第40話 その後/???
放課後、俺はある人を待ち伏せていた。
下校する生徒の波に乗って現れ、靴を履き替えたその人の背後から声をかける。
「今いいですか、鳴滝先輩」
「……お前に助けられた恩はあの時に返したはずだが」
「その件はもう終わってますよ。揺すったりしません。
今日は、俺の方が新しく先輩に借りを作りたいって話です。
時間は取りません。もちろん急いでいたなら日を改めま――」
「構わねえよ」
短く答え、大きな背中を見せて俺の前を先行する。
気を遣ってくれたのか、学園の中庭にある人通りが少ない道のベンチに案内してくれた。
乱暴にカバンを置く。
不良がカバンになにを入れてるんだと気になるが、先輩の場合は普通に教科書だろう。
こんな見た目でも根は真面目なのだ。
たぶん、日課となっている予習と復習はやめられていない。
先輩は不良でも、成績は特別悪いわけではないのだ。
以前よりも多少は落ちているが、致命的なほどではない。
この学園に入るために猛勉強をした俺とは違って、元からある程度の学力がある先輩は一夜漬けではなく、日々の積み重ねが染みついているのだろう。
習慣ってのは中々抜けないものだ。
「で、なんだよ」
「本題の前に少しいいですか。小中先輩、登校しませんでしたか?」
「……ああ、きたな。授業を真面目に受けていたよ。
まあ、あいつの場合は授業の内容なんか説明されずとも教科書をぺらぺらめくれば分かるようなものだろうけどな」
「よくご存じで。どう見えました?」
「……なにを言わせてェんだ、てめェは」
「先輩の片想いに首を突っ込むつもりではなく。
もっと深いところを突くようなことではありますが――素直な感想でいいですよ。
小中先輩も気にしていましたから」
人からどう見られていたか。
小中先輩は天才だ。
でも、保健室登校をしたり、一昨日のゲーム中も、全てを見抜いていながら俺のフォローに回ったり、表の世界に出ないように徹底していた。
天才であることを隠して日々を過ごしていたのが、さて、今日はどうだったのだろうか。
「……天才だったよ、嫉妬するくらいにな」
「見て分かったんですね」
「ああ。ったく、遠い奴だ。今更ながら、実力を見せつけてきやがる。
どんな気持ちで俺たちを絶望に落としているのか聞きてェもんだよ」
「罪悪感でしょうね。だから小中先輩は天才でいることを見せなくなったんですよ。
鳴滝先輩だけのためじゃないでしょうけど。小中先輩は自分が天才であることで諦めていく友人を、これ以上は見たくなかったんです……そう言ってましたよ」
「自分を中心に世界が回っているとでも思ってんのかよ、あいつは。
あいつが天才だろうが、なかろうが、潰れる奴は勝手に潰れていくもんだ」
「同感ですよ。それで、先輩は小中先輩に潰された人ですよね?」
悔しさか、怒りか、それはどこに向いているのか。
小中先輩か、自分か。それを指摘した俺か。
握られた拳が振り上げられた。
「――てめェ、ぶん殴るぞ」
「あんたに殴られたところで痛くも痒くもねえよ」
さすがに冗談だ。殴られたら相手が誰だろうと痛い。
ただ、殴られることには慣れている。そんなもの、なんの自慢にもならないが。
「小中先輩が天才らしくいることは、鳴滝先輩からすれば望むところですよね?」
「…………」
「自分を潰した天才が堂々としていなければ、潰された自分はもっと惨めになる」
小中先輩は自分のレベルを周りに合わせて下げて、友達を求めたことがある。
結果を言えば逆効果だった。
先輩が天才であると知らなければ気にもしないのだろうが、
そうでなければすぐに気付いてしまう。
天才が自分に合わせてきたのだと。
知っていることでも知らないと言い、
分かることも分からない振りをする――バカの真似をする。
合わされた方が内心で見下されていると感じてしまうのも、無理はない。
友達を作ろうと歩み寄った先輩は、クラスメイトに拒絶されることになった。
で、現在の保健室登校に至る。
拒絶されたから保健室に逃げたわけでもないが……。
天才らしく堂々としていれば良かったのか?
でもそうしたら天才との差を見て潰れていく生徒が増えてしまうだろう……。
優しい先輩はそっちを阻止しようとした。
結局、堂々としていても、レベルを下げても、クラス内では邪魔でしかない小中先輩は、教室を去ることを選んだのだ。みんなのために、と言えば聞こえはいいが……、
まあ、否定しておきながら悪いが、逃げたかったというのもあるのだろう。
カモフラージュでみんなのためだと言い張っているのだとも思う。
小中先輩じゃないのでどっちかは分からないが、どっちでもいい。
そんな彼女の停滞は今日、一つの選択をすることで進んだのだから。
「正直、天才を見て潰れる人間なんか潰れればいいと思います。
俺はね。小中先輩は優しいから、守る方を選んだみたいですけど。
でも潰された側からすれば、潰した側がそうやって逃げているのは単純にムカつきますよね。
それで不良ですか? 小中先輩を責めるために?
天才たちに舐められないために強い言葉と見た目で鎧をまとい、
武器を持っているとも言えますけど、本当は小中先輩を誘っていたんですよね?
お前が戻ってこないから俺はこんな風にまともな道から踏み外してしまったぞ、って」
「違ェよ」
「どっちでも。
仮想シナリオを推測して推理を展開しているだけですから、
事実と異なっているのはそりゃそうでしょうよ。
でも、そういう気持ちがあったかもしれないと気付く可能性もゼロではないはずです」
人の目的と感情は一つではない。幾重にも重なり、ねじれている。
それっぽく言ってしまえばそんな気もしてきたと思うだろう。
実際、その時はそう思っていなくとも、
思い返せばそんな理由もあった気がすると後付けできてしまうほど、人は不安定だ。
決まっていない。だからいつでも、変わることができる。
「鳴滝先輩は天才を目の敵にしてますけど、
あなたが認める天才である小中先輩は、あなたのことを天才だと認めていますよ」
「……バカにしてるだけだろ。オレはあいつの足下にも及ばねえよ」
「勉強なら確かに。物事を見抜く才能もずば抜けています。
でも小中先輩は俺に喧嘩で勝てないでしょうし、それ以外にも探せばあるでしょうね。
それに鳴滝先輩にも。演技という点においては学園一じゃないですか?
だから学園を象徴する謎解きゲームと相性が良い。
理事長のお気に入りになった秘密はそこにあるみたいですね」
「さあな。演技っつっても、素人にしては、だろ。
もっと上手い奴なんざ外には五万といるんだ」
「小中先輩もそうですけどね。大海の前ではあの人の才能も下から数えた方が早いです」
俺たちは井の中の蛙なのだから、当然だ。
「そこで、ですよ。今回の俺の本題に繋がります」
「……なんだよ」
そう、本題だ。
俺は鳴滝先輩を焚き付けるために訪ねたわけではない。俺の目的は別にある。
先輩が潰れようがまともな道に戻ろうがどっちでもいいが、小中先輩はそうではなかった。
あの人は気にしていたんだ。鳴滝先輩の不良アピールは、きちんと小中先輩に刺さっていた。
ゲーム中に助けられた恩はすぐに返そうと思っていた。
頼まれたわけではないが、ついでだ、
鳴滝先輩をその気にさせるくらいの手伝いはやってもいい。
ただ、この調子だと俺がなにを言わなくとも先輩は自分で立ち上がっていただろうが。
余計なお世話だったかもしれないな……まあ、いいか。
本題の前に場が温まったのは確かだ。
「先輩のその不良イメージ、俺が知ってるやつ、そのまんまなんですよね……」
鳴滝先輩は演技の天才、としておこう。
そんな人が不良を演じるのに、元にした誰かがいるはずなのだ。
その相手は、恐らくだが、俺が探しているあいつと同一。
であれば。
「そのモデル、どこで見たのか覚えてますかね?」
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