ハイスクールライブ TV ショー
渡貫とゐち
1章 AM8:00~GAME_START
第1話 プロローグ
校門をくぐると同時に教師からつけられ、下校時にはずされる。
自力でははずせないようになってはいるが、仮にはずせたとしても一発でばれる。
悪気のない紛失でなければ、イエローカードを飛ばしたレッドカードで即退学。
……なんのためのマイクなのかと言われたら、言葉を選ばなければただの盗聴だ……。
「失礼な。私はただ娘が心配なだけだ!」
目の前の机を両手でばんっと叩いて、冷静さを失い立ち上がったのは、この学園の理事長である――
高校生になった一人娘の父親にしては、随分と年を食っている見た目だ。
白髪混じりの黒髪をポマードで固め、オールバックにしている。
たわしのような無精髭は理事長らしい貫禄を出していた。
部屋を見渡す。
木目調の家具とそれに合った色合いのソファなどが置かれている。
普通なら、視線を上げれば音楽室にあるベートーベンやバッハの肖像画のように歴代の理事長の顔写真が飾られていてもいいはずだが、創設してまだ若いこの学園長の一代目が、目の前にいる理事長なので歴代もなにもない。
飾られているのは家族写真だけである。
堂々と娘の成長過程が順番に飾られている。
しかも自然と視界に入るような、斜め上の位置に、だ。
本来の意味での確信犯なんだろうなあ……、理事長に悪気はないのだろうけど。
言わんでも分かるだろうが、俺は今、理事長室にいることになる。
しかも七時五じゅっ……いや、八時になりやがった。
眠気眼で知らない番号にもかかわらず、迂闊に出てしまったのが運の尽きで、朝一番に呼び出された。悪行なんてしていないのに肝を冷やしたものだったが、呼び出された用件は、ようするに愛する我が娘の自慢話を聞かせたかったらしい。
目から耳から、情報が滝のように流れてきてうんざりする。
「理事長。娘が可愛くて仕方ないってのは分かりましたけど、誰彼構わず言わない方がいいですよ。あいつの魅力に気付いた誰かが狙うかも分かりませんし」
「その心配はいらんよ。そもそも、その可能性があると分かっていたから生徒全員にマイクをつけたのだからね」
そう、そうなのだ。
この理事長……父親は、たった一人の娘を共学に通うことを将来のためと言って半ば強制的に転入させておきながら、寄りつく男との会話を全てチェックしようとしているのだ。
娘のためだけに、数年前に創設された学園。
娘が平和に楽しく過ごせる学園生活を作るために下準備を続け、考え得る限り、最高のコンディションで今年に合わせて作り上げてきた。
巷では新しい試みと期待され、裏では実験場と揶揄されている学園ではあるが、一体、いくら注ぎ込んだのやら……。湯水のごとく金が湧き出るわけでもあるまいし。
「口約束が判を押した契約書と同等の効力を持つ……って、やり過ぎな気もしますけど」
「そうでもしないと全校生徒の制服にマイクをつける理由なんてないだろう?」
まあ、そうか。……そうか?
学園にいる内はプライバシーの欠片もない。
過激なことを言えば学園内で卑猥なこともできないわけで。
……それはともかく。男女集まればキスくらいしそうものだが、その音も拾われているとなると、いくらロマンチックな雰囲気になろうとしたくてもできない。
身近なところで例を挙げれば、迂闊に陰口も言えなくなった。
自身の秘密や悩みを打ち明けるにも、マイクの存在が躊躇わせる。
聞いているのは教師陣で、言いふらすようなこともないだろうと知ってはいても……。
退学よりも軽い(重い?)ペナルティというのが、大体がこの秘密の暴露に偏っているため、抑止力はかなり強く働いている。
「マイクをはずしてほしいという要望が少ないのだから、釣り合っているのだろう?」
確かに、プライバシーがない、と反対意見を言う生徒は少ない。
そもそも反対ならわざわざこの学園に入学なんてしないだろう。
分かった上で受験しているのだから。
創設一年目なら分からないでもないが、幅広く認知された上で受験数が年々増加しているのは、受け入れられているからだ。
ただ、『口約束の絶対化』なのか、それともこの学園のもう一つの特徴なのかは…………たぶん、後者の方が人気なのだろうけど。
「生徒主催の謎解き脱出ゲーム、か……」
「今日が本番みたいだね。君は複数の女の子の板挟みになっているようだけど、準備は万端なのかな、
「俺も初めて選ばれましたし、どうなるかはやってみないとなんとも」
なにを準備すればいいのかも分からない手探りの状況だ。
なにをどれだけやったら万端なのかも分からない。
「で、だ。君はこの一週間、娘に随分と懐かれたようだね」
「…………」
まあ、だよなあ。
呼び出されるとしたらそれしかないと思っていた。
逆に、随分と遅い呼び出しだったと思ったくらいだ。
「君は節度を持った付き合い方をしてくれていたみたいだね。娘のマイクは私が逐一チェックしている。君との会話も全て、一字一句違わず、脳内にインプット済みだよ」
……一週間分? ……気持ち悪いな、この父親。
よく喧嘩にならないよなあ。
あいつも、反抗期はまだみたいだし、これはこれで相思相愛の親子関係なのかもしれない。
「ただし、娘を『あいつ』と呼んだことには少しむっとしたが」
「でも理事長、あいつを名前で呼んだら怒るじゃないですか」
「当たり前だ! 気安くあの子を
……理事長の一人娘、茜川陽葵。
彼女のために作られた、陽葵代学園。
……愛情が、重たいなあ。
「あの、結局この呼び出しの用件ってのは……」
そろそろホームルームが始まりそうな時間なので、手早く済ましてもらいたい。
呼び出されて慌てて出てきたので、朝飯もまだ食べていないのだ。
「今回の脱出ゲームを、陽葵は随分と楽しみにしていてね、私としてもあの子に気に入られる集大成を見せたいと思っているのだよ。あの子のお気に入りである君も一緒に参加させたのは、その方があの子にとって楽しいだろうと思ってのことだ」
……メンバーの選出は、無作為って話じゃなかったか?
茜川はともかく、俺を作為的にねじ込んだのかよ。
「頼みたいことは一つだけだ。
「今回のゲームをあの子の最高の思い出にしてほしい。悲しませたら殺す」
「…………」
「ペナルティは冗談だ。ただまあ、君の恥ずかしい情報を学園中にばら撒くくらいのことはするかもしれないねえ……」
「っ、承知しましたっ!」
自然と動いた手が綺麗な敬礼をしていた。
「じゃ、任せたよ、林田君」
理事長に背中を押され。
俺は銃撃されたように重たい足を引きずりながら、理事長室を後にした。
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