第230話 帰路での厄介ごと(2)

 視覚を飛ばして先頭を走っていた馬車と接触をしたチームの様子を再度確認すると、馬車の行く手を阻むようにして転がされている倒木を挟んで護衛の八名がボギーさんと対峙していた。

 街道横の森には奴隷を従えたアイリスの娘たちが弓矢を構えて牽制の役割を果たしている。待ち伏せていた四名がボコボコにされた状態で足元に転がされていた。


 あの倒木、待ち伏せの四名に奇襲を掛けたときにはまだ森の中にあったよな、確か。街道を封鎖したのはボギーさんたちか。

 聖女とロビンが見当たらないな、伏せているのか? 視覚をさらに上空へと移動させて俯瞰するように視界を広げ、二台目の馬車の後方へ回り込もうというのか森の中を静かに移動する聖女とロビンを視界に捉えることができた。


 俺が先頭付近の状況を確認しているとボギーさんが護衛の一団へ向けて口を開きかけたので急ぎ聴覚も飛ばした。


「――――お前さんたちに用はネェ。用があるのは積み荷だ。乗っている人間も含めてな。馬車の中を確認させてもらう」


 そんな悪役じみたセリフを投げかけられた護衛たちは半数ほどが色めきたち、残る半数は正面のボギーさんとネッツァーさんの二人と森から現れたアイリスの娘と奴隷の十二人の戦力を推し量るように身構えたまま辺りを見回している。

 どうやら半分は考える頭があるが残る半分は単なる戦力のようだ。


「慌てんなよ。ちょいと調べるだけだ。大人しくしてれば命までは取らネェよ」


 不敵な笑みを浮かべたボギーさんが抜き身の剣を構えて警戒する護衛たちだけでなく、馬車の中にいる人たちにまで聞かせるかのような一際大きな声を発する。

 悪役だ、完全に悪役のセリフだ。


 そもそも、馬車側が助けるべき相手かどうかの確認のはずなのだが……妙にノリノリで護衛を追い詰めている。

 逆にアイリスの娘たちや奴隷たちは対応に困っているのか表情が硬い。


「馬車を守れっ! 森側を警戒しろっ!」


 どうやらボギーさんの言葉に従う気はないようだ。隊長と思しき三十代半ばの男の指示で護衛たちは一斉に動き出した。 


 相手が若い女性がそのほとんどとはいえ人数差は歴然としている。正面突破は無理と判断したのか馬車を守ることに専念をするようだ。

 だが遅い。既に聖女とロビンが二台目の馬車に取り付いていた。


 さて、先頭の様子ばかりをうかがってもいられない。

 自分の目の前にある問題も片付けないとな。


 白アリと黒アリスちゃんの背後に立ち盗賊たちの様子を見回す。


 取り敢えず戦えそうな状態の盗賊たちが思い思いの武器を手にしてこちらを牽制している姿が確認できた。怪我をした者は後方に下がって光魔法で治癒を受けている。

 この程度の規模の盗賊団が全員騎乗していてさらに光魔法の使い手までいるのか。本当に盗賊団だとしたら放って置けばこれから勢力を伸ばしそうだ。


 考え無しに仕掛けてこないのはこちらを警戒してか余計な戦闘を避けるつもりなのか。

 いずれにしてもたった四名相手に慎重な対応だな。相手が白アリでなければ褒めてるところだ。


「てめぇら、何者だ?」


 こちらをうかがうように牽制しながら後方の治癒の状況を気にしている慎重な男をよそに、弓を引き絞っている男が真っすぐに俺に狙いを定めた状態で誰何すいかして来る。


 真っ先に狙いを定める相手が何で俺なんだ? 必要以上に追い立てていたのは白アリと黒アリスちゃんなんだけどな。

 まあ、殺すなら『美少女よりも男』ってのは分からなくもないが、面白くない。


 弓でこちらに狙いを定めている男の言葉をきっかけに辛抱の足りない連中が次々と言葉を発する。


「向こうに雇われた助っ人か?」


「盗賊討伐のつもりなら見当違いだ、邪魔すんじゃねぇ」


「詳しくは言えねぇが後悔したくなかったら手を引きな」


「今なら見逃してやる」


 この場のリーダーっぽい男の慎重な対応が台無しだ。

 それよりも、言葉の端々に気になるものがある。このまま勝手にしゃべらせておいてもそれなりに情報を提供してくれそうな気もするが、そこまでのんびりするつもりもない。


「武器を捨てて投降するなら話を聞いてあげるわ」


 白アリが盗賊たちのセリフを鼻で笑い、小ばかにした態度と口調で相手を挑発する。新しい武器を試すつもりでいたのだろう、それが叶いそうもないとあってか非常に不機嫌だ。


「話を聞く相手はひとりかふたりいれば十分なんですよ。抵抗したりうそをついたりするようなら容赦しません」


 黒アリスちゃんが盗賊たちに向けて冷たい視線を投げかけたまま何やら物騒なことを投げかける。手には新調したブラックアーマードと刃の部分には謎の亀の甲羅を散りばめた、自身の身長よりも大きな漆黒の大鎌が握られていた。

 新しい武器のはずなのになぜかまた大鎌だ。一時期『狭い迷宮内でも使える武器が欲しい』と言って鎖鎌とかも試していたが結局大鎌に戻って来たようである。そもそも鎖鎌って狭いところで使う武器だったのだろうか?


「ふーん、盗賊が光魔法ね。随分と贅沢な盗賊じゃないの」


 白アリが光魔法を使っている魔術師に視線を向けてやはり小ばかにしたようにつぶやく。その手にはいつの間にか新調したばかりの武器が握られていた。


 あれか、鍛冶師さんや魔道具職人さんたちが泣いていた原因は。

 白アリの左手にはブラックアーマードを主体にやはり謎の亀の甲羅を散りばめたナックルダスターが黒く輝いてた。メロディの変動誘発で偶然出来た逸品である。


「そこっ! おかしな動きをしないっ!」


 後方で治癒を待つ男が弓に手を伸ばしたのを見て取った白アリが、ナックルダスターを装備した左手を真っすぐに男の方へと向けると白アリの左手が白く輝きナックルダスターが魔力により弓の形を成していく。

 ナックルダスターを中心に魔力による弓が完成すると矢じりがオリハルコンでできた矢をつがえる。


 あの矢じり、オリハルコンのやつだけじゃなく、アーマードスネークを素材にしたものもあると言っていたな。

 矢じりの部分だけとはいえ、消耗品の素材にオリハルコンやアーマードスネークを躊躇なく使う姿に鍛冶師さんや魔道具職人さんたちが泣いていたのもうなずける。オリハルコンはともかくアーマードスネークの素材は俺たちにとって利用価値が高い。あまり無駄にはしないよう後でクギを刺しておこう。


 白アリの鋭い言葉もあったのかもしれないが、盗賊たち全員の視線が白アリの魔法弓に注がれていた。


「まっ待ってくれっ! 抵抗はしない。話し合おう」


 リーダーらしき男が武器を手放し両手を上げると周囲の男たちにも武器を捨て抵抗をしないように指示を出した。


 白アリの魔法弓を見た途端に態度を急変させた?

 余程凄い魔法の武器と思ったようだ。


 俺たちはメロディとワイバーンを残して盗賊たちと一緒に前方にいるテリーたちと合流するために歩き出した。

 もちろん、わずかな距離とはいえ尋問は忘れない。


「――――だから俺たちは盗賊じゃないんだ。傭兵ギルドに所属している。今は詳しくは言えないが雇われてやむなく盗賊の振りをしているんだ」


 盗賊団のリーダーと思しき男が代表をして自分たちがまるで善人であるかのように訴えている。

 先ほどから力説しているが『盗賊の振りをしている』ってだけで十分に怪しいし、後ろめたそうなことをしているように思えるんだが。


「それを信じろって言うの? あんたたちみたいに怪しい連中の言うことを信じるようなお嬢さまじゃないのよ」


「白姉、そこは『バカじゃないのよ』って言わないと」


 黒アリスちゃんが、若干遅れ気味の盗賊の頭を大鎌の刃先でツンツンと突きながら逸れた話をさらに逸らしていく。


 よそ見をしているのに手元に狂いがないってのも凄いな。改めて黒アリスちゃんの身体能力の高さがうかがい知れる。


「どうせ、お嬢さまなんてバカばっかりなんだから構わないでしょう」


 白アリが偏見の塊のような発言をしながら前方でくつろいでいるテリーに向けて軽く手を振る。


 何だか話がどんどんと逸れて行っている。盗賊ではないと言い張る一団も困惑の色を浮かべていた。


「取り敢えず、追っていたお前たちと逃げていた馬車側の人たちが全員揃ったところでそれぞれ質問に答えてもらおうか」


 俺はテリーに前方に移動――ボギーさんたちと合流をするように伝えるよう、マリエルに伝言を頼むと盗賊たちに向けて改めてクギを刺す。


「あ、それと先に言っておくが戦闘するつもりなら不意打ちだろうが何だろうが遠慮なく仕掛けて来い。その代わりひとりも生きて帰ることが出来ないと思えよ」


「こっちは武装解除してるんだ、いまさら抵抗なんてしねぇよ」


 精一杯の強がりなのかリーダーと思しき男はそう言うと軽く睨んでくる。


「そうか、それは済まなかったな。その調子で大人しくしていてくれると助かるよ」


 多少睨まれたところで、素直に武装解除した相手なのでつい優しくと言うか、寛容になってしまう。


 もちろん、そうでない人もいる。白アリである。


「反抗的な目ね、その目や手足がなくても話は聞けるのよ」


 口調は優しく綻ぶような笑顔だが、言っていることは優しさの欠片もない。


「何を言っているんだっ! こっちは一刻を争うんだ。こうしている間にも――」


「馬車の連中もお前たちの仲間も全て拘束済みだ」


 横合いから口を出してきた別の男の言葉に被せるように言葉を重ね、さらに続ける。


「今のところ抵抗して死亡した者はいないが負傷者はいるようだな」


 俺の言葉に盗賊たちがキョトンとした表情を見せる。


 どうやらこちらが何を言っているのか理解できていないようだ。

 まあ良い、合流したら双方を並べて話を聞くか。

 しかし、どう考えても厄介ごとの予感しかしないのは俺の被害妄想だろうか。

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