第32話 撒き餌

木村君の態度は明らかにおかしかった。


運命の番と聞いて、

ここまで動揺をした人は見たことが無い。


普通の反応と言えば、


“都市伝説だよね”


とか、


“信じてない”


とか、


“憧れよね”


等である。


「ねえ、あそこのベンチで座って話さない?」


そう尋ねたけど、

彼は何も言わなかった。


“これ以上は踏み込まない方が良いかもしれない……”


そう思って、


“ねえ、ケーキ好き?”


と尋ねてみた。


彼は


“ここでケーキ?”


と言う様な顔をしていたけど、


「嫌いでは無いです……」


と答えてくれた。


「じゃあさ、さっき女子生徒達に教えてもらった

新しく出来たケーキバイキングに行かない?

あそこに居る佐々木君や、

彼の息子も誘うよ?


彼の息子もね、Ωなんだよ。


きっと、木村君ともいい友達になってくれると思うよ?


それにほら、男同士のΩの方が、

何かと話し易いでしょう?」


そう言うと、木村君は何も言わなかったけど、

明らかに興味を示したような顔をした。


「じゃあね、今週の土曜日のお昼の2時に、

何も無かったから、ここへ来て!」


そう言って、僕の携帯番号と、

さっきよっちゃんにもらったメモを書き写して彼に渡した。


一応彼はメモを一通り見て、

奇麗に折りたたんでポケットにしまった。


運命の番と言葉に出した時の彼の動揺ぶりが凄く気になった。


もしかしたら、運命の番の事に関して何かあるのかもしれない。


運命の番を探している僕、

実際に見つけた要君、

そして現在同じ年頃のΩの男の子。


木村君にとってはお節介かもしれないけど、

この三拍子が揃えば、

彼の悩みの助けになるかもしれないと思った。


彼は来てくれるだろうか?

来てくれることに掛けた。


“あ~ 要君と陽一君を誘い出さなくちゃ……

その前に裕也が許してくれるかな?”


等と考えていた。


要君の方を見ると、

やっと女子生徒達に開放されたようで、

やれやれというように、

正面ドアの脇にあるパンフレットなどを整理していた。


要君の後ろまでそ~っと行き、

高校生の時の様に膝の後ろに僕の膝を入れて、

足をカクッとさせると、

思った様に要君は顔を真っ赤にして怒っていた。


こういう時は高校生の時の記憶がよみがえって、

記憶によっては未だ胸が苦しくなる時がある。


それは要君の笑顔が今でもその時と変わらないから、

僕をあの時の時間に瞬時に戻してしまうから。


そう言う時は、彼に手を差し伸べて抱きしめたくなる。


陽一君を好きなことを自覚しているのに、

何故未だにこんな気持ちを抱くんだろう?


「先輩! も~何ですか!

ティーンじゃ無いんですから、

そう言う遊びは卒業してください!」


そう言ってプンプンする要君は

やっぱり可愛いなあと思った。


「や、実を言うとね、

ほら、あそこで一人でいる……」


と言って木村君の方を見ると、

僕と要君のやり取りを見ていた彼が、

顔を真っ赤にしてサッと顔をそらした。


それを見た要君が、


「何ですか先輩!

また幼気な中学生を

たぶらかしていたんですか?!」


と突っ込んできた。


「何言ってるの!

違うよ!」


と慌てて否定したけど、

要君は不審気な目で僕を見ていた。


「違うって言ってるでしょ!


全く僕がロリコンの様に言わないでよ~」


そう言うと要君が


「あれ? 違うの?」


と図星?を差したのでそこは苦笑いするしかなかった。


「いや、ロリコンはちょっと置いといて、」


と言うと、また、


「あっ! 先輩、認めましたね!」


と容赦ない。


テレて頭を掻きながら、


「実を言うとね、

木村君が今日ずっと一人でいるのが気になってね、

大久保さんと話をした時に、

最近孤立して、理由も話さないから困ってるって言われて、

チョット話し掛けに行ってたんだよ」


と説明した。


「あ~ 先輩ってそういう子って、

放っておけませんもんね。

で、何か分かったんですか?」


「はっきりとしたことはまだ分からないんだけど、

実を言うと彼ね、

何だか第二次性について悩んでいる節があるんだよね」


「もしかして彼ってΩですか?」


「そのもしかして何だよね~」


「先輩って男性Ω磁石ですよね」


「何?その男性Ω磁石って!」


「だってほら先輩って、

黙っていても男性のΩが

何処からともなく現れるじゃないですか!


普通男性Ωって希少なのに、

何だか先輩の周りって何時も

先輩に引きつられたように男性のΩが居ますよね?」


「あれ~?

そうだっけ?」


自覚はあったけど、ちょっととぼけてみた。


「そうですよ!

おイタしすぎて陽ちゃんを泣かせないでくださいよ?

また陽ちゃんの機嫌が悪くなるから!」


「え~ なんでここで陽一君が出て来るの~?」


「まあ、陽ちゃんの事は忘れて良いから、

あんまり他の男の子のΩを引き付けないでくださいね。


先輩って本当Ω男子にとって魔性ですよね!

これからはサキュバス矢野って呼ぼうかな?」


「ガ~ 可愛くない後輩にはこうだ!」


そう言って要君の頭をグリグリしていると、

大久保さんが


「あなた達って相変わらずなのね~

ちっとも変ってないとこ見てホッとしたわ~」


と言いながら僕達の所に来た。


「大久保先輩~

先輩からも矢野先輩に一言言って下さいよ~


先輩って相変わらずのΩ泣かせなんですよ~」


「そうよね~

早く誰かとまとまって貰わないと、

世のΩの両親は安心して眠れないわね~


ねえ、今度合コンとかどう?」


大久保さんがそう言うと要君が束さず、


「先輩! それだけはダメです!」


と慌てて言った。


「何? 赤城君、もう浮気~?」


大久保さんがからかった様に言うと、


「いえ、又不幸なΩが出ると大変なので!」


と要君も容赦ない。


そりゃあ、確かに泣かせたΩは幾人かは居るけど、

これまでの僕の恋愛遍歴を要君に話した事は無い。


「ひどいな、二人共、

一体僕の事を何だと……」


そう言って笑っていると、


「まあ、楽しかった一時も終わるのは早いわね」


そう大久保さんが言ったので、

時計を見ると、もう12時になるところだった。


「ホントだ、生徒たちを集めて人数確認しないとね」


そう言って大久保さんは集合をかけ始めた。


生徒たちの見学はお昼の12時までとなっていた。


大久保さんは慣れた様に生徒たちをサッと集めると、

担任の教師に指示を出して人数確認すると、

最後の挨拶をして、

生徒たちを引き連れて退館した。


でも去り際に、そっと僕に、


「合コン、絶対するわよ!

忘れないでね!」


と要君に聞こえない様に耳打ちしていった。


また、帰り際木村君も僕達の前で一度立ち止まり、

一例をしていった。


「そうそう先輩、さっきの続きですが、

何だったんですか?」


要君がそう尋ねた。


「あ~ 忘れるところだった。

要君が覚えていてくれて良かったよ!


ねえ、今週の土曜日のお昼、

陽一君と時間取ってもらえない?

何か予定入ってた?」


「今週の土曜日ですか?


いや、土曜日だったら何もなかったと……」


「じゃあ、お願い!

実を言うと、新しいケーキのバイキングに、

木村君を誘っちゃたんだよ~


来るかは分からないんだけど、

自分が男性のΩって事で悩んでいるようだったから、

要君と陽一君も誘うって言ってしまったんだよ~


ケーキおごるからさ!」


要君がケーキに目が無いのは知っている。


「もう! 仕方ないな~

お世話になってる矢野先輩の頼みだ!

時間を空けておきましょう!」


とやっぱり思ったような返事が返って来た。


“あ~ 要君が単純な子で良かった~”


「木村君、ちゃんと来てくれますかね?」


「大丈夫! 

撒き餌はちゃんと撒いた!

きっと来てくれるはず!」


そう言うと、


「ちょっと待って先輩!

撒き餌って僕と陽ちゃんの事?」


と要君は言って、僕の脇腹にパンチを入れた。








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