第11話 見知った顔
そこら中から聞こえる会話の声と足音。エントランスの説明できない独特な臭い。
俺がいなくなっても回っていた証拠だ。冒険者ギルドは二年前から変わらず通常運行だった。
すぐ後ろにアルテナがいるので委縮するわけにもいかず、俺は二年前と同じ足取りを意識して受付窓口に足を運ぶ。
窓口に着くと受付の青年に冒険者ライセンスを提示する。いつもは偽装を疑われるが、今回ばかりは事情が違う。
俺とアルテナの冒険者ライセンスを確認した受付は笑顔を浮かべてこちらを歓迎する。
「クリス・アルバート様。アルテナ・アクアマリン様。お待ちしておりました。私は冒険者ギルド本部受付担当のマルクと申します」
受付は基本的に女性が担当するものだが、本部などは人出不足もあってか見た目の良い男性も受け持つことが多い。
俺たちの前で営業スマイルを浮かべる男も例に漏れず人の良さそうな好青年だ。俺も昔はこれくらいのルックスはあった。誰も信じちゃくれないが。
「まず、アルテナ様の特例昇級試験実施の手続きを行います。実施予定日に関しましては後日決定することとなります。基本一週間から二週間後になりますが、不都合な日時などはございますか?」
「いいえ。特には」
「ありがとうございます。試験内容は二項目になります。まずは冒険者として必要な知識を有しているかをテストする筆記試験。そして次に戦闘能力をテストする実技試験となります。この二点の合計点数によって昇級ランクを判断します」
「待ってください。筆記試験?」
「はい。筆記試験についてなにか?」
「……いえ」
あーあ。
実力があれば飛び級できるなんて簡単な制度、そうそうないと思ってはいた。
だから言ったのだ。基礎知識は必要だと。
単に力があるだけでは冒険者として生きてはいけない。俺たちは生きるか死ぬかのサバイバルをしているのだ。アルテナが嫌がった薬草の見分け方は当然。地形や天候、気温による身体への影響や対処法なんかも要勉強だろう。
「楽してステップアップなんてできないってことだ。諦めろ」
見るからに落ち込むアルテナの肩を軽く叩いてやる。
「手続きにつきましては、こちらの同意書にサインをしてくだされば完了いたします」
「これだけですか?」
手渡された用紙を見てアルテナは首を傾げる。
「はい。アルテナ様に関する必要な情報は冒険者登録の際に保管していますので、細かな手続きはありません」
「冒険者のあれこれで一番面倒な手続きって言ったら登録する時だからな。あとは大抵こんなもんだ」
「そうなんですか」
筆跡を確認されたり血を抜かれたり大変だった覚えがある。
今は慣れたもんだが同意書の血判が昔は恐くて、ティオナなんて毎回泣いていた。指先に少し針を刺すくらいなのにな。
受付横のテーブルでサインをするアルテナを横目に、マルクは俺に声をかける。
「さて、続きましてはクリス様ですが……」
「ああ」
「少し、こちらへ」
小さく手招きするジェスチャーをされ、仕方なく受付口に身を寄せる。
マルクは僅かにこちらに顔を近づけると、小声で話し始める。
「カイエの受付で耳にしているかと存じますが、現在『聖剣士狩り』なる存在が出没しております。各ギルドや王国騎兵が総力をもって探索している状況ですが、女性であるということ以外には全く正体が掴めていません。
冒険者ギルドを始め各ギルドが生存を確認している『聖剣士』はクリス様を含めて七名中三名……。残り四名は現在ギルドマスター自らが調査に当たっています」
「レインが?」
「はい。しかし幸いでした。クリス様の生存が確認されるまでは僅か二名でしたので」
「……なるほどな」
『聖剣士』はその希少性と有用性から多くの組織が欲しがっている。
俺のように落ちぶれることは例外中の例外だ。
他の『聖剣士』がどの団体に所属しているのかは知らないが、世界中に散らばりすぎていて探すのも一苦労だろう。国が保管している個人情報だけではどうしても詳細な内容に欠けるのだ。
「それで、『聖剣士』招集についてだが」
「はい。『聖剣士』招集につきましては一ヶ月後、冒険者ギルド本部の上階にある会議室で行われる予定です。それまではギルド本部横の冒険者宿にて待機してもらい、外出はなるべく避けていただきたく存じます」
「他の『聖剣士』もそこに?」
「いいえ。ギルドへの所属、無所属を問わずそれぞれ異なる拠点に滞在してもらっております」
「リスクの分散か? 『聖剣士』だったらむしろ一ヶ所に固まっていた方がいいと思うんだがな」
「犯人の情報が全く掴めていませんので、念のための処置です」
「ふーん、そんなもんか」
ギルドの連中はずいぶんと『聖剣士狩り』を警戒しているようだ。
世界有数の戦闘系特別職が聞いて呆れる。これではまるで絶滅危惧種じゃないか。
「我々ギルド一同も貴重な才能を持った方々をみすみす見殺しにするようなことはしたくないのです。ご理解ください」
「はいはい、わかったよ。宿の宿泊費とか食費はどうなんだ?」
「もちろんギルド側で負担させていただきます。最大限身を守ることは大前提として、お好きなように生活なさってください。また外出時には宿に待機している職員に声をかけていただけると幸いです。警護のための冒険者を一名派遣いたします」
「警護? 最上級冒険者の俺をか?」
「はい。最上級冒険者のクリス様を警護するため、最上級冒険者を派遣いたします」
「おいおい。いつから俺は貴族様になったんだ? 身分錯誤も甚だしいだろ。何のための肩書だよ」
「これも必要な処置です。ご理解ください」
要人警護もここまでくると流石に慇懃無礼だ。
俺は金と土地を有する貴族や王族じゃない。最上級冒険者が警護をするというのはそういった『地位だけ高くて戦闘能力はからきし』の連中だ。
戦闘能力だけが自慢の最上級冒険者が同じ最上級冒険者に守られるなんていうのは、屈辱以外の何物でもない。それをわかってて言ってるんだから、余計にムカつく。
「サインしました。……どうしました?」
「いや、別に」
間の悪いところにアルテナが用紙を持ってやってきた。
「では、預からせていただきます。実施日につきましては後日連絡いたします。アルテナ様はどちらの宿に宿泊するご予定でしょうか?」
「冒険者宿に泊まる予定です」
「冒険者宿でしたら、そちらに待機している職員が直接連絡いたします」
「ちょっと待て」
「はい? なんでしょうか」
さっさと話を切り上げようとするマルクを呼びとめる。
「俺たちは二人でここまできた。まだ正式に組んでいるわけじゃないが一応チームで動いてる。俺が要人だっていうならアルテナにも同等の待遇があって然るべきなんじゃないか? 宿泊費とか免除しろ」
「それは……。『聖剣士』であるクリス様は今回特例でして……」
「一人くらい大目に見たっていいだろ」
「クリスさん。私は構いませんよ」
「いいやアルテナ。こういうのはな、値切ってなんぼなんだよ」
アルテナが気にしていないのはわかっている。
これは俺個人の問題。単なる八つ当たりだ。
次から次へと勝手な都合を押し付けてきやがるギルドに腹が立ったから、目の前のマルクを困らせてスッキリしたかった。
「し、少々お待ちを。上に確認をとってまいります!」
案の定マニュアルと違う注文をされたことで途端に慌て始めたマルクは、そそくさと受付の奥に駆けていく。
「……すこし意地悪だったのでは?」
「俺は性格が悪いんで弱い者いじめが大好きなんだよ」
だから地獄を見てる。わざわざそこまで口にはしないが。
消えたマルクを待つこと数分。ようやく職員扉の奥からマルクが現れる。どこか引きつった表情だ。
もしかして要求は通らなかったか、と思った矢先、マルクのすぐ後ろから大きな影が出てくる。
その影の正体を認識すると同時に、俺は身を固めてしまう。
「クソみたいなクレームつけてきやがるバカが来たって聞いたから出てみれば、オマエか」
「あ、あんた……」
巨大な影の正体は冒険者ギルド『元』マスターにして『聖剣士』の一人、グラン・アーガス。
とうに現役は過ぎているというのに未だに戦線に立つこともある最強の老人だ。
「久しいな、クリス。二年ぶりか」
刃物のように研ぎ澄まされた隻眼と白い髭は二年前と変わらず、不意に対面するにしては緊張感が強すぎる人物だ。
「カイエのギルドからオマエが生きていたと聞いてな。そろそろ来るかと思ったらドンピシャだ。俺の勘もまだまだ冴えている」
「はっ、アンタ以上に勘が鋭い人間がいるか。直感だけで生きてるくせによ」
「確かにそれ以外は衰えた。老いには勝てんな」
愉快そうに哄笑する姿でさえどこか厳かに見えてしまう。
俺はグランの爺さんが苦手だ。同じ職業で冒険者ギルドの実質的な支配者でもあることから、俺は爺さんに頭が上がらない。
「おい、受付の。彼女の費用も負担するように手続きしておけ。オレの名前を使えば問題ないだろう」
「は、はい!」
ピンと直立して返事をしたマルクは急ぎ足で立ち去る。
「……さて、クリス」
先ほどの気のいい雰囲気が一転、剣呑な気配を纏った爺さんが口を開く。
「オマエ、今のいままでどこでなにをしていた?」
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