第84話 消えゆく僕の想い

僕はアメリカ大学に必要なACTという試験の過去問を解きながら、


“フン、フン、フ~ン”


と鼻歌を歌っていた。


本当は鼻歌など歌っているどころではない。

この試験で僕の未来が決まる上に、

この試験はTOELFなんて目じゃないほど難しい。


「陽一君、最近機嫌が良いんだね」


気配を消して僕の後ろに立った城之内先生に言われて、


“忍者か?!”


と思いながらも、カ〜っと顔が熱くなった。


きっと僕の気は先生が後ろに来てもわからないほど

散漫していたのだろう。


先輩との特別な夜からしばらくたっていたけど、

その日は塾の日で、僕は何処か浮ついた日々を過ごしていた。


パッと頬を両手で押さえると、


「分かりますか? 分かりますか~?」


と、まるでバカ丸出しだった。


「何々? 想い人と何かあったの?」


先生も鋭いと言うか、きっと僕がそれ程浮かれていたのだろう。

先生にそう聞かれ、僕の顔は歪みっぱなしだった。


きっと、


“聞いて、聞いて”


と言うような顔をしていたに違いない。


「その顔を見ると、良い事があったみたいだね?

何か進展したの?」


そう尋ねられ、


「実を言うとですね、進展はして無いんですけど、

もしかしたら、ムフフ〜」


と意味深に答えた。


「そこまで言ったらちゃんと話てくれるんだよね?」


と先生も誘導が上手い。


「聞きたいですか? 聞きたいですか?

個々だけの話ですがね、実を言うとですね……」


と僕も嬉しすぎて隠しておくのが難しかった。


「ほら、ほら、勿体ぶらないで話して聞かせてよ」


と来たので、


「僕、好きな人に告白する事に決めたんです!」


と言って恥ずかしくなって顔を両手で覆った。


先生は以外だとでも言う様な顔をして、


「凄いね、何を思って告白する事にしたの?」


と聞いてきた。


「ほら、僕の母親が悪阻がひどくて暫く入院してた時があったじゃないですか。

その時にですね、思ったんですよ。

こんなに苦労して子供産むんだったら彼の子供しかいないって!」


「凄いね、僕にとっては残念と言うか……

そんな事を思ったんだね。そっか〜

陽一君はやっぱり彼でないとダメなのか〜」


と先生が顎を手に乗せて、

ウン、ウンと言ったように頷いた。


「好きでもない人の子供をあんなに苦しんで産むのって

ちょっとフェアじゃ無いですよね」


と僕が言うと、先生は目を見開いて、


「え〜 でも陽一君の子に変わりはないでしょう?


それでもやっぱり嫌?」


と尋ねたので、


「嫌です!」


と僕がはっきり言うと、


「じゃあ、僕には少しのチャンスも無いの?」


と来た。


「先生、この前からアプローチする様な事を言ってますが、

それって本気なんですか?


僕は冗談半分で受け取ってるんですけど……」


そう言うと城之内先生は、


「僕は凄く本気だよ。

陽一君さえ良かったら、

今でも僕の所にお嫁に来ても良いんだよ?」


とやっぱり冗談の様だ。だから僕は、


「そうですね、先輩に振られたら考えてみますね」


と先生の様に冗談っぽく答えておいた。


「所でさ〜

陽一君、告白するって言ったけど、

いつするの?」


の問いに、


「実はですね、告白をするのにパーフェクトな所があるんですよ〜

両親に話を聞いた時に、ここだ!って思ったんです!」


と答えると、先生は目を輝かせて、


「うん、うん、で? それってどこなの?」


と尋ねてきたので、僕の計画を教えてあげた。


「それは……海なんです」


先生の耳に囁いた。


「海……?」


先生が聞き返したので、僕はコクコクと頷いた。


かなちゃんが退院して来た時、海の話を持ち出したら、

良いスポットを知ってると言う事だった。


その海は、かなちゃんとお父さんが

まだ高校生だった時に思いつきで行った旅行先で、

見つけた穴場らしかった。


小さいビーチのせいか、いるのは地元の人ばかりで、

どちらかと言うと、がら〜んとした様な所らしい。


その頃はもう夏も終わる頃だったせいもあるかもだけど、

とりあえずは殆ど人がいなかったと教えてくれた。


そして極め付けが、お父さんと散歩してる時に見つけた祠……


洞窟の中にあって、誰も周りにいなく、波の音だけが聞こえる、

自分達だけの世界の様だったと教えてくれた。


そして世間から隠れて2人だけの永遠の愛を誓った場所だとも教えてくれた。

今回海に行くときに、その場を教えてくれると言ってくれた。


だから僕も両親のそんな特別な思い出の場所で先輩に告白したかった。


その事を先生に言うと、


「え〜 ロマンチックだね〜

覗き見したい〜!」


と思わぬ返事が来たので、僕は大笑いをした。


「覗き見ですか? ハハハ、先生も来ますか?

智君や他の友達もたくさん来るんですよ」


と誘うと、


「え? いいの?」


と遠慮なく、先生も大乗りだった。

実際に先生が来ると、楽しいだろうとも思った。


それに、何かしら僕を応援してくれるので、

きっとこの告白にも、

僕に勇気をくれる手伝いをしてくれるかもと思った。


「勿論ですよ!」


僕がそう言うと、


「陽一君と旅行か〜

楽しみだな〜

何着ていこうかな~」


とまたまた本気なのか分からない。


そんなこんなで、先生も便乗して、僕たちと海へと行くことになった。


「そうそう、そう言えば、ボランティアの話だけど、

僕の推薦としては養護施設のボランティアが良いと思うんだけど、

陽一君はどう思う?」


僕は、アメリカの大学受験に必要なボランティア活動の受け入れ先を探していた。


「養護施設ですか?」


「そうなんだよ。

陽一君は高校生だから出来ることが限られてるんだけど、

基本的には遊びに行って子供たちと遊んだりとか、

キャンプに一緒に参加したりとか……」


「それだったら僕にも出来そうですね……」


「でしょう? 塾の方は僕が時間など調整してあげるから!」


そう言う具合に、僕の未来に向かって全てが旨い具合に進んでいた。


後は1週間後に来る夏休みを待つだけだった。


凄く、凄く夏休みが来るのが楽しみだった。


終業式の日、悪くなかった通知表を手にワクワクとした気持ちで家へ帰ると、

かなちゃんが暗い顔をしてキッチンに立っていた。


「あれ? 今日は早かったね。もう仕事は終わり?」


僕がそう言ってキッチンに入っていくと、


「陽ちゃん……」


そう言って振り向いたかなちゃんは

泣きそうな顔をしていた。


「どうしたの! 何かあったの?


また具合悪いの?!


まさか、仕事休みすぎて

首ってことは無いよね?」


少し心配になって尋ねたけど、

かなちゃんは何も言えず、

ただ首を横に振るだけだった。


「ねえ、本当にどうしたの?」


僕がそう尋ねると、


「あのね、先輩から前々から話は聞いてたんだけど、

もうここまで話が進んでるとは……」


そう来たので、


“先輩”


と言う言葉に僕は反応を示した。

かなちゃんもそれに気付いたようで、


「驚かないでね……」


と言われ、その時はまだ、


“先輩絡みか~”


とあっけらかんと思っていた。


でも、その後で大きな衝撃を受けた。


かなちゃんが差し出したのは寿のシールが貼ってある

一つの封筒だった。


差出人は先輩と詩織さん。


「これは……」


「開けたら分かるよ」


そう言われ、震える手で封を開けた。


多分、封筒の中に何が入ってるのか僕には分かっていた。

少し前から先輩は詩織さんと同棲していた。


その事を知ったときは、少し先輩とはぎくしゃくしてしまったけど、

僕はまだ大丈夫だと高をくくっていた。


封はまだ閉じたままだ。


きっとかなちゃんも今郵便受けから持って来たばかりだったんだろう。


震える手で封を切った。


封筒の中から取り出したカードには、

結婚式の招待状と、

返信用のはがきが入っていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――


拝啓 ・・・・


・・・・・・・・・・・・

私たちは・・・・・結婚・・・・・

・・・・・・・披露宴・・・・・

・・・・・・ご出席・・・・・・・・


        記


日時   令和〇年〇月〇日

     人前結婚式 午前11時より

     披露宴 正午より


場所   XXXXXホテル

     東京都港区△△△1-2-3

     電話 03-0000-0000


     令和〇年〇月吉日


     矢野浩二 原田詩織


そう、家に届いていたのは、

先輩と詩織さんからの結婚式の招待状だった。


僕は思わず持っていた招待状を落としてしまった。


「陽ちゃん、大丈夫?!」


かなちゃんの僕を呼ぶ声が何重にもこだまして

僕の頭の中を通りぬけて行った。


僕はただ、ただ茫然と、キッチンに立ち尽くすことしかできなかった。


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