第322話 『飛翔の指輪』

 丘陵地帯で『飛翔の指輪』を使っての飛行訓練を始めて一時間余、マリエルにからかわれながらも、なんとか飛べるようになった。

 周りを見ると、テリーもレーナに指導を受けながらなんとか飛んでいる。


 その向こうに見えるロビンとボギーさんも似たようなものだ。

 俺たち男性陣は後一・二時間も訓練すれば、当面は合格ラインクリアと考えていいレベルに達しそうだ。


 女性陣はというと。


 白アリと黒アリスちゃん、聖女、メロディの四人は『飛翔の指輪』を開発中に何度も飛行訓練を重ねていたらしい。

 四人とも今更練習するまでもなく自在に飛び回り、操縦不能になったり、地面に向かって加速してきたりするアイリスの娘たちのサポートに回っていた。


 そして、アイリスの娘たちはというと、ワイバーンを乗り始めた頃の再現だ。

 いやまあ、それでも空を飛び慣れている分、あの頃よりはマシか。黄色い悲鳴がときどき交じるが、聞こえてくるのはわめき声がほとんどだった。


「いやーっ! 落ちるーっ!」


「どいてー!」


「ぶつかる、ぶつかるーっ」


「ちょっと、こっちに来ないでよっ!」


「うわっ、何かがかすめていったーっ」


 エリシアが頭一つ抜けている感はあるが、他はドングリの背比べだ。白アリが丸一日欲しいと言ったのも納得できる。

 丸一日あれば、目を離していても大丈夫な程度には上達するだろう。


 そして、予想以上に習得が早かったのがベスだ。


 悲鳴を上げ、顔を引きつらせながら飛行訓練をしているアイリスの娘たちとは対照的に、ハイビータイプの特性を活かして急旋回や速度の緩急を取り入れて、複雑な飛行をしていた。

 ワイバーンに乗せて飛んだ時も大喜びだったが、今も悲鳴を上げるアイリスの娘たちの間を縫うようにして嬉しそうに空を飛び回っている。


「ミチナガ様ーっ、ハイビータイプの『飛翔の指輪』には慣れたので、今度はデスサイズタイプの『飛翔の指輪』を使わせて頂けませんか?」


 満面の笑みで飛来するベスは、生贄の事など綺麗さっぱり忘れているのではないか、と思うくらいはしゃいでいる。

 息を弾ませて、俺からデスサイズタイプの『飛翔の指輪』を受け取るベスに言う。


「大分上達したな。ベスが楽しそうで俺も嬉しいよ」


「ありがとうございます。まさか自由に空を飛べる日が来るなんて思ってもいませんでした」


 表情と口調、息遣いでかなり興奮しているのが分かる。


「デスサイズタイプは魔力消費が激しいから注意しろ。もし魔力譲渡が必要ならすぐにやるが、どうする?」


「大丈夫です。魔力量には自信があります。まだまだ飛べますよ」


 そう言うとデスサイズタイプの利点を活かして急上昇し、あっという間に高度は雲の上へと達した。

 普通、あんな急上昇をしたら気を失う。


 魔術を使える者なら魔法障壁を張り巡らせる事で身体へのダメージを軽減できるが、ベスの場合これに加えて【身体強化 レベル5】の強靭な肉体がある。

 さらに『重力障壁の指輪』をしていたので、複合して発動しているのだろう。


 それでまだ魔力に余裕があるのだから、あきれるくらい優秀な逸材だ。

 急速に小さくなっていくベスの姿を目で追いかけていると、白アリが話しかけてきた。

 

「ミチナガ、そろそろ休んで食事の用意を始めたいから、あの娘たちの飛行訓練をお願いしてもいいかしら」


 白アリの親指が指す先を見ると、アイリスの娘たちの奴隷とテリーの奴隷の四人が、上空を恐ろしげな目で見上げていた。


「気のせいかな? 思い切り腰が引けているように見えるぞ」


「奴隷なんだから『飛べ』と命令すれば、泣きながらでも飛ぶから大丈夫よ」


 なんとも無情な言葉だ。


 そりゃあ、言う事は聞くだろう。

 テリーの奴隷たちは、まあ、テリーがなんとかするだろう。となると後の六人を俺とボギーさん、ロビンで手分けして担当するか。


「分かった、それじゃあ朝食の支度を頼む」


 俺はそう言って、飛行訓練中のボギーさんとロビンに近づくため、上空へと舞い上がった。


 ◇

 ◆

 ◇


 その後、軽い朝食を挟んで昼食までの間、飛行訓練をしたお陰で全員がそれなりに飛べるようにはなった。

 とはいえ、腕前にばらつきはある。


 上達が目覚ましいのがベスだ。朝食時に話したときには既に重力魔法と風魔法を併用して、加速や旋回等の細かな制御を練習し出していた。

 今見る限り、重力魔法と風魔法を自在に併用している。


 ベスの旋回する様子を観察していると、ちょうどメロディが大きな尻尾を器用に使って体重移動し、見事な急旋回をするのが視界に入った。

 便利だな、尻尾。邪魔なだけだと思っていたが、思わぬところで役立っている。


 重力魔法を併用してホバリングをしながら、皆の上達具合を確認していると、ボギーさんが同じように隣でホバリングした状態で話しかけてきた。


「身体強化のスキルを持っているヤツと魔法スキルの高いヤツの上達が早いナ」


 ボギーさんの視線の先にはアイリスの娘たちの奴隷六名が、四苦八苦している姿があった。


「彼女たちは非戦闘要員ですから、飛行して逃げる事が出来ればそれで十分でしょう。それよりもベスの上達の早さは嬉しい誤算です」


「あれならイザってときには、一人で飛んで逃げる事も出来そうじゃネェか」


「まあ、そんな事態にならないように注意は払いますけどね」


 俺が苦笑しながらそう言うと、ボギーさんは『違いネェな』と苦笑して話題を切り替える。


「ところで、生贄の嬢ちゃんに持たせる得物は決まったのか?」


「力があるので重量のある鈍器はどうかと、幾つか見せたんですが、どうやら接近戦用の武器は好みではないようでした」


「飛び道具か。腕力があるからボウガンよりも弓の方が向いているかもな。相当な強弓でも引けるんじゃネェのか」


「本人の希望はボギーさんの持っている魔法銃みたいな、連射性の高い遠距離武器のようです」


「魔法銃ネェ。狐の嬢ちゃんが作った試作品が幾つかあったな?」


 ボギーさんの魔法銃の様に複数の属性を自在に使いこなす事はできないが、単純な魔法の付与や単一属性の魔法なら弾丸として撃ち出す事が出来る。


「ええ、昼食後はベスだけ飛行訓練ではなく魔法銃の試作品を試させてみるつもりです」


「面白そうダナ、俺も見学させてもらっていいか?」


 俺が了承の意志を伝えると、ボギーさんは昼食の準備が整い終わりそうなテーブルへ向かって降下していった。


 ◇

 ◆

 ◇


 昼食時の話題は当然のように、ここまでの飛行訓練の話となる。

 大半の者がハイビータイプとデスサイズタイプ、両方の試験飛行をしているためか、飛行のコツや応用技術の話題に交じって、どちらのタイプが自分に合っているかなどの話題がチラホラと聞こえてきた。


 俺もカレーライスを口に運ぶ手を止めて、先程の飛行訓練中にティナたちと楽しそうに追いかけっこをしていたテリーに聞く。


「ハイビータイプを風魔法で加速させるのと、デスサイズタイプで旋回時に風魔法で微妙な調整するのと、どっちが使いやすかった?」


「俺とアレクシスは魔力消費が大きくても、速度がでるデスサイズタイプを使おうと思っている。旋回能力の低さは風魔法で補えるしな――」


 そこで一旦言葉を切り、ティナとローザリア、ミレイユの三人に視線を走らせる。


「――他の三人は魔力消費を抑える意味でもハイビータイプに慣れてもらうつもりだ」


 テリーの予想通りの回答に了解の意志を示し、質問の相手をライラさんに変える。


「ライラさん、アイリスの娘のメンバーはどうですか? ――――」


 続く、ライラさんからはアイリスの娘と彼女たちの抱える奴隷六人は、ハイビータイプを希望するとの回答があった。

 ただし、エリシアだけは魔力量を補完できる外部の魔力タンクがあるなら、デスサイズタイプが欲しいらしい。


 そして、転移者七人は俺も含めて全員がデスサイズタイプを希望し、メロディはハイビータイプを、ベスはデスサイズタイプを、それぞれ使用する事になった。


「――――皆の話を総合すると、最大の問題は消費魔力の大きさだな」


 ハイビータイプを選択した者の中には、魔力量が少ないため、やむを得ず選んだ者もいた。

 カレーライスを食べ終えたテリーが満足気に『ご馳走様でした』と手を合わせると、続けて口を開く。


「ミチナガがラウラちゃんに贈った魔力を溜めておける腕輪みたいに、外部の魔力タンクが必要そうだな」


 テリーの言葉に即座にロビンが疑問をぶつけると、テリーが切り返す。


「無理にデスサイズタイプを使用しなくても、ハイビータイプでも十分に画期的な速度がでますよ」


「空の散歩じゃないけど、飛行を楽しむなら十分かも知れない。だけど、実用――例えば行商代わりに輸送したり、ペガサスに代わる伝令手段として使ったりとなれば、一般人の魔力じゃ航続距離に不安があるだろ」


 テリーの説明に納得したようにうなずくロビンを余所に白アリが口を開く。


「そうね、『収納の腕輪』あたりと組み合わせて空輸を考えるなら、魔力タンクの需要はあるんじゃないかしら」


 そこに聖女が即座に食い付き、黒アリスちゃんがうっとりした様子で続く。


「空輸なら陸送よりも早いですし、盗賊や魔物と遭遇する確率が格段に下がる分、安全ですね」


「そうなると『飛翔の指輪』『収納の腕輪』と魔力タンクをワンセットで販売すれば、もの凄い利益が期待できますね」


 なるほど、確かに早さと安全の度合いが跳ね上がる。


「今の輸送手段って基本は陸送でしょう? 海運はまあ、あるとして、空輸ってあるのかしら? ――」


 白アリはそうつぶやくと、アイリスの娘たちに向かって尋ねる。


「――ワイバーンやグリフォン、ペガサスを使っての空輸――空を飛んで物資を運ぶというのは普通にあるの?」


 六人そろって無言で首を横に振ると、白アリはそのまま視線をティナへと移した。

 ティナがうかがうようにテリーを見ると、テリーは無言で首肯して彼女をうながす。すると、ティナも了解の意志を示して話し出した。


「ワイバーンやグリフォンは一般の商人では手に入れるのも大変です。あちらこちらに支店を持っている大店ならペガサスを持っているところもありますが、商品を運ぶためではなく利用目的は手紙や報告書のやり取りです」


 ワイバーンは貴重な航空戦力だ。どうしても貴族たちが独占したがる。ワイバーンよりも希少なグリフォンならなおさらだろう。

 白アリはティナの説明に満足気にうなずき、


「お金の匂いがするわ」


 と満面の笑みで口にし、そこにボギーさんが火の付いていない葉巻をくわえたまま、口角を吊り上げて付け加える。


「その三点セット、貴族連中に有事の際の脱出や逃亡用のアイテムとしても高値で売れそうだな」

 

「ミチナガさん、ダンジョンに潜っている間、赤い狐には三点セットを重点的に作成してもらいましょう」


 黒アリスちゃんの真剣な表情に、苦笑しながらも了解した。

 すると、テーブルの端に座ったメロディが、頼りにされているのが嬉しいのか、戦闘に参加しなくて済むのが嬉しいのか分からないが、尻尾を振って嬉しそうにうなずく。


「そうなると、素材で心許ないのはアンデッド・オーガの角ね」


 在庫管理を任せている白アリがすかさず口にすると、


「任せてくださいっ! オーガを仕留めたら片っ端からアンデッド化します」


 闇魔法を得意とする黒アリスちゃんがそう言い、ベスに視線を投げかけたボギーさんが口元を綻ばせて続く。


「闇魔法が使える魔術師が三人もいるんだ、人材は問題ネェな」


 ベスも話の流れから予想していたのか、『やっぱりー』とうなだれて、自身の役割を受け入れていた。


 うなだれるベスを余所に、三点セットを話題に雑談が始まったところで、俺は湧き上がった疑問というか、懸念を皆に投げかける。


「ところで、この三点セットを世の中に広げたら、ワイバーンの価値が下落するんじゃないか? 少なくともペガサスの価値は暴落するよな?」


 航空兵力としての価値のあるワイバーンやグリフォンは大幅に下落する事はないだろう。

 しかし、航空兵力としての価値が低く、軍事でも伝令兵扱い、民間でも手紙や報告書の輸送に活躍しているペガサスは間違いなく暴落だ。


 俺の懸念に黒アリスちゃん、白アリ、テリーと続く。


「それは大問題です」


「売り払いましょう、ワイバーン」


「そうだな。必要なら売った後に敗戦国であるガザンの商人から安く買い取ればいい」


 三人の言葉にアイリスの娘たちまで躊躇なく同意していた。

 言い出したのは俺だが、無情だな。これまでさんざん役立ったワイバーンを割とあっさり手放す事で話が決まった。


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

        あとがき

■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有


下記作品も投稿再開いたしました

こちらも併せてよろしくお願いいたします


『無敵商人の異世界成り上がり物語 ~現代の製品を自在に取り寄せるスキルがあるので異世界では楽勝です~』

https://kakuyomu.jp/works/1177354055170656979

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る