第98話 新しい環境

僕達は、川沿いにある景色の綺麗な

セキュリティーのしっかりしたアパートを選んだ。


勿論値段も張ってしまうけど、

先輩がそれ以外は譲らなかったからだ。


公園も近くにあるし、

確かに住むには良い環境だ。


最初このアパートを選んだ時、

家計のことを心配した。


僕は未だ学生で仕事もしていない。

赤ちゃんも生まれて来るし、

これから色々と入用になって来る。


僕がアメリカ行きを決めた時は、

結婚して赤ちゃんが産まれる予定ではなかったので、

もっと学生の多い安めのアパートを計画していた。


でも、先輩と結婚して、

先輩も一緒にアメリカへ来ることが決まって

おそらくお金の面で僕を心配させないように思ったんだろう。


先輩は、彼の資産をすべて僕に見せてくれた。

指し出された先輩の預金は目がでる様な思いだった。


彼はかなり貯め込んでいた。


家族で会社経営はしているけど、

ずっと固定された給料取りのサラリーマンだと思っていた。


でも彼は、かなりの固定資産を保有していた。


だから働かずとも毎月お金が入って来るそうだ。


僕は結婚してから本当に先輩には驚かされてばかりだ。


まさかここまでお金の運営が上手だったとは……

もしかしたら僕が頑張って大学を出て

先輩の右腕になってサポートしようと思ったのは

要らないお世話だったのかもしれない……


今では先輩はアメリカでも不動産を所有しようとウキウキとしている。


だから僕は家計はまるっきり先輩に任せる事にして、

取り敢えずは学業と一花ちゃんを無事に産む事に専念する事にした。


そんな僕の難題も軽く乗り越えた先輩は、

こうして僕と一緒にアメリカ行きを決めたわけだけど、

飛行機でのやり取りで痛い目?を見た先輩は、

アパートに到着してから何かに取り憑かれた様にして

ご近所に挨拶回りをしていた。


アメリカでは日本の様に普通は引っ越しの挨拶はしないみたいだけど、

先輩の場合はきっと城之内先生が

同じアパートに居ないかのチェックだったのだろう。


先輩にとっては幸いとなるのか、

僕らの周りには城之内先生の住居はなかった。


そんなバタバタとしている中、

あれよこれよと大学が始まって、

直ぐに僕は帝王切開で女の子を出産した。


生まれた瞬間とても感動で、

僕は彼女を抱いた瞬間、

夢で見た一花ちゃんと同じ魂を感じた。


それはとても不思議な感覚で、

あれが予知夢だったのか、

それとも僕のあの絵に対する思い入れが生み出した幻影なのか定かではないけど、

きっといつまでもくっ付かない両親を、

一花ちゃんがヤキモキとしてやって来たのだろうと今では信じている。


先輩の感動もそれは、それは想像通りで、

僕に縋って泣いた時よりもみっともない顔で一花ちゃんとの対面になった。


そんな先輩と先輩が抱く一花ちゃんがとても愛おしくて、

母親は此処まで自分の子供を愛せるのかと初めて知った。


それと同時に、先輩へ対する愛情がまた違った形で生まれた。


その時僕は、自分の命を賭けても、

彼らを一生守っていこうと自分に誓った。


出産はタイミング的には、学校が始まってからだったので、

良かったと言えば良かったのかも知れないけど、

始まって直ぐと言うのも何だかな〜という感じだったけど、

教授さん達もきっとこういった状況も僕が初めてじゃないんだろう。


割と慣れた感じで、出産に入る前に

休学しなくても良い様に色々と調整をしてくれた。


日本からもわざわざかなちゃんが来てくれて、

暫く僕といてくれたので凄くたすかった。


一足遅れでお父さんも

お祖父ちゃんやお祖母ちゃんとやって来てくれて、

早くも初めての初孫、初孫曾孫にメロメロとなっていた。


先輩のお母さんも忙しい中出張と称して僕達のところへやって来てくれた。


きっと先輩の結婚をヤキモキとして待っていた上に

僕の妊娠が一緒にやって来たので凄く嬉しかったのだろう。


先輩には、良く両親から、


『結婚は未だなの?

孫の顔はいつ見せてくれるの?』


とせかされていた様なので、

ずっと心待ちにしていたのだろう。


僕は一花ちゃんを抱いてリビングに飾った先輩の絵を見た。


未だ先輩の絵にある一花ちゃんに似ているのかは分からないけど、

いつかこのお花畑の様なところで先輩を待つ彼女に会える日を楽しみにしている。


そんなバタバタとした中、

もう一人忘れてはならない人がお祝いにとやって来た。


そう、城之内先生だ。


「あのさ、最近知り合った教授がいるんだけど、凄く要さんに似てるんだ。


最初は陽一君を訪ねて来た要さんだと思って思わず声をかけたんだけど、

違ったんだよね。


でも雰囲気なんかもそっくりでさ、

年代も要さんとおなじくらいじゃないのかな?


要さんが日本に帰る前にぜひ会って欲しくて、

彼もそんな要さんに会ってみたいって言ってるんだけど、

どうかな?


陽一君出産したばかりで大変だろうから何処かで落ち合ってでも……


陽一君には後々紹介するって事で……」


と珍しく、既に仲良くなった教授さんが居るらしい。


城之内先生の口ぶりから彼に興味がある様に思えた。


僕の産後の経過も順調だったし、

一花ちゃんもスクスクと良い子に育ってくれていたので、

僕も城之内先生が興味を持った人に早く会いたくて、

結局は家に呼んでもらう事にした。


そしてそんなかなちゃんに似ているといった人が来る日。


かなちゃんは少しソワソワとして彼らが来るのを待った。


インターホンが鳴って僕が出ると、

モニターに映ったのは城之内先生だった。


鍵を開けて中へ通すと、

まず城之内先生が大手をふってお土産を持って入ってきた。


「あれ? 先生のお友達の教授さんは?」


僕が訪ねると、彼は先生の後ろから、

恥ずかしそうに顔を出した。


「こんにちは。

初めまして。

カイと申します」


と彼は流暢な日本語を話した。


「凄いですね!

日本語凄く上手!」


僕がほめると、


「いえ、いえ、母が日本人なので小さい時から日本語を話しています。

今日は初めまして……


カイ・イーストマンと言います。


よろしくお願いします。


これ、つまらないものですが……」


そう言って、お菓子の詰め合わせを持ってきてくれた。


「ご丁寧にありがとうございます。


僕は陽一です。


僕の母も今か今かと会えるのを楽しみにしていたんですよ。

今キッチンで僕の夫とお茶の用意をしてますので、

どうぞおあがりください」


そう言って伺った彼の顔は本当にかなちゃんそのものだった。

でも、かなちゃんの方が日本人に近い。


でも、ぱっと見では、僕もかなちゃんと呼んでしまうかもしれない。

それくらい似ていた。


「良いところにお住まいですね。

この辺りは治安も良いし、緑も多いし、

家族で住むには持って来いですね」


「ありがとうございます。

こちらの大学は長いのですか?」


「そうですね、もう数十年になります。

私はロサンゼルスの出身なのですが、

大学を卒業した後地元で就職をしたのですが、

こちらの大学院へ戻って、そのあとそのままここで教えることになりました」


「そうだったんですね……

そしたら、僕の先輩ですね!


そしてこの城之内先生にもね!」


そう言うと、カイは城之内先生を見上げて

少し照れたような顔をした。


“お~ これは脈ありじゃないのか?!

でもこの年まで独身か?

探りを入れてみるか?”


僕は少し浮かれていた。


「カイさんはご結婚は?」


「それがまだでして……

お恥ずかしいお話ですが、大学生の時に大失恋して以来、

その時の恋を引きずっていると言う分けではないのですが、

中々いい人に会えなくて……」


との答えに、


「すみません、ぶしつけなことをお尋ねして……」


と悲しそうにそう言うと、彼は気さくに、


「大丈夫、大丈夫!

もうずっと昔の話です!」


そう言って僕を逆に慰めてくれた。


「どうぞおかけください。

母がお茶をお持ちすると思いますので」


そう言ってソファーへ案内すると、


「ようこそ~ 陽一の母の要です!


うわ~ 本当に僕にそっくり!」


そう言うかなちゃんの声に、先輩も


「どれどれ、僕もお目見えしてみよう」


とお茶菓子を運んできて、カイの顔を見た途端、

カイの前で固まってしまったので、何事だろうと思った。


先輩の様子があまりのにもおかしかったので

カイの方を見ると、カイも先輩と同じようにソファーの上で固まり、

両手を口に当ててフリーズしたようにしていた。




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