第一章、その4

 全校集会が終わると大掃除にロングホームルームだ。優はクラスメイトたちと一組の教室に戻る間、前を歩いてるのはクラスの中心である陽キャグループが歩いていて、四組にやってきた転校生が話題になっていた。

 特に坊主頭で筋肉質な野球部の本田駿ほんだはやおは声が大きいから嫌でも耳に入ってくる。

三上みかみ! 内地からの転校生見たか!? すげぇ可愛かったぞ!」

「ああ見た見た、ぶっちぎりで可愛いしスタイルも良かったぜ!」

 三上一輝みかみかずきは何度も首を縦に振る、彼も長身で筋肉質の鍛えられた体に、垂れ目だが鋭い目つきに坊主頭がそのまま伸ばしたような髪でテニス部に属しており、内地のインターハイにも出場するほどの実力者だ。

「四組のクラスじゃ争奪戦が始まるのも近いな」

 喜代彦が言うと三上と本田は「あり得るな」と苦笑しながら頷く。

 喜代彦は普段、男子たちのスクールカースト上位の所謂陽キャグループに属していて学校で話すことはあまりないのだ、すると陽キャグループのリーダー各である水島誠太郎みずしませいたろうが言う。

「その転校生、草薙夏帆って名前らしいぜ!」

 それで優は思わずピクリと反応するが誰もそれに気付く人はいない。

 草薙夏帆? 春休みに敷島市の港湾地区でトラックに轢かれそうなところを助けた女の子だ、まさか?

 こんな偶然があり得るのか? 静かに戦慄しながら教室に戻るとそのまま大掃除になるが、ここで水島がみんなに提案する。

「なぁなぁ、大掃除まで少し時間あるし例の転校生を見に行こうぜ!」

 真っ先に話しに乗ったのは三上だった。

「その話し乗った行こうぜ本田!」

「おうよ! 山森、お前も来いよ!」

 本田も後に続くと喜代彦も「ああ」とついて行くと、他の何人かのクラスメイトも続く。

 優もこっそり紛れ込んでクラスメイトたちの後ろについていくと、人間考えることは同じのようで他のクラスの男子生徒たちも美少女転校生を一目見ようと四組の教室前に群がって千客万来せんきゃくばんらい


「ねぇねぇ転校生ってどの子だ?」「あそこの髪の長い子らしいぜ! すげぇ可愛いていうか美人じゃん!」「内地から来たんだって! しかも帝都からだってよ、潮海とは違う意味で見るからにいい所のお嬢様って感じじゃない?」「うん、そんな気がするぜ!」


 優はこれじゃ見れないなと思いながら隙間から覗こうとすると、一瞬だけ草薙夏帆の姿が見えた。

「あっ……」

 間違いない、彼女だ。そして目が合う刹那、周りの生徒たちの動き、時を刻む時計、流れる空気までもがスローモーションなって、時間が引き伸ばされるのはこういうことなのかと感じる。

 その瞬間、彼女は「あっ」と少し口を開けて驚いた様子だったが、微笑んで軽く一礼すると心が温かいものに優しく包まれた気がした。

 見に来た男子生徒たちも同じ気持ちなのか歓声を上げる。


「なぁなぁ今俺に笑ってくれなかった!?」「お前の勘違いだろ、絶対俺だと断言するぜ」「ないない、あの転校生に知り合いでもいたんじゃないの?」「ええっ!? じゃあ誰か草薙と知り合いの奴いるの? 俺に紹介してくれ!」「だったとしても素直に紹介する奴がいるか?」


 騒ぐ男子生徒たちを背にして優は無事に学校に来れたなら大丈夫だろうと、安心して教室へと戻った。



 ほんの一瞬だけだったが、この前助けてくれたあの大人しくて凛々しい美少年と目が合った気がして思わず微笑んで一礼した。


――この前はありがとうございました。


 ただ微笑んで軽く一礼しただけで廊下があんなに大騒ぎになるなんて、前世ではなかったね。

 もしそんなことになれば生徒指導や担任の先生とかがカンカンに怒って「密だ! 密!」とか「ソーシャルディスタンス!」だなんて、喚くかもしれないと思ってると女子生徒の一人が声をかけてきた。

「ねぇねぇ誰か気になる人でもいたの?」

 栗色のショートカットで女子生徒にしては背が高くてスポーツ選手のように四肢も引き締まってスタイルも良く、真っ直ぐで曲がったことが大嫌いだと言いそうなエッジの効いた眼差し、顔立ちも勝ち気な美人という印象だ。

「えっ? 気になる子というか……以前助けてくれた人がいたような気がしたの」

 夏帆はオドオドしながら言うと、新しいクラスメイトは興味心身な眼差しで微笑む。

「ふぅ~ん……あたし中野香奈枝なかのかなえよ。草薙さん、放課後一緒に寄り道しない? その話し詳しく聞かせてくれる?」

「う、うん……一緒に帰る約束した友達ともいい?」

「随分手が速いね草薙さん、この分だと彼氏もすぐできるかもよ?」

 香奈枝は冗談のつもりだろうが、夏帆は思わず頬を赤らめた。


 始業式の一日が終わると明日から本格的な授業が始まる。

 夏帆は香奈枝と教室を出て昇降口で凪沙やミミナと合流すると、凪沙と香奈枝はどうやら知り合いのようでお互い驚いた顔を見せる。

「あれ? 凪沙じゃん!」

「おおっ! 香奈枝! 夏帆と一緒だなんて意外!」

「ちょっと意外って何? それより草薙さん、早速話を聞かせてくる?」

 香奈枝は挨拶もそこそこにして昇降口に向かいながら夏帆に促す。

「うん、実は春休みにね――」

 夏帆は春休みに敷島市の港湾地区を一人で歩いてた時、暴走したトラックに轢かれそうになったところを水無月優という男の子に助けられたことを話した。

「水無月君って私のクラスメイトよ! でも凄い! 咄嗟に助けられるなんて」

 ミミナは驚きの眼差しになると、凪沙も同調するように羨望の眼差しで何度も首を縦に振る。

「うんうん、まさに運命の出会いって感じだよね!」

「あの……凪沙さん、その水無月優に幻想を抱いてるところ悪いんだけど……」

 だが香奈枝だけはどこか気まずそうな顔をしていて凪沙は思わず首を傾げると、香奈枝は衝撃的なことを口にする。

「……その水無月君……あたしの幼馴染みの友達なんだけど」

 一瞬だけ時間が止まった気がして次の瞬間、凪沙は「ええーっ!?」と驚きの声を上げて捲し立てるように質問しまくる。

「それ本当なの香奈枝!? 部活入ってる!? ルックスは!?」

「凪沙落ち着いて! 今から呼び出すから!」

 香奈枝は鞄からスマホを取り出して操作する、呼び出す? 呼び出すって……それって……夏帆はハッとして思わず慌てる。

「ええっ!? 今から呼び出すの!?」

「そうよ、助けてもらったんでしょう? 直接お礼も言わなきゃ! あっもしもし喜代彦? 今さぁ優も一緒? あのね――」

 本当にスマホで呼び出してる! ちょっと中野さん! いきなりスマホで呼び出して大丈夫なの? 夏帆はあたふたしてると、凪沙は落ち着くように諭す。

「そんなにおどおどしなくてもいいよ夏帆、人との繋がりは大事にしなくちゃ」

「人との繋がり?」

 夏帆が呟くと、ミミナが頷く。

「うん、お祖父様も言ってたの。人と人との繋がりは大事にしようって」

「それって……敷島電鉄グループの会長をしてる方のお祖父様?」

 凪沙はにやけながら訊くとミミナは凛々しい眼差しで頷く。

「うん、お祖父様が言ってたの。人との繋がりが希薄になってしまった今の時代からこそ、繋がりを大事にしなくちゃいけない。今、自分がこうしていられるのは沢山の人との繋がりがあったから、もうすぐ開業するアマテラスの建設だって沢山の人との繋がりがあったから完成することができたんだって」

 外に出てミミナが見上げる方向は敷島市の方向、つまり軌道エレベーターアマテラスがある方向だ。

「繋がり……か」

 夏帆は呟きながら、前世のことを思い出す。

 確かにSNS全盛の現代――前世もそうだった。只でさえ人との繋がりが希薄にしまったのが更に希薄になり、そして失われてしまった……なんだろう、思い出せない――いや、思い出したくないのかもしれない。

「――うん、わかった蒲池かまち駅の時計台ね。そんじゃみんな、蒲池駅に行くよ」

 香奈枝がスマホを直すと凪沙は「レッツラゴー!」と期待に満ちた表情で歩き出すが、香奈枝は気まずそうに言う。

「凪沙……あんまり期待しない方がいいわよ、優って結構地味だし」

「その地味な水無月君が、夏帆ちゃんを危ないところ助けたんだよね?」

 優のクラスメイトであるミミナの言う通りだ。確かに地味な風貌だったけど、長い髪に隠されたあの綺麗な顔立ちに真っ直ぐで凛々しい瞳の美少年だと夏帆は思い浮かべながら言う。

「そうだよね、それにあんなこと誰にでもできるようなことじゃない」

 もし自分があんな場面に遭遇したらきっと凍り付いて動けないだろう。

 夏帆はぼんやりと思いながら四人で他愛ない話をして汐ノ坂高校前駅で電車に乗ると、下校する生徒や観光客でぎゅうぎゅう詰めになってお喋りしてて、エアコンも効いてるから窓を開けてる様子もない。

 完全に密集・密接・密閉の三密だが夏帆で思わず苦笑しながら呟く。

「やっぱり……三密って言葉ないんだね」

「えっ? 何それ?」

 香奈枝は首を傾げながら訊く改めて実感する。ああ、やっぱりここは異世界なんだと夏帆は安堵しながら、微笑みながら首を横に振る。

「ううん、なんでもない」

 夏帆は思い出せないけど、これだけは言える。

 凪沙やミミナ、そして香奈枝にはあんな閉塞し切った世界で息苦しくて辛い思いをして欲しくない、それだけは確かだった。

 電車の中で話していくうちに香奈枝ともすぐに打ち解け、いつの間にか「夏帆」「香奈枝ちゃん」と呼び合うようになった。

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