第8話 Hが恋人を殺した理由

Hは16歳だった。

大学までエスカレーター式の、全寮制で厳しい校則を持つ女子高に通っていた。

スマートフォンやパソコンの持ち込みは禁止で、SNSの使用も許されていなかった。

制服のスカート丈は膝が見えない長さでしっかりと決められていた。

長髪はストレートで背中が隠れる長さ、短髪は肩までと規定されており、極端に短い髪の毛や茶髪は体罰の対象だった。

男女交際が発覚した場合は即退学のうえ、学校の品位を貶めたとして訴訟を起こされることもあった。

そういった強固な規則ゆえか、一種古風な雰囲気を保ち続ける学校だった。

学生たちの間では、文通が流行っていた。スマートフォンの類が使えない以上、彼女たちが他者に気持ちを伝える手段といえばそれしかなかったともいえる。

Hが恋人を殺したのは夏休みだった。

Hは屋上に恋人を呼び出し、飛び降りるよう強要したという。

Hのことも、彼女の恋人のことも知る同級生は静かな目で二人について語った。

「とても良い子たちでしたよ。○○ちゃん(※Hの恋人の本名)は転校生だったんです。この学校に転校してくる子はとても珍しくて、私たちもなかなかどう接するべきか分かりかねていました。でもHはすぐに、その子に手を差し伸べて、ここでどう生きて行けばいいのかを、優しく教えていました」

「この学校に転校してくる子は、途中で子育てを放棄された女の子たちなんです。それも、富裕層…官僚や社長などを親に持つ子供たちです。お金があっても、愛情は与えられず、親に邪険にされ、傷ついている子ばかりです。私たちも、もうそれを知っているので、なかなか声を掛けられないんですよ。でも、Hだけは違った。そういう子たちに積極的に声を掛けて、本当に優しい子でした」

優しい子。

それはHを知る生徒たちが必ず口にする言葉だった。

屋上から飛び降りることを強要した人物像からは、乖離のある表現だった。

私がそれを指摘すると、ほとんどの生徒は押し黙ってしまった。遠回しにではあるが、答えてくれたのは一人だけだった。


「こういう閉鎖された場所には、変な習わしとか、そこ特有の遊びとかが出来るんですよ」










Hは恋人を殺した本当の理由を私にだけ話してくれた。


「彼女を愛していたからです。だから手紙で屋上に呼び出して、死んで、と言いました」


Hの学校では、想いを伝える手段は手紙だけだった。その為、文通は彼女たちの間で最も人気のある交流だった。


「私たちの間で、愛を告げる手紙は”ラブレター”とは言いません。

誰よりも愛している相手に渡す手紙は、”Dレター”といいます。

死を意味するDeathの、頭文字からとっています」


Hの学校で、Dレターはひっそりと流行っていた。

まず、死んでほしい相手を、Dレターで死んでほしい場所に日時を指定して呼び出す。

そして、相手がその場所に来てくれたら「死んで」と告白する。この時に、死ぬための道具を渡しても良いこととなっている。

告白された側は、死んでもいいし、怖気づいた時は、死ななくてもいい。Dレターを送った側が強制してはいけない。

これが大まかなルールだった。


「○○は、ずっと死にたがっていました。

まあ、あの学校にいる子たちはみんなそうですけど。

だって、エスカレーター式で大学に行ったら、あとは顔も知らないような偉いおじさんたちの妻か愛人になるだけです。

私たちは、出荷を待つ家畜。

だったら、いま、一番美しくて、息苦しい環境でも、まだ友達がいて、本当の恋をしている、今この時に、死んでしまいたいって思うのは、当然でしょう」


Hは儚い笑みを浮かべた。


「外で生きてる人にはわからないかもしれないですけど、異様な閉鎖空間で生きている私たちにとっての自由は、自分の意思を持っているうちに、死ねることです。

でも自殺は、一人でやらなければいけない。

それは、とてもさみしい。

だから、Dレターが生まれたんです。

一番好きな人に、死んでもいいよ、と言ってもらえる」



「大好きな人に死ぬところを見ていてもらえる」



「自由になる瞬間を」






Hの起こした事件はマスコミが好みそうな要素が多いにも関わらず、新聞の片隅に一度載ったきり、報道されなくなった。

Hは裁判後、海外に行ったとも言われているが、同級生たちでさえ真偽を知らない。


Hの通っている女子高では年に約5人の死者、10人近い自殺者がいるとされているが、それを知るのはごく一部の人間だけである。

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