第225話 王都襲撃
王都襲撃チームは俺たちチェックメイトとアイリスの娘、そして双方が所有する奴隷たちで構成した。これになぜかネッツァーさんも同行をすることになった。
本人の強い希望ではなくリューブラント侯爵の強い希望からである。
空間転移による強行軍の記憶が蘇ったのか、今回はワイバーンでの飛行が移動の中心手段となることに一抹の不安を覚えたのかは分からないが、ネッツァーさんが泣きそうな顔で同行を申し出てきた。
出発時にはさすがに泣きそうな顔は消えていたが暗く淀んだ目は健在であった。
どうでも良いが、『暗く淀んだ目』のことを健在と称するのは若干の違和感を覚えるな。
俺たちが不在の間のラウラ姫の護衛はカラフルを筆頭とするテイムをした魔物たちと使役獣たちである。
もちろん、セルマさんとローゼを筆頭にラウラ姫専用の護衛中隊が付く。
このラウラ姫専用の護衛中隊は――正式名称を『ラウラ姫親衛隊』というのだが、つい三日ほど前に組織されたばかりの新しい部隊だ。
リューブラント領を出発した初日の夜に募集をしたところ百倍以上の倍率となった。応募資格を準騎士爵以上としたのだが、応募資格のある若い連中は漏れなく応募をしていたようである。
因みにこの中隊の名称『ラウラ姫親衛隊』は護衛中隊として採用された者たちの間で、結成されたその日の夜遅くまで話し合われて決まったらしい。
募集要項通りの『護衛中隊』ではなぜダメだったのか?
なぜ『姫』がつくのか?
なぜ隊の規模をあらわす『中隊』ではないのか?
などといろいろと疑問は湧き上がるが、リューブラント侯爵もセルマさんも微妙な表情こそしたが特に言及をしなかったので俺たちもそれに倣うことにした。
疑問と不安が残る『ラウラ姫親衛隊』ではあるが『今できる最善の手立ては放置である』との結論に達した俺たちは粛々と王都襲撃作戦の準備を進めることにした。
さて、王都襲撃作戦の段取りである。
王都襲撃と言っても派手に攻撃をするわけではないし、ターゲットも王都だけではない。今回、王家に与して出兵した反リューブラント侯爵側の領主と王都に巣くう裕福な連中もターゲットにした。
『王都襲撃作戦』の目的は今回の『情報収集及び情報操作作戦』で使った資金の回収と、反リューブラント勢力の資金力に打撃を与えると共に嫌がらせをすることにある。
毎度のことではあるがこの手の作戦はアイリスの娘や奴隷たち――異世界側の者よりも現代日本人である転移者側の方がやる気をみせている。
特に怪盗小説とかコンゲーム小説が大好きな白アリや黒アリスちゃん、テリーなどはそれが顕著だ。
◇
国境付近の接収部隊として、屋敷のストックを欲しがっている白アリと黒アリスちゃんを中心にテリーとロビン、アイリスの娘たちを別働隊とした。
これにはテリーとアイリスの所有する奴隷たちも一緒である。
俺とボギーさん、聖女、メロディで王都――王城と城下にある貴族の屋敷を襲う。加えて、今回は終戦後に俺たちやジェロームたちの邪魔になりそうな商人の屋敷と倉庫も襲う。
因みにネッツァーさんは俺たちと一緒に行動をすることになった。
今回も移動手段にワイバーンを利用する。ワイバーンでターゲットの近くまで移動し、人目の付く辺りから空間転移による移動に切り替える。
王城の宝物庫と国庫は隠密行動による接収とした。だが、屋敷ごと奪う場合は相手に気付かれないようにするのは無理と判断し、戦闘の判断は現場に任せることにした。主に白アリの判断に頼ることになる。
「じゃあ、俺たちは王都を襲撃するんで、敵側に与した貴族たちのことは頼んだぞ」
「任せてよっ! 時間いっぱい飛び回ってくるわ」
俺の言葉に白アリがワイバーンの背にまたがった状態で小さく拳を握り締めて小気味良い返事をする。その横でテリーが長い金髪をかき上げながら口元を綻ばせ、テリーの言葉に黒アリスちゃんが続く。
「ベール城塞都市から敗走して帰還したときに自分の屋敷や財産がなくなっていたときの顔が見られないのが残念だな」
「そこは想像で我慢しましょう」
「そうですよ、何でしたら終戦後にみんなで各地を見物、じゃないや、視察して回りますか?」
最後の聖女の言葉にテリーの表情が『名案』とばかりに明るくなったのは見なかったことにしよう。
聖女を俺とボギーさんのチームに編成した自分の英断を自画自賛しながらアイリスのリーダーであるライラさんに目配せをすると、力強いうなずきが返って来た。
やはり、歯止めとなりそうな人員はアイリスのリーダーであるライラさんだけだな。
ロビンは絶対にこの三人に流されるから当てにはできない。
ライラさんには万が一のことを予想して俺とボギーさんの連名で『やり過ぎ』を注意する手紙と、『早期撤退』の指示を記載した手紙を渡してある。
若干の不安はあるが、ライラさんの判断と白アリたちを信じて国境付近攻略メンバーを見送った。
それにしても皆、操竜術が上手くなった。
俺の視線の先には初めて出会った頃に山の尾根スレスレを飛んでいた竜騎兵隊のように、見事な操竜術で整然と隊列を組んで飛行する白アリたちとアイリスの娘たちがいた。
ほとんどのメンバーの操竜術のレベルは1か2だが、チェックメイトのメンバーもアイリスの娘たちも全員が操竜術を会得していた。
アイリスのメンバーだけでなく奴隷たちの中にも、操竜術に限らず俺たちと一緒にスキル修得のための講習会や自主練習を続けていたので、剣術や槍術、弓術などはもちろんのこと魔道具作成や付与、モンスターテイムなどのような比較的希少なスキルまで修得している者までいる。それこそ下手な騎士たちよりも優秀だ。少なくともスキルは十分に引く手あまたなものを所有していた。
◇
◆
◇
ワイバーンを王都から離れた山岳地帯に待機させて、俺たち自身は空間転移で王都を見下ろす尾根へと来ていた。
尾根から一望する王都はひと言で言い表せば曲線で作られていた。防壁も中の建造物もである。特に王城は戦時となれば要所の門を閉じることで攻め手は渦巻状の狭い通路を進まなければならない。
「さすがに戦争を繰り返している国の王都だけのことはなるな。ありゃあ、堅牢だ」
夏の陽射しを手で遮りながらボギーさんが向けた視線の先には、三十度ほどの鋭角な角度の付いたそれこそ砲撃にも耐えられそうな構造と厚みのある、石造りの防壁が王都を囲むように楕円状に巡らされていた。
建築文化の違いがあるとはいえ、こちらの異世界に来て初めて見る構造の防壁だ。素人目の判断だが、周囲の国の建築技術とは歴然とした差があるように感じる。
いや、建築技術というよりも強度や構造に関する知識の差を感じる。
あの防壁を破り市街戦を経て王城にたどり着いたとしてもあの王城は大軍を有効活用できない構造に見える。
軍をこの都市に駐留させたとしてもゲリラ戦を展開されて短期間で激しい消耗を強いられるのは間違いなさそうだ。少なくとも長期戦で攻略はしたくない都市と城だ。
趣味の範囲の知識ではあるが現代日本で得たものと照らし合わせても、この異世界にあってこの都市と王城は異質すぎる。
積み重ねのない、一足飛びで手に入れた知識と技術とで作られたとしか思えない。
考え込む俺の横で聖女とボギーさんが街中の様子について会話をしている。
「建物も四角じゃなくて円形って言うんですか? 円柱みたいな建物がほとんどですよ。道路も微妙にカーブしていて迷いそうな街並みですね」
「ああ、市街戦は他の都市以上に地理に明るい防衛側が有利だな。あのカーブした道路も設計の段階から念入りに計算されているぞ」
「街並みも古い歴史を感じるほどではないですね」
「ああ、精々が二百数十年とか三百年前ってとこか……」
防壁だけじゃない、街中の建物や道路も周辺の他の国とは違いすぎる。ボギーさんの言う通りに設計の段階から計算されているとしか思えない。
そして周辺の国と比べてそれほど歴史を感じない建造物の数々……
失敗した。
ガザンの歴史を調べてくるんだった。
ボギーさんと聖女に視線を向けると向こうも同じようにもの言いたげに無言で視線を向けていた。
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