第13話 作り笑い

 木下の素に戻った口調に警告音は鳴らなかったものの、場にいたメンバーは全員が冷めたように木下と茜川を見ていた。

 なにがあった、という三年生二人の視線を無視して、


「茜川、まずいことになった」


 首を傾げた茜川は、事態の深刻さに気付いていないようだった。

 茜川を連れて部屋の隅っこへ。

 木下が気を遣い、他のメンバーの意識を集めておいてくれていた。


 彼の推理でも聞かせているのかもしれない。

 俺も興味はあったものの、ここで茜川を放ってそっちにいくのは本末転倒だ。


「なに、はやしだ。犯人が分かったの?」

「そうじゃない。……気付いて、ないんだよな?」


「犯人? わたしも、まだ分からなくて――」

「次に木下が疑問符をつけて質問してきた場合、茜川は断るべきだったんだ」


 たとえ役柄によっては頷かなければならない状況だったとしても、たとえイエローカード二枚を意図的に出させて、後がなくなる状況に追い込まれたのだとしても。

 三枚目を覚悟して失格を甘んじて受け入れる方が、マシだったはずだ。


「質問? 木下くんの?」


「火曜日のこと、覚えてるか? 茜川と木下が廊下でぶつかった時のことだ。お前はお詫びになんでもすると言った。でも木下は断った。それでも食い下がった茜川のために、なら次に質問した時に頷くか断るかは茜川の自由だっていう条件で、罠を張っていたんだ」


 頷いてしまえば最後、契約はどんなに無茶でも履行されてしまう。


 他人の人生さえも、簡単に操作できてしまう。


 だが、方法がないわけではない。


 解除の方法は一つ、このゲームで勝利をすること。


 勝利をすれば契約を一つだけ、解除する権利が得られる。


「火曜日……、あっ、……ああッ!?」


 気付いた茜川が顔面を蒼白にさせる。

 木下の質問はようするに『兄貴と結婚してほしい』というものだ。


 木下に兄貴がいるかは不明だが、いなければこんな質問などしないだろう。

 仕込みに仕込んで誘導して、万全の状態で頷かせた質問が、嘘だったなんて、あり得るか?


 冗談にしては、悪趣味だ。

 だからこれは、間違いなく本気だ。


「役になりきって会話をしようってことが、そもそもあいつの手の平の上で転がされていたってわけか……」


 ああ、くそ。認めざるを得ない。

 上手い。そして、完璧なシナリオだった。


 もちろん、全てが思い通りではないのだろう。役柄までは指定できない。

 謎だって手の入れようがないだろう。

 ゲーム参加者に選ばれたことも偶然でしかなかったはずだ。


 だから確定しない流動的な展開を受け入れ、その場その場で先を読み、想定されるその後の展開を推測して罠を張り、茜川が引っかかるのを待っていた。


 いや、違うな。引っかけることは簡単にできると踏んでいたのだろう。

 木下が待っていたのは条件が揃った状況だ。

 加えて、俺を出し抜く算段を立てていた。


 実際、こうして俺は度肝を抜かれたわけだ。

 そして、こう言われているわけだ。


『ここからどうやって巻き返しますか?』って具合にな。


 巻き返す? バカを言うなよ。

 完敗だ、こんなもん。ここからどう巻き返せるって言うんだ。


 そもそも茜川は俺に対して一度も「助けてほしい」とは言っていない。

 つまり、

 俺が勝手に茜川を助けようとすれば、彼女の邪魔になってしまう。


 今よりももっと最悪な結果になるかもしれないのだ――なら、手は出さない。


 出してはならない。

 なぜなら、

「ありがと、はやしだ。でもだいじょうぶ。あたしが自分でなんとかするから」


 犯人を見つければ、契約の解除権が手に入る。

 ただ、茜川の立場だとたとえ権利が手には入っても解決とは言えないが……。


 それをここで言うのは水を差すってものだろう。


「いいのか?」

「だってはやしだ。きっと助けてって言ったら、助けてくれるでしょ?」


「まあ、な。俺にできることならできる限りのことはするが」


「それって、はやしだの意思? それともわたしが言って、はやしだが頷いたことで契約が交わされたから助けようとしてくれてるの? ……たぶん、はやしだは契約なんかなくても助けてくれるんだろうけど、だからこそ、言わないよ」


 だって、と茜川が作り笑いを見せた。


「……言ったら、はやしだの逃げ道がなくなっちゃうもんね」


 いざとなれば諦めて逃げてくれてもいい。

 でも、契約が結ばれたら逃げられない。


 嫌でも必ず、成し遂げなければならない。

 契約における、俺にとってのデメリットを考えてくれていた。


「そこで見てて、はやしだ。わたしが、犯人を見つけてみせるからっ!」


 ……不安を無理に押し殺しても、潤んだ瞳は隠せていない。

 指で目尻を軽く拭って、茜川が参加メンバーの元へ向かっていく。


 茜川にとっては、この一件は大きな壁になるだろう。

 ここを自力で越えられるか否かで今後の人生が変わっていくような、岐路とも言えた。

 そんな大事な場面で俺が出しゃばることはできない。


 助けてやりたいのは山々だが、甘やかし続けてもかえって毒になる。


 茜川が自力で越えたにしろ、越えられなかったにしろ、結婚という問題はすぐに実行されるわけではない。回避する方法はいくらでも考えられる。焦ることじゃない。


 そう、焦ることではないのだが――なんだ、この胸騒ぎは。


 茜川の結婚に内心で俺が焦ってるとでも? いいや違う。そうじゃない。

 結婚自体をマイナスに捉えているわけではない。幸せの象徴だ、たとえ望まない相手とは言っても、いざしてみればそれなりの幸せだろうと思える。

 それに、望めば離婚できるのだから後戻りできないものでもない。


 では、なにに焦っているのかと言えば……相手だ。


 結婚相手。

 木下鳶雄の兄貴。


 木下は俺を知っていた……俺の実力も、少しでなく全てを余すところなく。


 いやでも、しかし、そんなはずがない。

 だって名字が違うし、兄貴って言われても、あいつに弟がいたという記憶はない。

 いるのは姉だったはずだ。


 可能性は限りなく低い。


 ……でも、どうしても俺は、しか思い浮かばなかった。




 … 3章 おわり

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