第六話 乱戦の最中

 扉から、窓から、狸みそに感染した面々が厨房への突入を試みる中。

「うっ……なにかしら。『是非に及ばず、本能寺』という謎の言葉が脳裏に……」

 追い詰められた信奈の脳が活性化。起死回生の策を閃いていた。

「狸妖怪の好物は、みそ! 異様にみそにこだわっているわ! 究極のみそ料理を部屋の中央に置くのよ! 耐えられなくなって飛びついて食べはじめた奴が狸よ!」

「なるほど! この中に狸が紛れているとすればあぶり出せるし、仮に屋外にいるとしても罠にかかって飛び込んでくるかもしれないな!」

「思いっきり美味しそうで、かつ独創的な新作料理が必要ですな兄さま! 桃太郎卿印のきびだんごをお使いくだされですぞ!」

「ククク。お料理なら、悪魔の舌を持つこの梵天丸にマカセタマエ! 厨房の食材と調味料を駆使して、速効で『みそ煮込みきびだんごラーメン』を完成させるにょだ!」

 梵天丸のレパートリーのひとつ・仙台みそラーメンに、奥三河出身・松平家伝統の赤茶けた八丁みそと、ねねが咥えていたきびだんごが悪魔合体。きびだんごの内部に八丁みそを注入してラーメンとともに煮込み、麺とだんごにこれでもかとみそを染みこませた悪魔的料理が完成! 室内がみそ臭すぎて誰の匂いもかげないですぞー! とねねが悲鳴をあげるが、やむを得ない! 匂いとみそは等価交換だ! と良晴。

「急げ! 信奈、梵天丸! もう扉は限界だ、破られる!」

「ねねが乳母車で塞ぐですぞ! 原作通りに車体にガトリングガンを仕込んでいれば防御力アップでしたのに無念ですぞー!」

「これで麺がきしめんだったら、勝家が湧いてきそうね。中央に丼を置いたわ!」

「すかさず五芒星の魔法陣を床に書き書き! これで、ラーメンに釣られて魔法陣に入り込んだ妖怪はもう出られないにょだー! 術式展開準備カウントダウン! シックス、シックス、シックス! 完成ッ!」

「見事ですぞ梵天丸どの! 麺もちょうどいい煮込み具合ですぞー!」

 どうだ? 釣られるか? 来るか? と一同が必死で扉と窓を塞いで狸使い魔軍団の侵入を阻む中。

 何者かが、魔法陣中央のラーメンを目指して駆けていた!

「ああっ、なんて美味しそうなのっ? キノコだけじゃお腹は膨れなかったのよ、もう我慢できなーい! カロリー栄養食がほしーい! はむはむはむ! 美味しい、美味しいっ! 森林を駆けずり回った身体には、みその塩分が効く~! 幸せ~♪」

「って、信奈ーっ? お前が狸だったのかーっ? 俺としたことが裏を掻かれたぜーっ!?」

「にゃんと!? いつ本物と入れ替わったにょだ?」

「信奈姫、信じていたのに……びええええん!」

「違う、違うっ! わたしは本物だからあっ! 仕方ないのよっ、みそに飛びつくのは名古屋人の哀しい本能なのよー! お腹ぺこぺこだったんだから許してよー!」

「本物なら、ますますタチが悪いじゃないか! ああもうラーメンを平らげてるっ? スープまで完食っ? もはや罠の機能を喪失したぞ!」

 信奈の暴走によって四人の絆は空中分解、ついに内部分裂オチか? という土壇場で。

 最後の一手となるダメ押し――奪吻公の奇策が発動した。

「おいおい狸野郎、俺の姿に化けるんじゃねー! 俺はこっちにいるぞ、信奈! ねね!」

「なんだと、俺がもう一人っ? 奪吻公だなっ!?」

「嘘っ? この期に及んで良晴が二人に増えたっ!? やだ、まるで見分けがつかなーい?」

「ラーメンに釣られて化けて厨房に入ってきたにょだ! 織田信奈さえ食欲を暴走させなければわが策は成功だったはずにゃのにー!」

「しょうがないでしょー! 名古屋人にとってみそは猫のマタタビなんだから!」

「まだみその匂いが充満していて、嗅ぎ分けられないですぞー!」

「ねね。自分の兄を見間違えるはずがないだろう? 俺がお兄ちゃんだぞ? わかるだろう? その男は狸だ。さあ、こっちへおいで」

「行くな、ねね! 使い魔にされるぞ!」

 かしこいねねは知恵を働かせた。次の瞬間、梵天丸が構築した五芒星の中心部にねねは「ぴょん」と飛び込んで、結界内に入り込んでいた――。

「梵天丸どの、封印を発動させてくだされ! 五芒星内部へ突入してねねを抱っこしてくれたほうが、本物の兄さまですぞ! 狸ならば、結界内には入れませぬからな!」

 信奈は(これで見分けがつく! 信楽焼に封印できる! 利口な子だわ)と感嘆した。

 だが――事態は想定外の展開に。

「「ねねは俺が守る!」」

 二人の相良良晴が、同時に結界内へと飛び込んでねねへと手を伸ばしたのだ。

 良晴VS良晴。ねねの目の前で、壮絶な取っ組み合いがはじまった。

 梵天丸が信楽焼に奪吻公を封印すべく「えろいむえっさいむ!」と呪文を詠唱するが、魔法陣は発動しない。結界が効かない!? 半兵衛がこの場にいれば解説してくれただろう。五芒星の紋章は東洋の妖怪にも有効である。陰陽道が魔除けに用いるシンボル「晴明紋」もまた五芒星なのだ。だが、呪文に問題があった。西洋魔術の詠唱は、日本の妖怪には通じない――!

「しまったー! わが術式が効かないにょだー! かくなる上は外宇宙よりクトゥルフを召喚して狸にぶつけるしか……バケモノにはバケモノをぶつけるにょだ!」

「うぎぎぎぎ。限界だわ、わたし一人の細腕じゃもう無理、扉が破られちゃうっ! 梵天丸、魔術は諦めて! 事態がますます悪化するから! 他の能力を……」

「はっ? そうだ、ありとあらゆる味を感知できるわが悪魔の舌にゃらば、良晴の味を見分けられる! ぺろっ……これは相良良晴の味ではにゃいのだ! うぬが狸にゃのだー!」

 最後は、あらゆる知覚のうちでもっとも原始的な「味覚」が真相を解明した。

 梵天丸が相良幼稚園時代に「黙示録開始なのだ、がおー」と良晴に何度も噛みついたり舐めたりして味を覚えていたことが勝因となった。

 梵天丸に抱きつかれて頬を舐められた偽相良良晴は、「たぬうっ? 恐るべき小娘!」と思わず声を発したが、すかさず「隙あり! 戦国時代の戦場格闘術、柔――!」と本物の良晴に一瞬で腕ひしぎ逆十字固めを決められて勝負は決着した。腕を極められた良晴の姿が、元康へと戻っていく。

「痛いたぬううう! 腕が、腕が折れるたぬううう! 相良良晴、かほどの古武術を会得したうぬはいったい何者……この時代の高校生とは思えぬ……!」

「友人の元康の腕を折りたくはない。おとなしく自ら信楽焼に帰れ、奪吻公!」

「やだ嘘、良晴ってば超強い!? 日頃のエロザルとは大違い、かっこいい……って、ギャー! 扉を破られちゃったー!」

「たぬ、たぬ。奪吻公さまをお救いいたしますわ、このわらわが!」

「……たぬちよ、一番槍……おなかすいた……みそ……みそを……たぬううう」

「相良良晴、使い魔たちが突入してきたにょだ! 早くタップさせて信楽焼に狸を戻すにょだー! それで使い魔も元に戻るにょだ!」

「タップを奪って祓えるものなのかっ? これ以上締めたらほんとうに元康の腕を折っちまう! 全盛期の猪木ならば迷わずやるだろうが、そんなこと俺にはできない……!」

 良晴はどうしても元康の腕を折れない。万事休すか!?

「あーれー。SP使い魔軍団が~? きびだんごも効きませんぞ! 兄さまあああ~! 皆の衆、おやめくだされ! 兄さまに手を出さないでくだされですぞ! びええええ!」

「「「ギャー!? 鼓膜が、鼓膜がああああ!?」」」

 ねねが泣きだすと同時に、凄まじい超音波が室内に走る。

 偶然か必然か。狸みそに感染していた義元と犬千代の意識がその衝撃を浴びて回復した。

「……さ、相良良晴……どうか、元康さんの腕を折らないでくださいまし……こたびの騒動は、わらわが原因ですの……そもそも元康さんが怪我したら、誰がわらわの身の回りの面倒をみてくださいますの?」

「……良晴、姫さま……槍の犬千代ともあろうものが、みそに侵食されて申し訳なし……この上はわが腹をかっさばいて、一体でも使い魔を減らす……御免」

「ダメよ犬千代? やめてやめて切腹なんてダメーっ! どうしてそんな戦国武将みたいなこと言いだすのよーっ? いやあああーっ!?」

 元康の腕を固めた良晴を中心に、信奈たちと使い魔たちが入り乱れて阿鼻叫喚――犬千代が厨房で拾い上げた包丁を手に「御免」と切腹しようとしたその時。

「ぷはあ! 今の超音波の衝撃で奪吻公が弱体化したおかげで、唇を取り戻せました~! 私です、松平元康です~! みみみ皆さ~ん、争いはやめてくださーい! 奪吻公さんは私のために今川邸を占拠しようとしていたんです~!」

「なんだって、元康?」

「このすっとろい喋り方は本物の竹千代だわ! 竹千代、どういうことっ?」

「奪吻公さんは誤解されています! 義元さまは決して私の敵でも支配者でもありませーん! ここにいるみんなが、私の大切な親友なんです~! こんな争い事なんて絶対にやりたくないんです、私は~! 奪吻公さま、人間へのお怒りはごもっともですが、この場はどうかお退きください……!」

 元康は、信奈たちに語った。奪吻公の哀しき過去を。

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