人が人を殺す26の理由
sato
第1話 Aが親友を殺した理由
Aは中学2年生で、優等生だった。
女子の中でも背が高く、体形はすらりとしていたので、人目を引いた。
愛らしい二重瞼とぽってりとした唇のおかげで、どこか西洋人じみた印象もあった。
Aは目立つ外見と裏腹に、無口で、控えめな性格だった。
教室の席替えの時には、背の高い自分が前に座るのは迷惑になるからと、進んで日の当たらない教室の一番後ろの隅を選ぶような有り様だった。
Aはいつも左手を右手の上に重ね、手指をそっと隠した清楚な座り姿をした。
Aと直接話をした者より、彼女を遠巻きに見つめる者の数の方が多かった。
しかし誰もがAのことが気にいっていた。
思春期の難しい年ごろでありながら、Aは教師や親といった大人に従順で、かといって同級生と付き合いが悪いわけでもなく、いつもほどほどの微笑みを浮かべていた。
誰にでも平等だったAだが、彼女にも親友と呼べる少女が一人だけいた。
親友は明るい性格だった。大きな声で話し、笑うと黄色い歯に嵌めた矯正器具が覗いた。
平均的な体系だったが、Aと並ぶと不思議なほど寸胴に見えた。
背筋が曲がっていて、蟹股で歩く癖があったからかもしれない。
Aとどんな話をするのかと、一人の同級生が好奇心から親友に尋ねたことがあったという。
親友はこう答えたという。
「なんてことない話ばっかだよ。あいつほとんど喋んないしさ。することっていったら、Aってば拒食症みたいな体形してるからさ、毎日駄菓子を買って一緒に食べてやってるの。食べるまで帰らせないんだ」
その話を聞いた同級生は「あんまりこういうことは言いたくないんですけど」と前置いたうえで「イジメだったのかなあって思うんです。でも、親友同士だっていうから、仲良しの延長かもしれないし、結局何も言えなくて」と証言した。
夏休み明けの初日に、Aは珍しく一人で登校した。
Aの制服にはべったりと血が付いていて、教室に入った途端酷く匂ったので、クラスメイト達は一斉に振り向いたらしい。
Aはまっすぐ自分の席に向かい、大人しく座った。相変わらず、一番後ろの、暗い隅の席だった。
駆けつけた教師が、壱限目の英語の教科書を開いているAに何があったのかを問いただした。
Aは、ついさっき親友を殺したと言った。
Aの証言の場所を探すと、親友の遺体はすぐに見つかった。
通学路に沿った河原に、親友の死体は無造作に転がされていた。
道路の真ん中で、カッターナイフでめった刺しにして、それでもなかなか死なないので、石で殴ったり、ゴミ袋を被せて窒息させながらまたカッターで刺したりして、どうにか殺したのだけど、そこに置いておくと邪魔になると思って、河原まで蹴り転がしたとAは証言した。
朝早かったので目撃者はいなかったが、親友の遺体の酷い有り様は、その証言を裏付けていた。
前述の同級生とはまた別の男子生徒の話を聞けた。
「きっと、Aはあいつの横暴に耐え切れなくなったんですよ。毎日つきまとわれて、食べたくもないお菓子を食べさせられたり。Aを使って、あいつはいつも人目を引こうとしてました。Aと話したければ自分を通せとか……。そのせいで、俺たちはAとほとんど話もできなかった。……話とか、聞いてやれてたら、こんなことにならなかったのかな……。……ここだけの話、全然あいつには同情できません。むしろAが可哀そうです。Aは悪くないんです。因果応報ってやつですよ」
他の同級生も、教師たちも、Aと親友両方に関わった経験のあるものは皆、Aの情状酌量を求めた。
Aは私にだけ、同級生を殺した理由を語ってくれた。
「右手の小指を見られたからです」
Aはその日も、膝の上の右手に左手を重ね、手指が見えないようにして、お淑やかな姿勢で座っていた。
Aの右手小指は、先天的に関節が一つ足りず、短かった。
ずっと大人しく控えめに動き、誰からも隠していたのに、その日は偶然、親友に見られてしまった。
危険運転のバイクが親友の背後から迫っていたのに気づき、慌てて右手で親友の腕を掴んで引いたのだという。
私はAに、右手の小指について何か悪口でも言われたのかと尋ねた。
Aは言った。
「●●ちゃん(※親友の本名)はこう言いました。こんなもの気にして、ずっと隠してたの?って」
親友は、珍しく言葉を選んでいるようだったという。命を助けられた後だったから、珍しく殊勝な態度になっていたのかもしれない。大袈裟に何か言うのもおかしいし、生まれつきか事故かなどと、根掘り葉掘り聞き出すのも、良識が拒んだのだろう。
だから、大したことのないもののように、笑ってやることを選んだに違いない。
しかし、道義的に正しかろうと間違いであろうと、Aには最もやってはいけないことを、親友はしてしまった。
怯えを抱いて秘密を隠していた人の、秘密を見た挙句に、笑ったのだ。
「こんなものって、言ったんです。だから殺しました」
Aは未成年だったので一次的に児童自立支援施設へ行ったが、大人しく模範的な態度が認められ、2週間で家庭に戻された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます