第9話 ケジメと覚悟
初めてのキスをした後、僕はすぐに後悔した。
“彼じゃない!
僕が探し求めているのは彼では無い”
その事がはっきりと分かった。
アリッサには釘を刺されていた。
決してカイには遊びで手を出すなと。
別に遊びで彼にキスをした訳じゃない。
空気に流されたのも嘘じゃ無いけど、
彼と付き合うと何かが変わるかもしれないと思った。
そしてあの時は本当に彼の事が可愛いと思った。
愛しいと思った。
でもキスをしてはっきりとしたのは、
僕が求めているのは彼じゃ無いという事だけだった。
勿論眠っている要君に密かにキスをした事はある。
その時でさえもこんな感情は抱かなかった。
その時はきっと僕の感情があったから。
でも今回わかったのは、
カイの事は大切だけど、
僕はカイのことは愛せないということだった。
でも僕はカイにそのことを伝える事はできなかった。
その後はまた流されるように、
ズルズルとカイとの付き合いが始まった。
でもカイは4月で卒業してしまう。
4月まではもう3か月ほどしかない。
僕は卑怯にも、その時が来たら、
この関係を自然に終わらせることが出来ると考えていた。
カイの実家から戻って来て1ヶ月が経ち、
僕達はお互いテーブルに向かって真剣な話し合いをしていた。
「ねえ、運命の番についてどう思う?」
僕はこの質問をする時が来たと悟った。
それはカイが卒業を前に結婚前提のお付き合いを申し込んできたからだ。
それはきっと、これから離れてしまう僕達の為に。
卒業してしまうと、カイは両親の住むロサンゼルスに帰ってしまう。
そこで就職が決まったからだ。
僕達はこまま続けると、遠恋になってしまう。
僕は遠恋は愚か、カイとは卒業で終わろうと思っていた。
でもカイの申し出に、
これ以上自分の気持ちを偽ったままでいる事は出来なくなった。
「運命の番?」
カイが少し、疑問に思った様に僕を見た。
「そうだよ。
カイも少なからずとも運命の番の事は
聞いたことがあるでしょう?」
Ω保護法があるこの国で、
運命の番についてどのように皆考えているのか分からなかった。
「えっ? それって都市伝説でしょう?
今まで運命の番なんて見たことがないよ?
居るって言うのも聞いたこともないし……
アメリカでは運命の番なんて待ち望んでる人は……」
そう言いかけて、
「えっ? もしかして浩二はそうなの?」
とびっくりしたように尋ねた。
「ねえ、なぜ見た事無かったら、それは作り話だと思うの?
もしかしたらとか一度も思った事ないの?」
「でもそれってサンタの様に、
小さい時に伝説の話みたいな感じで聞くだけで……
大人になってまで信じてる人は……
もしかして浩二にはそんな人が居るの?」
やっぱりお国が違うと、運命の番に対する感覚も違うらしい。
「僕ね、高校生の時にすごく好きだった後輩がいたんだよ。
Ωの男の子でね。
彼が凄く大切で凄く愛おしかった」
僕がそういうと、カイの表情が変わった。
「じゃあその子とは……?」
「彼ね、僕に好きだと伝えてくれたんだ」
さらにカイの表情が歪んだ。
「浩二は彼を日本で待たせているの?
じゃあどうして僕と……」
僕は首を左右に振ると、
「違うんだ……
彼が僕に告白してくれた時、
僕には他に好きな人がいたんだ。
いや…… 好きだと思っていた人がいたんだ」
と、カイに言った。
「じゃあ彼は浩二に失恋したって事なの?」
「まあ、そういう事になるね」
「それがどうして浩二が失恋した様な話になってるの?」
「彼の事を好きだと気付いた時には時既に遅くてね、
僕の幼馴染みに攫われた後だったよ」
「でも、彼は浩二の事が好きだったんでしょう?
だったら……」
僕はカイのことをじっと見つめた。
するとカイは気付いてくれた。
「もしかして彼らは……」
僕は大きく頷いて、
「そうなんだ。
彼らはその都市伝説化した運命の番だったんだ」
と言った。
「それって確かなの?
単なる思い違いって訳では?」
カイはまだ信じられなさそうだ。
「彼らがそれを悟った後は、
もう磁石が惹かれ合う様にお互いしか見えなくなっていたよ。
でもね、はっきりと言えるのは、
彼らは運命の番だから引かれたわけではないんだ。
お互いがお互いだったから……
運命の番を抜きにしても、
彼らの魂はお互いを求め合ってたのさ」
カイは頭に両手を乗せて、
信じられないと言う様な身振りをしていた。
「ねえ、目の前で運命の番が出会い、引かれ、
その強い魂の結びつきを、
突然目の前に突きつけられたらカイはどう思う?
それでもそれは伝説だと言えるかい?」
「それじゃ……
浩二は……」
「うん、ずっと探してる……」
「それは……
僕では……無いんだね?」
カイの目には涙が一杯溜まっていた。
「本当はもっと早くに言いたかったんだ……
でも、カイが一生懸命な所が放っておけなくて……」
「そんな……
だったら、こんなに浩二を好きになる前に、
はっきりと言って欲しかったよ!
どうして今になって……」
「ごめん…… ハッキリ言っていいものか分からないけど、
カイには誠心誠意に伝えたいから、
敢えて傷つけてしまうって分かってるけど聞いて。
僕はあのキスで分かってしまったんだ」
「あのキスってクリスマスの時の……?」
「本当にごめん」
「ひどい……
僕がこれ以上の幸福はないって位浮かれてる時に、
君はもう僕との別れを決意していたんだね。
だったら最初から僕の事は放ってくれれば良かったのに、何で……」
「ごめん…… 本当にごめん……」
「ねえ、何で?
好きだった後輩を忘れる為?
何で僕だったの?
それだったら他の人でも良かったじゃない!
何で僕だったの!」
「カイは彼に似ているんだ……
何処もかしこも彼にそっくりなんだ。
最初はビックリしたよ。
何で彼がここに居るんだってね……
本当はね、彼を忘れるために僕はアメリカに逃げてきたんだよ。
そしたら君の出現でそれが出来なくて……
じゃあもしかしたら彼にそっくりな君を愛せるかもって……」
「それって……
僕は彼の身代わりって事?」
カイがそう問い詰めると、
僕はもう何も言えなかった。
「君って最低だね。
わかったよ。
もう君の前には現れないから心配しないで」
そう言ってカイは僕の前から立ち去ろうとした。
「カイ、待って!」
そう言ってカイの腕を掴むと、
カイは一旦止まって涙でグチャグチャになった顔を僕に向けた。
「カイ、でも君の事が大切なのは本当なんだ!」
そう言うと、カイは僕の事をキッとにらんで、
僕に捕まれた腕を振り払うようにのけると、
そのまま流れる涙も拭わずに、
僕の元から走り去った。
“あ〜 こんな時でさえも君は要君みたいなんだね……”
そう思って僕は呆れるくらい、何処までも薄情な自分が嫌になった。
それからカイが宣言した通り、
僕は彼の姿を見ることが無くなった。
暫くはカイを探して教室に押しかけたりもしたけど、
結局は会えずじまいだった。
アリッサからは何も言われなかったので、
きっとカイは彼女には話して無いのだろう。
彼が離してないので、僕も彼女には何も言わなかった。
そして時は過ぎて、
カイは“さよなら”も言わずに、
卒業して僕の前から永遠に姿を消した。
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