第78話 皆の攻め

「お前、好きな人なんていたのか?」


「陽一の好きな人は誰?」


「コージが聞いて~」


突然に向けられた皆の好奇の目に、

僕は一瞬ひるんでしまった。


“そんなの本人目の前にして言えるわけないじゃない!”


もう頭が真っ白になってしまうところではない。


先輩の方をちらっと見ると、

彼はただ静かに座っていた。


「智樹、お前知ってるんだろ?

お前が知らないってことは無いよな?


誰なんだよ? 白状しろよ!」


緒方君の攻めに、


「俺が知るわけないだろ!

俺だって知りたいよ!」


とごまかしてくれた。


もちろん智君は僕が先輩の事が好きなのを

中学生の時から知っている。


「もしかして陽一の好きな人って

お前か!」


何故だかその目が智君に向かった。


考えられなくはないけど、

皆、智君には彼女がいることを知っている。


「僕、いくらなんでも、

ガールフレンドの居る人を好きになったりしないよ!


そんな奪うなんて…… 一番やっちゃいけないことでしょ?」


自分でそう言って胸が痛んだ。


基本的には、僕には略奪とか、

浮気とか、とんでもない!だ。


でも僕はずっと自分の中で禁断だったことをしようとしている……


下手をすると、詩織さんからの矢野先輩略奪……


“そう言う罰当たりなことを考えているから、

僕には発情期が来ないのだろうか……?”


その時ふとそう言う思いが頭の中をよぎった。


皆がそれぞれにやんや、やんや言ってるときに、


「あのさ……」


と矢野先輩が言葉を挟んだ。


僕はドキンとして先輩の方を向いた。


皆も僕に続いて彼の方を向くと、


「横やりで悪いんだけど……

陽一君の好きな人を聞いても良い思いをするのって

その当事者だけじゃない?


陽一君も言いたくなさそうだし、

ここはそっとしておいたらって思うんだけど……」


と来たので、ジュリアとしては見当違いな答えで、


「え~っっっ! コージ!

話と違うじゃない!」


と言う感じだったけど、

高校生諸君はなるほど……と理解してくれた。


そこで緒方君が、


「それはそうと、

貴女は陽一君のお知り合いの様ですけど、

貴女もモデルか何か?」


と矢野先輩に突っ込んできた。


「あ、いや、ごめん、自己紹介が遅れたね。


僕は矢野と言います。

ジュリアや大我君の撮影についてきた

インテリアデザインの会社の者です。


要君のお母さんとは一緒に働いてるんだよ」


「なんだ~ そうだったのか!

一瞬、もしかして要の好きな人ってこの人?

って思っちゃったよ~」


と緒方君も感が良いのか、

ただ当てずっぽうに何でも言ってるのか分からない。


「ハハハ~

それだったら嬉しいけど、

そんなわけないじゃない!


何を好んでピチピチの男子高生がこんなおじさん……」


「え? 矢野さんって幾つなんですか?」


「ハハハ~ 君もダイレクトだね~

僕って幾つくらいに見える?」


「そうですね~」


と言って緒方君は矢野先輩をマジマジと見まわした。


「何だか年が分からない顔立ちですね~」


そう言ってまた自分の顔を違ずけて先輩を凝視した。


「ウワ~ 矢野さんってまつ毛長いですね!

良く見れば肌も結構ツルツルじゃないですか?


そうだな~ 20代後半と言っても良いようだけど、

撮影についてくるってことはある程度経験のある人だよな~


まあ、出来る人って事もあるけど……


そうですね~ 多く見積もって……


30代前半?」


そう緒方君が分析すると、


「コージはアラフォーだよ。

オジサンって言ったじゃない!


陽一のパパと同じ年だよ!」


とジュリアがばらすと、


「へ~ 見えない!

陽一の父親ってアラフォーなんだな?


若いな? 俺の親父はもう少しでアラフィフだぞ?


で? そんな矢野さんは指輪は見受けられませんが、

結婚はしてるんですか?」


「コージは独身だよ。

でもガールフレンドはいるんだよね!」


とのジュリアの答えに、


「そっか~ じゃあ、矢野さんは陽一のリストからは

外れるんだな~」


と緒方君が来たので、先輩は


「面目ない」


と言って頭を掻いていた。


僕の胸がツキンと痛んだ。


皆がワイワイとやっている中、

僕は何も考えることが出来なかった。


ただ皆の話にうん、うん、と愛想笑いをして、相槌は打っていたけど、

何の会話も耳には入って来ていなかった。


「じゃあ、夜も更けたので僕はおチビさんたちを連れていくけど、

いいかな?

ここに来る前に蘇我さんにここに立ち寄るんだったら、

9時前まではホテルに連れ帰ってって頼まれたんだよ」


と言う先輩の声で、一気に我に返った。


“もうそんな時間か……”


「それで……」


先輩がそう言いかけた時智君が、


「陽一も連れて行ってくださいよ。

せっかく皆が来てるのに、

修旅中でゆっくりできないだろうから……


先生には僕がごまかしておくから!」


と突然言い出したので、何をまた!とちょっとびっくりした。


先輩は目をぱちくりして僕を見ていたけど、


「陽一! せっかく智樹がいってるから一緒にいこうよ~」


と強引なジュリアに手を引かれ、

僕はそのままジュリア達の泊っているホテルへと行くことにした。


「じゃあ、陽一君は僕が責任をもって送り返しますので」


先輩もそう言って、僕は大手を振って皆に送り出されてしまった。


ドアを閉めたとき智君の顔を見ると、

大きくガッツポーズをしていた。


皆の泊っているホテルは割と近く、

歩いても行ける距離だった。


ホテルに着くと、ドアの所でリョウさんが待っていてくれた。


「あれ~ リョウさん、来てたんだ!」


「久しぶりだね、陽一君!」


「ほんとに、久しぶり!

空港では見なかったけど、後で来たの?」


「いや、いや、本当は僕も空港にはいたんだけど、

飛行機に酔っちゃったスタッフの介護してたら出遅れちゃった。


今までその子に付いてたからジュリアの事丸投げにしちゃったけど、

迷惑かけなかった?」


リョウさんは相変わらずで、なんだかホッとした。


「ほら、矢野君も陽一君の事、早く送って行ってあげて……

先生に抜け出してるって知れたら、

僕たちの信用にも関わるし……」


と、リョウさんが僕に目配せをしてそう言った。


“やっぱりリョウさんは何か知ってる!”


そう言った感じプンプンだった。


僕とまだ離れたくないというジュリアを残して、

僕たちはまたホテルへの道を引き返し始めた。


「どう? 裕也の家族とはうまく行ってる?」


先輩の第一声はそれだった。

僕は先輩の顔を覗き込んで、にっこり笑うと、


「うまく行ってるよ!

週に一度は会ってるかな?」


と答えた。


「そうか、よっかったよ。

要君から電話来た時は慌てちゃったけど、

旨く行ってたんなら良かったよ」


「それよりも、先輩は彼女とはうまく行ってるんですか?」


自分で聞いて後悔した。

でも気になって、気になって堪らなかった。


「陽一君は僕に付き合ってる人がいるの知ってたの?」


先輩のその問いに、


“何をいまさらこの人は言ってるんだろう?”


と少し驚いた。


「僕が知らなかったと思っていたんですか?」


「いや…… どうだろう?

知ってるかな?とは思ったけど、

知られると……」


そこまで言って黙り込んだ。


「知られると何ですか?」


「いや、いつ僕が付き合ってる人がいるってわかったの?」


「何時? 気付いたら分かってたって感じ?

まあ、先輩の家に行けば嫌でも気付きますよ!

詩織さんですよね? 先輩の付き合ってる人……」


先輩がびっくりしたようにして僕を見て、


「そうだね…… そこまで分かってたんだね……」


と言って黙り込んだ。


少しの沈黙にいたたまれなくなった僕は、

少しおしゃべりになってしまった。


「ほら、前に先輩のお家に言った時、

キッチンやリビング、僕が通っていた頃と全然変わっていたじゃないですか!


それで誰かいるんだろうな~って……


で……

朝帰りする詩織さんを見て……」


僕がそう言うと先輩は慌てたようにして、


「違うんだ、詩織さんとはそんなんじゃなくて……」


と来たので、


「そんなんじゃなくてって、

どういう意味なんですか?」


と尋ねた。


「いや、付き合ってるには付き合ってるけど……


その、お泊りとかは……」


「え? じゃあ、朝帰りしていたのは?」


「あ、あれは、詩織さんが酔ってたから泊めただけで……

僕はちゃんとソファーで……」


「先輩、何僕に言い訳してるんですか?

付き合ってるんだし、

僕にそこまで説明する必要ないですよ?」


そうはいったものの、僕の心の中はズタボロだった。


「でも、陽一君に好きな人がいるっていうのは知らなかったな……

それに、付き合ってる人がいない人か……


前はなんでも話してくれたのに、

今では僕たち遠いよね……


いったいどうしてこうなったんだろうね……」


僕は泣きそうになった。


「先輩、もうホテル見えてるので、ここまででいいですよ!

一人の方が忍び込み易いし、

僕、走っていきます!


先輩と話せてよかった。


詩織さんと仲良くね!」


そう言うと、僕は大手を振ってホテルへと走り出した。


途中で振り返ると、

先輩はまだ僕を見送っていた。


本当は戻って先輩に抱き着きたかった。


詩織さんと付き合ってても先輩の事は大好きだよと言いたかった。

詩織さんから奪うことになっても、

嫌な子になったとしても、

先輩だけは譲れない!

そう言いたかった。


ホテルのドアの所まで来ても、

先輩がまだそこに居る影が分かった。


“もう先輩とはダメなのかな?

諦めなきゃいけない時が来たのかな?


ううん、最後の最後までは絶対あきらめない!

例え僕の法律を覆すことになったとしても!”


僕はいつも自分に言い聞かせている言葉を繰り返した。


“最後の最後までは絶対あきらめない!”


でも僕があの時、何気無くに言った言葉は、

先輩の中では大きな棘となっていたことに、

僕はちっとも気付かなかった。


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