた顔を見上げると、夏帆は涼やかで艶やかな微笑みと声になる。

「水族館見ようって言ったの……君だから……ね!」

「……うん」

 優は頬を赤らめながらも、真っ直ぐ夏帆を見つめて頷く。一緒に見上げると、高さ一八五二メートルの巨大な塔が夏帆たちを出迎えるように天高く聳え立っていた。


『――本日は敷島観光汽船アマテラス・フリートをご利用いただき誠にありがとうございました。またのご利用をお待ちしております』

 桟橋に到着すると朗らかなアナウンスに見送られながら夏帆は大勢の乗客と共に水上バスを降りると、持ってきた七インチタブレットにあらかじめインストールしておいたアースポートシティガイドのアプリを起動させる。

 アースポートシティは軌道エレベーターアマテラスを中心として周辺には複数の駅や多数のバス停、複合商業施設やホテル、水族館、MICE施設であるコンベンションセンターが立ち並び、更にはそれを運営する敷島電鉄グループ企業のオフィスやヘリポートがある。

「夏帆ちゃん、水無月君、どこから行く?」

 ミミナは大声で言いながら長いエスカレーターの前に設置された直径三メートル弱程の円形のスタンドの所に駆け寄り、その端に設置された端末をぎこちない手付きで操作すると、アースポートシティの立体映像が表示されて赤い点が現在位置を表示していた。

「ここの丁度反対側にあるショッピングモールに行ってみない?」

 優が操作しながら提案するとAIが複数のルートを算出、アースポートシティ内には環状線の地下鉄に新交通システムAGT、最短ルートはここから長いエスカレーターを登って出た所にあるアースポートシティを回る新交通システムAGTスペースライナーの駅がある。

「それじゃあスペースライナーで行こうか!」

 夏帆の提案でスペースライナーの駅に向かい、前世で言うならお台場のゆりかもめや横浜シーサイドラインのような列車に乗る。車内は週末と言うこともあって家族連れやカップル、そして夏帆たちのように友達グループで来てる人々もいた。

 南桟橋前駅を発車して窓の外を見ると、世界最大の建造物となった軌道エレベーターアマテラスを背景に、近未来SFアニメで見たことのあるような街並みが広がる。

 夏帆はスマホを取り出して撮影、LINEで送る。

『美由ちゃん、妙ちゃん今日はもうすぐオープンするアマテラスに来てるよ』

 するとすぐに妙子から返信が来る。

『凄い! 近くで見ると大きいんじゃない!?』

『きっと実際に見るともっと凄いと思うよ』

 美由も返信してくると、ミミナも写真に撮ってスマホを弄っていて夏帆は思わず訊いてみる。

「ミミナちゃんは誰に送ってるの?」

「凪沙ちゃんや香奈枝ちゃんにお祖父様よ。特にお祖父様は小さい頃から今でも仕事が忙しくてなかなか家に帰って来れず会えないけど、私といつでも連絡できるようにってスマホの使い方を覚えてくれたの……ほらこれ、お祖父様凄く使いこなしてるわ!」

 ミミナが見せたスマホの画面には絵文字や顔文字を多用し、妙にテンションが高くてこの世界にもおじさん構文あるんだと関心するが、おじさん構文独特のねっとりした気持ち悪さなんて欠片もなく、寧ろ上品で紳士的なスマートさだ。

「……因みにミミナちゃんのお祖父さん何歳?」

「えっ? 七六歳だけどどうしたの?」

「……年齢に比べて結構若いんじゃない?」

「えっ? そうかな?」

 ミミナは首を傾げながらスマホを操作して画面を見せる。写真にはミミナと自撮りした写真で、ミミナの方は控えめに笑顔でピースしてるが一緒に写ってるスーツ姿の白髭に白髪の老紳士は微妙に首を傾け、ウィンクしてピースしてる。

「お祖父様って南九出身だから『わさもん好き』で流行りものとか目がないのよ――」

 ミミナは困ったように微笑みながら写真を何枚か見せる。確かに見た目は年相応だが、中身が若い女性――下手すれば女子高生かと突っ込まれても文句言えずミミナは苦笑する。

「――下手したら香奈枝ちゃんより流行りに敏感かも?」

「面白い人だね」

「うん、スマホを初めて買ってくれた時もこれで離れていても繋がっていられるって、何よりも人との繋がりを重んじる人だからね」

「離れていてもか……」

 ミミナの「離れていても繋がってる」という言葉に夏帆は胸に引っ掛かる気がして、ミミナも少し心配した表情になる。

「どうしたの?」

「ううん、どうしてかわからないけど何か引っ掛かる気がしたの」

「そっか、そのうちわかるといいね」

 ミミナはそれ以上詮索することなく微笑んで頷いた。 

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