第80話 クリスマス・イブ
「ウワ~ 凄い眺め!」
城之内先生の部屋に入るなり、
僕はウィンドウに駆け寄った。
「でしょう?
陽一君ってこんなの好きでしょう?」
僕は先生の顔を見上げた。
赤城の祖父母の所からだって景色は凄いし、
夜景だってきれいだ。
こんなのは見慣れているはずなのに、
でも、なんだか違う……
「ここから見る夜景は凄いんだよ。
陽一君、夜景なんか見るのも好きでしょう?
陽一君ってロマンチックな事好きそうだし……」
僕は先生のそのセリフに訳の分からない感情を抱いた。
今までそういうことを僕に言った人がいなかった。
と言うか、自分自身、
自分がロマンチストだなんて考えたことがなかった。
「陽一君ってさ、
好きな人とイチャイチャっていうか、
そばにいて体の一部を触っていたい人でしょう?
それに、手をつないで歩いたりとか~、
髪を撫でられたりとか~、
頬を撫でられながらオデコを合わせたりとか~、
頬にそっとキスされたりとか~、
微笑みかけたりとか……
そして……」
そう言って先生は僕をウィンドウの方へクルっと向きを変えさせると、
後ろからギュッと僕を抱きしめた。
「こうやって後ろから突然抱きしめられるのも好きでしょう?
特に夜景を見ながらとか……」
僕は目の前にくっきりと見える東京タワーを見つめながら、
「なんで……」
と先生の方を振り向いた。
今まで考えたことは無いというか、
考えないようにしていた。
どうせ考えても、今のままでは矢野先輩とそんな雰囲気になるのは無理だ。
何度かそう言う場面に当たった事はある。
頻繁に先輩の家を訪れていた時や先輩が僕の家にお泊りした時だ。
あの頃は僕自身まだ若くて、無邪気だからよかった。
ドキドキするだけで、幸せだと思った。
これがずっと続けば良いなと無邪気にも思っていた。
でも先輩をドンドン意識していくうちに
それも出来なくなってしまった。
それが恋と意識した時には僕はまだ未熟すぎて、
何をどうすればいいのか全く分からなかった。
でも先輩に触れたい、
触れられたい思いは増すばかりだった。
きっと僕の心と行動にギャップがあったのだろう。
ずっと、ずっと何かを求めながら、
何もできない現実を突きつけられ、
そのことを考えるだけで空しくなるから、
なるべくそう言う思いは忘れた振りをしていた。
そしてそれが身に付いたのだろう。
何時しか僕は自分を偽ることがうまくなっていた。
だからそれは、きっと誰も知らない、
僕の好きな人に対する真の思いだろう。
そしてそれが城之内先生にはバレてしまった。
何故なのかさっぱり分からない。
先輩が分からなかったことが、
何故城之内先生には分かるのだろう……
先生は僕を抱きしめていた腕を緩めると、
「今度は是非、夜景を見に夜においで」
そう言ってニコリとほほ笑んだ。
僕は何だかやるせなかった。
「こっちにおいで」
先生が僕の手を取ると、
次は大きなTVのあるリビングのソファーの所に僕を連れた来た。
「今日は一緒に映画を見ようと思ってね、
最新の映画を借りてきたんだよ。
飲み物やお菓子は?」
「じゃあ、何か飲み物を……」
そう言うと、
「じゃあ、ここに座ってて」
そう言って、ソファーの前の床に敷いてあるフカフカの
カーペットに僕を座らせた。
そしてキッチンへ行くと、
グラス一杯に注いだホットカルピスを持ってきてくれた。
「はい、これ使って」
先生が小さいトレイを一緒に渡すと、僕は
「ありがとうございます」
と言ってそれを受け取り、座っている隣にちょこんと置いた。
「ちょっと待っててね」
先生はそう言うと、どこかから背もたれ用のクッションを持ってきて、
「ちょっと前に行って」
と僕を少し前方へずらすと、僕の座っている真後ろの
ソファー沿いに背もたれ用のクッションを置いて、
僕とクッションの間に座り込んだ。
「え? 何して……」
と言い終える間もなく、
「陽一君ってこうやって映画見るのも好きでしょ?」
そう言うと、膝を立てて座り、
その間に僕をすっぽりと包み込んだ。
「今日はさ、せっかくのイブだからさ、
僕のプレゼントは思いっきり陽一君を甘えさせてあげる事!
お兄ちゃんに甘えてると思って、
今日は夜まで一杯僕に甘えて?」
そう言って僕を後ろからギュッと抱きしめた。
「先生、あの……
兄弟でもこういう事はしないと思うんですが……
どちらかと言うと…… 恋人同士……?」
「今日は良いの!
イエス様の誕生日だから、
お祝いで、何でもあれなの!
気にしない! 気にしない!」
そんな~ 気にしないって……
そりゃ、先生は自由人だから気にしないだろうけど、
僕にとってはこんなの一大事ですよ?
これ受け入れたら恋人ってことないよね?
そう思いながら恐る恐る後ろに座る先生の体に背中を任せた。
凄くドキドキした。
矢野先輩に感じるドキドキとはまた違ったドキドキだ。
「陽一君、頑張ってるよね。
好きな人ってこの間ハンバーカーショップで会ったあの人?」
と先生は割と鋭かった。
「覚えてるんですか?」
「そりゃ、デート中だって言うのに、
僕らの事チラチラと凄い顔してみていたよ?
何だか僕が気になるみたいで……
僕に陽一君には何もするなと牽制してたのか……
それとも嫉妬してたのか……
彼らは本当に付き合ってるんだよね?」
「そうみたいですよ?
ついこの間、そう確認したばかりです……」
「それはお互いが同じ思いで付き合ってるって事なのかな?」
先生のその問いに、少し心臓が跳ねて、
「どういう意味ですか?」
と尋ねた。
「いや、何処からどう見ても彼女って彼の事大好きでしょう?
でも彼の態度が、ちょっと疑問でね。
彼女に押されて付き合ってるのか、
好きで付き合ってるのか、
僕としてはクエスチョンマーク?」
「えっ……
それって……」
「まあ、人の事は今はどうでもいいじゃない。
ほら映画始まるよ!」
そう言って先生は僕の頭に顎を乗せた。
「あっ、陽一君、良い匂いがする……」
僕の頭に顔を伏せた先生が、
僕の頭をクンクン嗅いでいた。
「陽一君、発情期は?」
「まだなんですよね。
僕としても何故なんだろうって思ってるんですが……
大体はもう発情期来てても良い頃なんですが……」
「大丈夫だよ!
そのうちきっとやって来るよ!
現に陽一君、凄くいい香りがするよ。
多分Ωの発情期用のホルモンが生産され始めたんじゃないかな?」
先生のそのセリフに僕はクンクンと腕や脇を嗅いでみた。
「ハハハ、陽一君には分からないと思うよ?
ここまで近づくと、Ωの香りを嗅いだことあるαには
分かるんじゃないかな?」
「えっ? 本当に?」
そう言って先生の方を振り返った。
「まあ、100%の確信じゃぁ無いんだけどね、
でも、これも、陽一君が想い人の彼にここまで近づけたら、
の話なんだけどね」
と言われ、僕は心が高鳴った。
“もしかしたら僕の計画が成就する日は近いかもしれない!
先輩、待ってて、それまで絶対、何処にもいかないで!”
僕は祈るような思いだった。
「先生、今日はありがとうございました」
帰り際に挨拶をすると、
先生は僕の顔をじっと覗き込んだ。
「何ですか? 僕の顔に何かついてますか?」
慌てて顔を両手でまさぐると、
「いや~ こんな純な陽一君に思われている彼って、
凄く羨ましいな~って思って……」
「先生は恋人は作らないの?」
「もう一人、陽一君が居たら作るだろうね~」
そう言って先生は僕が手に持っていたマフラーを取り上げると、
後ろに隠していた新しいものを僕の首に巻いて、
「ねえ、僕にしない?
絶対にイブに一人にしたりしないよ?
こっそりと陰で泣かせたりしないよ?
絶対陽一君の事、いつでも笑わせる自信あるんだけどな……」
そう言うと、僕の返事も聞かず、
「はい、終わり。
今夜は冷えるそうだから、風邪ひかないように!
また来年、年が明けたら会おうね」
そう言って結んだマフラーの結び目をポンポンと叩くと、
玄関のドアを開けた。
一階に降りてコンサージュの人に挨拶をすると、
僕は外へと出た。
空を見上げると、吐いた息が白くなってそして消えた。
その時僕の顔に一つ、また一つ雪が舞い降りてきた。
“雪だ…… ホワイトクリスマスになったな……
先輩、今頃何してるんだろう……
あ~あ、先生が先輩だったらきっと今日、発情期が来てたかもしれない……
でも先生がもうすぐかもって……”
僕は確信の無い淡い思いを抱きながら、
両手をコートのポケットに突っ込むと、
佐々木家の祖父母の家目掛けて歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます