決意

 ——目が、覚めた。


「ここどこだ……」

 袴姿で、手には布に包まれた戦闘服を持って、横たわっていたあたし。

 辺りは木々が生い茂っている山のようだった。小鳥のさえずりが木霊し、美しいハーモニーとなっている。

 さっきまでの記憶は、まるで夢だったかのようにぼんやりとしか覚えていない。これは月華があたしに、過去に浸らないようにするための魔術をかけのだろうか。

 取り敢えず起き上がり、辺りを探索することに。民家とかあればいいんだけど……。ないか。こんな山奥には。

「何してんの」

「わぁっ!!」

 突然話しかけられたので、あたしは飛び上がって驚いてしまった。

 振り返ると、千三百歳くらいの少女が、あたしを見ていた。あれ? どことなく服装や顔立ちが雷姫と似ているような……? 気のせいかな?? 

「何処から来たの? ここ、簡単に登れるような山じゃないけど」

 えーと、この質問にはどのように答えようか……。登山、じゃあ無理がありそうなら……あ! いい言い訳思いついた!! 

「あたしねえ、遭難して来ちゃったんだ!」

 あたしがなるべく明るく、わざとらしくならないようにそう答える。と、少女はびっくりしたような顔をしてあたしをじっと見つめた。

「そ、遭難?! それは大変!! ここ、かなり危険な山だよ?! 早くあたしの家に来て!!」

「あ、ちょっと!!」

 強引に手を引かれる。こういう性格も、どこか雷姫を彷彿とさせていた。

 山道は険しいが、少女は慣れた足取りでズカズカと歩いてゆく。その背中は何処か頼もしく、自分よりも年上に見えた。

 それにしても、辺りには一切の民家はなく、ただただ豊かな大自然が広がっているだけだ。こんなところにどうして住んでいるのだろう。

 上に登って行くごとに、寒さも厳しくなってきた。冷たい風が肌を刺すようにして吹いている。

「ここよ」

 岩場の上にズーン、と建つ家。そこは豪邸と呼んでもおかしくないような大きさの家で、中に従者がいっぱいいそうだ。また狙われるかもしんない。

 あたしは一応、小さく折りたたんであるシャルセーナを確認した。壊れてなさそうだから大丈夫っと……。

 門の中に入る。意外にも従者は一人も居なく、ただ広い庭があるだけだった。部屋の中は赤と黄色を基調にしているようで、煌びやかなデザインだ。

 あたしは少女に椅子を勧められ、座った。そういえば、名前は何というのだろう。

「あたし、レウェリエ・クリース。あなたは?」

 あたしが訊くと、少女はにこっと笑って答えた。笑顔まで雷姫そっくり。

「あたし、レイ桃姫タオヂェン。ここ、愛花山アイファシャンに住んでいるわ」

 名字も完全一致。これは確実に雷姫の妹とみて間違いなさそうだ。

「ねえ、お姉ちゃんの名前を教えて?」

「ああ、お姉ちゃん? 最近会ってないんだけど、雷姫っていうよ。レイ家の長女は決まって『雷姫』って付けられるんだ。因みに妹は苺姫メイヂェンっていう」

 桃姫は首を傾げながら言った。やっぱり、雷姫には会ってないのか。自立してるなあ……。見習わなきゃな。少し尊敬。

「この家には、桃姫と苺姫の二人暮らしなの?」

 桃姫は頷いた。寂しくもなんとも思っていないようだ。一人が好きなのか、それとも一緒に居ると嫌なことでもあるのか。

「父親と母親は投獄されてるからね。父親は母親とお姉ちゃん虐めるし、桃しか食べさせてくれないし。苺姫と二人で暮らす方が楽しいわ。そろそろお姉ちゃんにも会いたいけど」

 顎に手を当てて考えるようなポーズをしながら教えてくれる桃姫の中では、もう父親と母親の存在は遠い昔の者なのだろうか。そうだとしたら、なんと悲しく残酷な現実なのだろう。

「あ、あのね。実はね……」

「何?」

 ここはもう、桃姫に雷姫は今、呪いにかけられているという事実を教えた方が、彼女にとっていいだろう。もう事実を受け止められるくらいの年齢だとは思うし。

「雷姫は、今、呪いにかかっている」

 そう告げた瞬間。桃姫は目をパチパチとさせている。それが嘘だと言ってくれ、のような表情。ごめん、としか言いようがない。

「ムルシエラゴ、って判る?」

「判る。ここら辺は大丈夫だけど、麓の農村とかそいつに略奪されてみたいだね」

 相槌を打ちながら桃姫は聞いてくれた。答えるときも、とてもはきはきと、判りやすく話してくれる。自立している子はやっぱり違うな、と間抜けなあたしと桃姫を比較してしまって、勝手に悲しんだ。

「あたしは、雷姫の友達なの」

「と、友達?!」

 さぞかし驚いた、とでも言いたそうな桃姫の表情に吹き出しそうになった。くわっと目を見開き、口をぽかん、と開け、前のめりになっているその姿はあまり見ないからだろうか。

「あのお姉ちゃんに……友達ができた……」

 今度はまさかの泣いてる。何なんだ、この人。驚いたかと思いきや泣き出すし、表情豊かだなあ。これ言葉にしたらかなりの棒読みになるんだろうなあ。

「だってさ、親に結婚を迫られて『結婚なんてしてやるもんか!』って言って出てった人だよ?! 『もう人とは関わりたくない。自分を認めてくれる人なんてこんな世界には誰にもいないんだ』って吐き捨ててったんだもん!! なのに、なのに!!」

 雷姫の言った言葉を言う時はかんっっ高い声を無理やり低くし、渾身の演技をする桃姫。

 心から嬉しいのか、笑う笑う、飛ぶ飛ぶ、回る回る、はしゃぐはしゃぐ。騒がしいなあ。落ち着け落ち着け。

「しっかし、お姉ちゃんを知っている人が居たなんて!! この上ない幸せ!!」

「でも、今は会えないよ」

 あたしがそっと告げると、そのさっきまでのテンションは何処に行ったのやら、しゅん、とした表情になってしまった。言わない方が良かったかな。なんて考えてももう遅い。後悔はしないんだ。うん。

「呪いを融かす方法……ないの?」

 いたいけな瞳で見つめられるとこっちも辛くなるが、無いものはしょうがない。ただ唯一の希望が、星々の従者から貰ったペンデュラムを魔法陣に置くというだけ。

「今のところ……ない。でも、希望ならある。桃姫は、何か知らない??」

 あたしが桃姫に訊くと、桃姫は「そういえば」と呟き、「ちょっと待ってて」と言って廊下を渡っていった。

 あたしが今座っている椅子の近くに、棚があった。そこには雷姫の写真が立てかけてあるのだが……驚いた。雷姫の髪は今よりずっと長く、少し緩い三つ編みが腰のあたりまで伸びていて、今は無い前髪もこのころはあった。因みに全然似合っていない。

 頭の中で雷姫を思い浮かべる。

 胸までのめっちゃ緩い三つ編み、横に流された前髪……に比べて腰までの緩い三つ編み、ソフィアみたいなぱっつんと言えばこれっしょ? 的な感じの前髪。

 今とは全然印象が違う。

「お……また……せ!」

 大きく分厚い魔導書を重そうに抱えながら戻ってきた桃姫。それがあまりにも重そうだったので、あたしは駆け寄って、魔導書を受け取った。本当に重い。腕にずっしりと重さが伝わる。

 テーブルに置かれた魔導書は、埃をかぶっていたので、手で軽く除ける。すると、中から雷家に伝わる、大自然の魔法陣が出てきた。

「この魔法陣は、大自然の象徴。大自然のエネルギーで敵を倒すだけではなく、汚れた世界や心を浄化する作用を持っている。ムルシエラゴは悪なのだから、浄化すれば倒せると思うのよ!!」

 桃姫の言葉に深く共感する。

 星魔法「エステラ・ディオース」は大自然の魔法陣と、星の魔法陣を組み合わせて出す魔法。だから、浄化作用もあり、それでムルシエラゴは倒せる。つまりは、ムルシエラゴは「清らか」が弱点というように解釈できる。

「確かに。あと、光も有効だと思うわ」

「どうして?」

「ムルシエラゴは、闇。光は闇を倒し、闇は光を倒すという関係を見ると、向こうより何倍も強い光で対抗すればほぼ確実に勝てる、ということになる」

 闇と光は、お互いに中和し合う関係にあり、片方が強いともう片方は滅されてしまう。

 これに気付けたあたし、すごい。ドヤ顔で自画自賛する。

「確かにね。……この魔導書、あげる」

「えっ……」

 この大自然の魔法陣が書いてある魔導書はとても貴重なものなのに。なんでそんなに優しくしてくれるのだろう。

「早く、お姉ちゃんに会いたいからね。また会おうね」

 姉想いの桃姫。彼女の願いを絶対にかなえよう。そう心に決めたあたしは、立ち上がった。

 別れは寂しいけれど、これしか前に進む術がないのだ。

「またね!!」

 山々に木霊する声は、明日への希望で満ち溢れていた。

 仲間に逢うために、あたしは何処までも走る。固く決意し、あたしは山を駆け抜けた。

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