第95話 僕の運命の人

思いもしなかった先輩の愛の告白を聞いた瞬間、

僕の心臓がドクンと一つ高鳴りをして、

激しい衝撃が僕の体を走った。


身体中からは汗が噴き出て、

急に呼吸が激しく浅くなった。


「え? 何これ? 息が出来ない……


胸が苦しい……


力が…… 入らない……」


途端、周りにいる人たちがざわめき始めた。


「え? この匂い……Ω……?

Ωの匂い……?」


「Ωだ……

Ωがここに居るぞ!」


「どこだ? Ωは何処だ?!」


“嘘…… 僕、発情してる……?

嫌だ…… 先輩……助けて!”


僕は助けを求めて先輩の目を見つめた。


状況をいち早く悟った先輩が、

咄嗟に僕のそばに走り寄った。


「脳が溶けてしまう様なすごい匂いだ……」


先輩がぽつりと言った。

咄嗟に自分の置かれている状況に恐怖を感じた僕は、


「助けて……


こんなところで発情したくない……

先輩以外の人と交わりたくない……

先輩以外と番いたくない……


助けて……


絶対、先輩以外には触られたく無い……」


先輩に縋り付いてそういうと、先輩は僕を抱きしめて、

僕に近づいてくる人たちに向かって、


「触るな!


誰もこの子に触らないでくれ!」


そう先輩が叫んだかと思うと、

その後、僕の耳元で先輩が囁いた。


「陽一君……君だったんだ……


僕がずっと探していたのは君だったんだ……


出会えばわかると言うのはこの事だたったんだね……


ハハハ……滑稽だよね、こんなに近くにいて気付かないなんて……


でも大丈夫だよ、君は僕が守るから!


誰にも指一本、髪一本だって触らせないから!」


「先輩…… 僕…… 発情……?」


先輩は僕をギュッと抱きしめると、


「うん、ごめんね、ずっと気付かなくて……


心配しなくていいよ。

このまま安全な所まで連れて行くから。


誰にも陽一君を襲わせたりしないから!

ちょっと辛いだろうけど、我慢してね」


そう言って先輩は僕を軽々と抱え上げた。


そして茫然とそこに立ち尽くしていた城之内先生に一礼すると、

Ω専用のタクシーに乗り込み僕を近くのホテルへと連れて行ってくれた。


「陽一君、大丈夫だよ。

ここはね、Ωの人が急に発情した時に入れるホテルで、

一つ一つの部屋が完全にΩの匂いをシャット出来るつくりになってるんだ。


もう誰も陽一君の匂いをかぐことは出来ないよ。


僕以外はね……


苦しいだろうけど、我慢してね。

直ぐに薬が届くから……」


そう言う先輩の傍らからも、ものすごい匂いがしていた。


まるで僕の脳を焦がし、溶けてしまいそうなほどの匂いだ。


「先輩の匂い凄い……

これが先輩のフェロモンなんだ……」


僕は初めて発情したαの匂いを嗅いだ。

それは、僕が先輩の事を


“良い匂い”


と言っていた類の比ではなかった。


「先輩…… 先輩の匂い……頭がおかしくなる……」


「うん、ごめんね。

抑制剤を飲んだんだけど、

全然聞いてないみたいだね……


今までこんなことなかったんだけど、

運命の番には効かないって事なんだね……


でも心配しないで、急に陽一君を襲ったりなんかしないから……」


僕は首を横に振ると、


「先輩、凄くつらそう……


僕は大丈夫……


先輩、僕の事、抱いて……」


と先輩の耳元に囁いた。


先輩の呼吸は荒くなって、息遣いも早く、浅くなっていた。

身体中からは汗が噴き出て、

フェロモンも一緒に先輩の毛穴という毛穴から吹き出している様な感覚だ。


「先輩、お願い……」


その頃になると、僕の脳はもう

先輩を受け入れる事でしか収まらな様な感じになっていた。


「でも……」


先輩は凄く躊躇していた。


「先輩が明日結婚するのは知ってる。

この思い出だけで僕は一生、生きていくからお願い……」


僕がそう言うと、


「何言ってるんだよ。

ずっと想って来た子が運命の番だと分かって僕が手放すと思うの?!


僕は明日の結婚はキャンセルする。


僕はもう、陽一君無しでは生きていけない」


先輩がそう言ったので、僕は目を見開いた。


「最初からこの結婚は間違っていたんだ……


僕が君から逃げさえしなければ……


今更遅いけど、僕が愛する人は最初から君だけだったよ……


本当は出会った瞬間から……」


「ハハハ…… 先輩、ヤバいね、

出会った時って僕5歳だよ?

ロリの領域だね……」


「これでも何度も悩んだんだよ……


本当に何度陽一君が僕の運命の番だったらと思った事か……


それが…… 君が本当に僕の運命の番だったなんて……」


「僕も、ずっと、ずっと、

出会った頃から先輩が好きだった。


でも大人な先輩には言えなくて……


ずっと発情期が来るのを待ってたんだけど……」


「シーッ! もう話さなくていいよ。

僕達は巡り合ったんだよ」


そう言って先輩は僕の唇にキスをしてきた。


それは桃のように瑞々しくて、とろけるように甘かった。


その瞬間、僕の発情は加速度を増して進んでいった。


「陽一君の匂いが強くなってる……

凄く甘くて

この匂いが僕を狂わせる……」


「先輩の匂いも……」


「陽一君、ごめん、僕もう我慢できないみたい。

ちゃんと責任はとるから、

陽一君の身、僕に任せてくれるね……?」


先輩にそう言われ、僕はこくんと頷いた。


あれほどあこがれた先輩の指が、

唇が、先輩の全てが僕の全てを欲しがるように絡みついてきた。


その頃になるともう僕の頭は回っていなかった。


「陽一君、可愛い……

このまま陽一君のお腹を僕の物で一杯にしたい……


ここに出して陽一君を孕ませたい……


そして陽一君を閉じ込めて誰にも見られないように、

大切に、大切にしまっておきたい」


先輩の指が気持ち良過ぎて、

もう先輩の指の感覚以外は何も感じられなかった。


「陽一君、痛かったらごめんね。

なるべく優しくするから……」


「大丈夫だよ……」


そう言うと、軽い痛みと共に先輩が僕の中に入ってきた。


“何これ? 何これ?

気持ち良過ぎて溶けてしまいそう……


僕の体が全身で先輩を欲しがっている……


先輩……矢野先輩……


あぁ……愛してる……このまま死んでも良いくらい……愛してる……“


僕はシーツを握りしめると覚悟を決めて、


「先輩、噛んで……

僕の項……先輩が噛んで!」


そう叫んだ。


おそらく先輩も同じ事を感じていたんだろう。

僕が叫んだのと同時に先輩が僕の項に嚙みついた。


その途端甘い痺れが僕の頸から体全体に広がった。


そして先輩は長い射精に入った。


“あ…… コンドームしてないや……”


僕はうっすらとそう言うことを思いながら、意識が飛んでいった。


暫くすると、また子供の笑い声が聞こえて来た。


“あれ? あれは一花ちゃん……”


気付くと、向こうで一花ちゃんが僕に向かって手を振っていた。


「お母さ~ん! 早く! 早く!


お父さん帰ってきちゃうよ!

早くおいでよ~!」


そう言って駆け寄ってきた一花ちゃんは

小さい手を出すと、


「はい、お母さん」


そう言って僕の手を取った。


「温かい……」


僕がそう言うと、一花ちゃんは不思議そうな顔をした。


「変なお母さん!」


そう言ってにっこりと笑うと、僕の手を引いてお花畑の中を横切って行った。


「あ、ほら!

お父さん帰ってきたよ!


お父さ~ん!

ご飯できてるよ~!


もう皆待ってるよ~!」


そう言って手を振る相手の顔を見ると、

それは紛れもなく少し歳をとった先輩だった。


「一花、今日も良い子にしてた?

ちゃんとお母さんのお手伝いをして弟や妹と遊んでくれた?」


先輩はそう一花ちゃんに尋ねると、


「もちろんだよね?

お母さん!」


そういって二カッと笑った。


「陽一君、ただいま!

凄く会いたかったよ。

今日も陽一君は可愛いね。

愛してるよ!


処で、今日のご飯は何?」


そう先輩が訪ねたので、


“やっぱりあれは僕だったんだ……”


と夢現に思いながら、


「今日のおかずはハンバーグ!」


そう大声で叫んで僕は目を覚ました。


横では先輩が僕の大声にビックリして目を丸くして僕の事を見ていた。


「あれ? あれ? 夢?」


「ハハハ、頼もしいね。もう夕食の心配?」


そう言って先輩は笑った後、僕に優しいキスをした。


「昨日の事覚えてる?」


先輩に尋ねられ、僕はカーっと顔が熱くなった。


「これから忙しくなるね……」


「え? もしかしてもう朝?

今日ってイブ?

大変!先輩、結婚式! 結婚式!

結婚式どうするの?!」


「うん、陽一君、これから詩織に謝りに行ってくる。

多分慰謝料なんかで大変になるかもしれないけど、

そんな僕に、これからもずっとついてきてくれる?」


「先輩……それってプロポーズ?」


「陽一、おいで」


そう言って先輩は両手を大きく広げて僕を受け入れてくれた。


「イテテテ……」


項に手を当てると、先輩に噛まれた痕に

未だうっすらと血がにじんでいた。


「僕……本当に先輩と番になったんだ……」


「ウン、詳しいことは又後で説明するけど、

取りあえず僕はこれから式場に行って式の取り止めを申し入れてくる。


未だどうなるか分からないけど、

絶対、絶対、陽一君を一人にしないから!


陽一君は家に帰って僕を待っていて……


要君たちにはもう夕べのうちに連絡はしてあるから」


そう言うと、先輩は急いで着替えて式場に向かった。


僕は一人残されたホテルの部屋で裸になった自分の体を見下ろすと、

お腹のところでその視線を止めた。


そしてそっと手をお腹に当てると、


「一花ちゃん、初めまして」


と夢の中ではない初めての挨拶をした。


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