番外編 薬屋

****メリナ****

 昨日、久しぶりにレイン君が店に来た。

 レイン君はこの店を利用している数少ないお客さん。

 レイン君はいつも一人でこの店に来ているけど、昨日は二人の若い人を連れて来ていた。

 レイン君が二人にご主人様って言われてるから、多分二人は奴隷でレイン君が買ったっていう関係なんだろうな。


 前のパーティーはどうなったんだろう。

 そのことをレイン君に直接聞いたりするのはちょっと嫌かなぁ。

 もしかしたら、死別しちゃったり、レイン君が追放されたりしてたら、気まずい雰囲気になりそうだから。


 でも、まさかレイン君が魔力使えないとは思わなかった。

 レイン君みたいな珍しいジョブなら魔力の消費も激しいだろうし、本当に稀な現象だよね。

 私と違って、膨大な魔力を持ってるレイン君はとても羨ましいけど、意外な欠点があって驚いたよね。

 でもまぁ、今日もレイン君は来て、私のおかげでその欠点を無くせるんだから良いよね。

 それで、私のことを忘れられないようにするんだ。

 そんなことを考えていると、店の奥から私を呼ぶ声が聞こえる。

「メリー。こっちきてー」

「はいはーい」

 私は呼ばれた方向に向かう。


「店長。なんかようですか?」

「昨日どうしてあの薬をあの子に渡さなかったのかな?」

 店長がニヤニヤしながら聞いてくる。

「別になんでもないですよ。ただ、忙しそうだから後日に回しただけですよ」

「ほんとにー?」

 本当、この人は嫌なことによく気づく人だ。


「本当ですよ!それで!呼んだ理由はなんですか!」

「暇だから呼んだだけ。ポーション作りも一段落着いたからね」

「はぁ。それならカウンター戻りますよ」

「そんな寂しいこと言わないでよ。この時間にうちを利用する人なんていないでしょ」

「いやそうですけど、もしこの店を見つけたお客さんがいたらどうするんですか」

「そんなの滅多にないんだから、メリーの魔法使ってわかるようにすればいいだけの話じゃん。ここで私と雑談でもしよ?ね?」

 たしかに店長の言う通りだ。

 うちの店はお客さんが少ない。ほぼいないって言っても過言ではない。

 それはギルドや大通りにある店に卸しているから。決して品質が悪くて、リピーターがいないわけじゃない。

 私のジョブは空気に関することだから、空気の振動で人が来たかわかる。

 でも、今はここにいたくない。


「嫌です。私はカウンターに戻りますよ」

「ダーメ。店長命令です。ここで私と話してください」

「はぁ。分かりましたよ」

「そうこなくっちゃ。じゃあついでに昼ごはんも食べよっか」

 店長はそう言って、私の手を握りキッチンがある部屋に連れて行く。


 料理は毎回店長が作ってくれる。だから、いつものようにキッチンの近くにある席に座る。

「メリー、これ温めて貰える?」

「りょーかいです」

 私は店長が指差した物をジョブの力で温める。

「よし、もういいよー」

 私は発動を止める。

「いやー、メリーが居てくれて本当に助かるよ。スープあっためるのが簡単だからね」

「急になんですか。今まで褒めて来たことないのに」

「いずれここから出て行く愛娘に、感謝を伝えるだけ伝えておきたいだけよ」

「は!?出ていきませんよ。大体私が出て行ったら誰がカウンターに立つんですか。元々私を育てたのは店長の人見知りが凄いからじゃないですか」

「ふふっ。その点は問題ないよ。って言いたいんだけどどうしよう。いっそのことお客さん入れないことにしようかな」

「常連さんはどうするんですか。有名な冒険者の人とかいるんですよ」

「えっ?そんな人来てたの?有名ならギルドで高くなってるやつ買ってもらおうよ」

「卸してないポーションを買ってもらったりしてるので無理です」

「そんなハッキリ言わなくても…そうだ!メリーの時みたいに育ててれば良いんだ」

「育てるって、何年かかると思ってるんですか」

「たかだか五、六年でしょ?カウンターに立つことができるようになるの。その間だけ店閉じるよ」

「だから、五、六年は長いんですよ。そんなに店は開けられません。私は残りますよ」


 店長は、私と違ってエルフという種族だ。その中でも普通のエルフとは違って、ハイエルフという寿命がかなり長い種族らしい。

 親は二人とも普通のエルフだけど、突然だけどハイエルフとして生まれたらしい。

 私としては、普通のエルフでさえ寿命が長いんだから、ハイエルフがどうかなんてどうでも良い。

 でも、この人育てた人たちが何人もいるのは事実。

 育てた人が同じでも、一緒に過ごした時間があまりにもないから、私からしたら全員他人に近い。

「それなら、マイルやミレヤ、ムロイを呼べば良いだけじゃん」

「はぁ。そこまでして私を追い出したいんですか」

「愛娘の幸せのために、親はできることはなんでもしてあげるものなんだよ」

 恥ずかしいセリフを恥ずかしげもなく言う店長に、軽く呆気に取られてしまう。

「分かりました。私がここを辞めたいと思った時にはよろしくお願いしますね」

「その時に備えて、今から子供を買いに行こう!」

「それって、私も着いていかないといけないんですか?」

「ちゃんとあの子が来るまでには終わるから着いて来て」

「ち、違いますよ。店を空けることを問題だと思ったんですよ」

「ふふ、そう言うことにしてあげる。じゃあご飯食べ終わったら早速行こうか」

 私たちは昼ごはんを食べ終わった後、店の扉に掛かっている札をひっくり返して、休みにする。

「じゃあ準備おっけーだね。早速行こうか」

 私達はお店を後にして、奴隷館に向かう。


 私達は奴隷館に入って、早速欲しい子供の条件を伝える。私が。

 事前に聞いた店長が求める条件は、ただ幼いこと。物心がついてないほどに。

 奴隷館と言っても、ここまで幼いと奴隷紋を刻んでしまうと死んでしまうから、刻んでいない。私もここで買ってもらったけど奴隷紋がないのはこのためだ。

 そのかわり、成長したら無料で刻んでもらえるらしい。

 条件に合う子供は五人いた。そこで店長にどの子を預かるかを聞いたら、今回は二人同時に育てようかな、って言って適当に選んだ子供を二人買った。

 奴隷館に一時間もいないで、用事は終わった。

 今日買った二人の子供は、両方とも女の子で、それぞれモナとヤナと名付けられた。

 モナは黒髪でオッドアイという分かりやすい特徴があって、ヤナは金髪。

 二人をそのまま連れて店に戻る。


 調合室に店長とモナ・ヤナの三人を置いて、私はお店に戻る。レイン君がそろそろ来そうな時間になって来たし。

 人見知りの店長に、軽い仕返しでレイン君を連れていこうかな。

 意味わからないことたくさん言って来たし、これぐらいやっても許されるよね。


 そんなことを考えてたら、早速レイン君がやって来た。

 まず、薬草を預かる。本当は私がいつも持ってるマジックバックに入れれば良いけれど、やり返すためにレイン君を連れて行く。

 レイン君と一緒に、店長のいる部屋に入る。

 店長は明らかに固まって、面白い状況になった。


 レイン君に薬草を出してもらい、明らかにここに来てほしかった風な演技をする。

 レイン君をカウンターのところに返す。

 この時のレイン君は明らかにウズウズしてた。ほんとにかわいい。

 レイン君の後を追って出ようとすると、店長が何か開いたそうな顔をしていた。

 だから、部屋を防音にする。

「店長?何か用ですか?」

「あんたねぇー。どうしてここにあの子を連れて来たの?私を殺す気なの?」

「そんなわけないじゃないですか。ここに連れてくる必要があっただけですよ」

「そんなわけないでしょ!ここには誰も用がないように全部カウンター付近に集中させてるんだから」

「あはは。今日、店長が変なこと言ったからですよ」

「なによ、私はただメリーが旅立つ準備をしただけっていうのに」

「店長は、私がレイン君と一緒にパーティー組むみたいな話を勝手にしてますけど、そんな予定ありませんから。そんな予定もないのに、辞めさせられても私も困りますから」

「でも、まぁ、そうじゃなかったとしても、いつかはここを旅立って貰うから、それが早く準備できたっていうことにしてよ」

「はいはい。そういうことにしておきますね。私はカウンターに戻りますね」

「お願いね。それにしてもあの子。ものすごく膨大な魔力を持ってるね。準備した量だけで足りるかな?」

「そんなにですか。ちょっと不安になってきましたよ」

「一応念のために追加で作っておくね。足りなくなったらこっちまで取りに来てね」

 私は壁に掛けられている手形を一つ取り、その部屋を後にする。

 道中に腰にあるマジックバックから、魔力を吸い取り結晶化する薬、通称「魔力結晶化薬」。なんでこんな安直の名前かと言うと、この薬を発明したのが店長だから。

 元々は、魔力を一時的に増やすポーションを作ろうとしたけど、魔力と反応して結晶化させる失敗作ができたらしい。

 でも、できた結晶体を割ることで一時的に魔力を増やせる。でも、効率は悪くて、増やせるのは吸収した魔力の半分にも満たない。

 魔力を吸われると体調を崩すから、魔力を供給したいっていう人は見かけたことがない。だからこの薬はそんなに有名じゃない。


 そんな薬を持ってカウンターに戻る。

 早速レイン君に使って貰う。

 一本をまず使い切る。ここまでは全然予想通り。じゃないと魔力の感覚が掴めないとか言えない。

 二本目を使い切る。全くの異変を感じないって言われて驚く。店長でも二本使ったら異変を感じるぐらいはあるから、この時点で店長以上の魔力がある。

 三本目、四本目を使い切った。ここで少し違和感があるってなって安心。事前に準備した本数が五本だけだったから、とりあえず足りるようでよかった。

 一応念のために五本目を使おう。五本も使ったのに、立ちくらみもなく平然に立ってるレイン君は、凄すぎる。

 次にレイン君に「魔力回復薬一割」を渡す。これも店長の発明品。元々は魔力を完璧に回復する薬を発明したかったらしい。


 どうやらレイン君は魔力の感覚を掴めたらしい。影に流れる魔力の量が、この前とは明らかに量が違う。

 私もとても嬉しい。この恩はどう返せばいいか聞かれたけど、あらかじめ約束をしていたことをもう一度伝える。

 これからもレイン君と会って、これからは会話をできるようになりたい。

 そう思いながら、生き生きとしたレイン君を見送る。

「へぇ。そんな約束してたんだぁ」

「店長!いつの間に来てたんですか!」

「五本目が終わったところからこっそり見てたよ。それにしてもあんな約束してたなんて、あの子と会いたいだけでしょ?」

「そうじゃないですよ。えーと、モナやヤナのためにお客さんを残すのは大事じゃないですか」

「そう言うことね。分かったよ」

 店長はそう言い残して、またさっきの部屋に戻って行く。


 正直、店長が私に言ってくれた提案はとても嬉しかった。一応私にも戦う力があるから、レイン君の手助けになる。

 でも、今までは踏ん切りがつかなかった。店長は人見知りだから、私が急に辞めるとどうしようもなくなるし、かと言って私みたいに育てるって話になっても数年は待たないといけないわけだし。

 それなら別にこの店で一生過ごしても良いかなって思ってた。

 でも、今となってはもっと早く店長に相談して、いつでもレイン君のところに入れるようにしとけばよかったって後悔してる。

 今すぐには加入することはできないけど、これからはアピールできる機会があるから、いつの日かはレイン君と一緒に冒険者活動をできるようにしたい。




****設定****

メリナのジョブは「くう魔法士」で、空気に関することができる。

何もないところを真空にしたり、燃えやすい空気酸素を集めて燃やしやすくしたり、風を起こしたり、かまいたちを作ったり色々なことができる。この物語の中で最強に近いジョブの一つ。

だけどメリナ自身の魔力総量が普通の人とほぼ同じ量で、魔法士としてはかなり少ない量である。


店長の名前はパトリシア

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