第49話 お使い

「陽ちゃん、せっかくの夏休みなのに、

何もする事ないの?」


エアコンの前でダラダラと寝転んでいた僕に、

かなちゃんが声をかけた。


「いや、やることは一杯あるんだけど、

今日は木村君は大我君の撮影について行ってるし、

智君も中体でいないんだよ~


何だか皆がいないと、やる気が起きない~」


そう言ってまたソファーの上でゴロンと寝返りを打った。 


夏休みに入ったばかりの頃、

僕は木村君に僕の幼馴染である智君を紹介した。


智君は順応力がよく、少しシャイな木村君とも直ぐに仲良くなった。

だから僕たちは良く3人でつるむことが多くなった。


多くは夏休みの宿題をしたり、

自由課題の制作をしたり、

プールに行ったり、

大体の中学生がやるようなことを夏休みの間中やっていた。


「ねえ陽ちゃん、ゴロゴロしてるんだったら、

ちょっとお使いに行ってきてくれない?


僕、今手が離せなくてさ。

いつもの所にお財布置いてあるからお願い!」


かなちゃんがお父さんのシャツに

アイロンをかけながらそう言った。


「え~ 外暑いんでしょ?

行きたくない~」


「ほら、アイスもプリンも何でも

好きなオヤツ買ってきて良いから!」


そういわれると断れない。


「は~い」


と気の抜けたような返事をして、

僕は


「よっこらしょ」


とソファーから起きだした。


「陽ちゃん、お年寄りみたい!

陽ちゃんも何か運動クラブに入ったら?」


「かなちゃん、一体僕に、

何のスポーツをしろって言うの?」


はっきり言って僕はスポーツが得意ではない。

それはきっと、かなちゃんに似たんだと思う。


お父さんは学生時代にバレーボールをやっていたらしい。

走るのも早かったとかなちゃんが教えてくれた。


でもかなちゃんの情報によると、

矢野先輩はお父さんよりも走るのが早かったみたいだ。


その時ばかりは、人は見かけによらないと思ってしまった。


「ほら、陽ちゃんあのアニメ好きだったじゃない?

何て言ったっけ? バレーボールの……」


「〇イキュー?」


「そう、そう、それ!」


「あれはお父さんがバレーボールがうんたら、

かんたらって僕に見せたやつだよ!


多分僕にバレーボールに対する

興味を持ってもらう為に見せたんだよね!」


「でも陽ちゃんも面白いって佐々木先輩と一緒に見てたじゃん!」


「まあ、それはそうだけど……」


「あっ、そうだ!

陽ちゃん、バレー部のマネージャーやったら?」


「マネージャー?」


「うん、うん、

僕ね、何度か佐々木先輩の練習を見に行ったんだけど、

マネージャーの先輩がいてね、

あ~ 今思い出しただけでも ~ う~」


といきなりかなちゃんがうなりだした。


「何、何? そのマネージャーと何かあったの?」


僕がそう尋ねると、

かなちゃんはハッとしたようにして、


「なんでも無い、無い!

ほら、早くお使い行って!


夕飯の準備が遅くなっちゃう!」


と追い出されてしまった。


僕は財布をいつもの所から取り出すと、

のそのそと思い腰を上げた。


「うわ~ あっつ~い!」


外に出ると、思ったように暑かった。

太陽がじりじりと肌にしみこんでくるようだった。


でもスーパーの自動ドアが開いたときは、

生き返る思いだった。


カートを取ってカゴを中に入れると、

先ず野菜置き場から回った。


それは野菜が入って右手側にあるからだ。

僕は、何かあると右側を最初に見るのが癖になっているようだ。

多分信号を渡るときの、先ずは右を見てそして左

というのが元になっているのかもしれない。


だから右側から大体外回りを一周して、

そのあと、内側に陳列されているところを見回るのが

僕のお決まりの順路だ。


アイスの冷凍庫はその内側のど真ん中にある。


僕がアイスボックスに頭を突っ込んでどれにしようか眺めていると、

後ろから僕をどついてきた人がいた。


ビックリして後ろを振り返ると、

そこには矢野先輩が立っていた。


「先ぱ~い!

もう、びっくりさせないでくださいよ!


お買い物ですか?」


「そうだよ。

僕はさみしく一人飯なのさ~」


そう言いて先輩のかごの中に入っている

冷凍の餃子とラーメンとビールの缶を見せてくれた。


「先輩。 それって本当に独身・彼女無し男の週末飯って感じですね」


僕がそう言うと、先輩は僕の頭をつかんで、


「可愛くない奴にはこうだ~」


と言って、ゲンコツでグリグリとしてきた。


「ちょっと~ 先輩!

痛いってば!

それにこんな公衆面前で恥ずかしいですよ~」


僕がそう言うと、今度は頭をワシャワシャとした。


僕は頭をブンブン振ってグチャグチャになった髪を直すと、


「先輩、家に夕食に来ますか?

先輩の分の材料も買いますよ?


今夜はおろし大根ハンバーグなんです!」


と先輩を誘ってみた。


「う~ん、行きたいところだけど、

今日は少し仕事が溜まっていてね、

陽一くん家いっちゃうと、

そのままどんちゃんやって気付いたら朝ってこともあるかもだから、

今日は遠慮しとくよ。


でも誘ってくれてありがとうね」


「う~ん、残念!

先輩と一緒に居たかったのにな!」


ちょっと反応を見たくてそう言ってみた。


「じゃあ、家まで手をつないで一緒に帰る?」


と、また本気なのか冗談なのか分からないことを言ってきた。


「いや、手繋ぎはいいですけど、

一緒に帰りましょう!」


そう言うと、


「ちぇっ、陽一君と久しぶりに手をつないで歩きたかったのになぁ~」


ともしかしたら、本気だったのかもしれない。


「先輩、僕はもう5歳の陽一じゃないんですから、

13歳になった今、手なんかつないでたら、

皆が振り返ってしまいますよ?」


そう言うと先輩は、


「僕は構わないんだけどな~」


と、これがかなちゃんが言っていた思わせぶりなのかな?

と思うようなことを言った。


帰り道で先輩が、


「夏休みはどう?

楽しんでいる?」


と聞いてきた。


「とりあえずは……

いつもは木村君や智君と宿題したり、課題やったりしてるんですけど、

今日は生憎二人ともいなくってゴロゴロしてたら、

かなちゃんにお使いたのまれちゃった」


「ハハハ、要君の雷が落ちてるところが見えるよ~」


「でしょう? かなちゃん、僕にスポーツはやらないのか?って……

もう、自分の運動神経みてから言ってよ~って感じ。

僕、かなちゃんの運動神経そっくりなのに!」


「ハハハ、学生時代はいつも裕也のクラブ見学に行ってたからね~」


「そういえばかなちゃん、運動がだめだったら、

バレー部のマネージャーは?って聞いてきてさ、

なんか引っかかるような言い方したんだよね~


先輩、何か知らない?」


そう尋ねると、先輩がくすくすと笑いだした。


「何か知ってるんですか~?」


「いやね、高校生の時のバレー部のマネージャーがね、

それはそれは裕也にお熱でね、

要くんと裕也が付き合ってるの知らなかったとはいえ、

もう、凄かったからね~」


そうか……

そんな事があったのか……


僕は知らなかった、かなちゃんとお父さんの事がまた一つ分かって、

得をしたような気分になった。


「マネージャーか~

バレー部じゃなくっても、

智君の居るサッカー部のマネージャー、やってみようかな?」


僕がそう言うと、先輩がえっ?としたように僕を見た。


「ん? どうしたの、先輩?

サッカー部より、バレー部の方がマネージャーは需要がある?」


「あ…… いや……

そう言う分けではないんだけど……」


そう言って何だかすっきりしない感じで返された。


先輩をの方をじーっと見ていると、


「ねえ、課題はどうしたの?

もう終わった?

中学校だと、自由課題があるでしょう?」


と話題を変えるように突然訪ねてきた。


「それがですね、木村君や、智君と話してるけど、

まだ決まらないんですよ~

先輩、何かいい案はありませんか?」


そう尋ねると、


「じゃあさ、家の別荘が九州の阿蘇にあるから、

皆で行かない?


田舎だし、避暑地にもなるし、

課題の題材になるようなものが沢山あると思うよ?

まだ終わってない宿題もはかどると思うし!


僕が皆の旅費は持ってあげるから!

そうだよ、要君たちも誘ってみんなで行こうよ!」


と思いがけないお誘いに、僕の胸は高鳴った。


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