第34話 赤いキツネ
朝食後、マリエルとメロディを伴って、ドーンさんに挨拶をすませ、ギルドへと向かう。
ギルドへ到着すると、既に白アリと黒アリスちゃんがきていた。
早いな、予想外だ。絶対遅刻してくると思っていた。
◇
メロディ――昨夜購入した、赤毛の狐人を紹介した途端、場の空気が凍りついた。
変わらないのはマリエルだけである。マイペースで果物を食べ、お茶を飲んでいる。
白アリが睨みつけ、黒アリスちゃんがそれに倣(なら)う。
メロディはと言うと、白アリと黒アリスちゃんに睨みつけられ、その真っ赤な太い尻尾を股の間に挟んでうなだれている。
この空気に耐えられないのだろう、視線は定まらず、オドオドしている。いつ泣き出しえてもおかしくない。
まいった。まさか白アリと黒アリスちゃんがこんなに早く来ているとは思わなかった。
予想外だ。絶対遅刻すると思っていたのにな。
「で、その赤いキツネが、昨夜買った女奴隷ってことね」
ゴミムシを見るような目で、俺のことを見ながら冷たく言う。
黒アリスちゃんに至っては、目を合わせようとすらしない。赤いキツネ、違った、メロディを睨むことすらしていない。あさっての方向を見ている。
予想通りだ、予想通りすぎる展開だ。
だが、それが良い。展開が予想通りなら、対処も用意したもので行けるはずだ、多分。
想定外なのはテリーがまだ来ていないことだ。援軍がいない。孤立無援状態だ。
しかし、ここで怖気づいてはいけない。臨機応変の対応をしよう。援軍として登場しない以上、スケープゴートになってもらうしかないな。
「待ってくれ、君たちが想像しているような目的で購入した訳じゃない。昨夜だって何もなかったんだ。本当だ、信じてくれ」
自分で言っていてもの凄く言い訳がましく聞こえる。
しかし、事実は事実だ。やむを得ない事情があったとは言え事実なので、臆することなく主張しよう。
「何言ってんの? 買った目的は戦力増強でしょう? それとも他に何かあるの? 言ってごらんなさいよ」
変わることのない目で、変わることなく冷たい調子で言う。
感情がこもっていない。感情を伴わない言葉と言うのがこれほどまで堪えるとは思わなかった。
愛情の対義語が無関心とかどこかで聞いたが、まさにその通りだな。実感できるよ。
「その赤いキツネが、戦力増強になるとは、とても思えませんけど。私には、フジワラさんが言っていることが理解できませんっ!」
黒アリスちゃんがかなりトゲのあるキツイ口調で言い放つ。
黒アリスちゃんまで、メロディのことを、赤いキツネ呼ばわりである。いや、確かに赤いキツネで間違ってはいないのだが。
だが、若いな。白アリほどに、感情を表に出さないようにはできないようだ。
やはり、攻略の突破口は黒アリスちゃんだな。
「この娘、メロディのことを、鑑定してみてくれ」
黒アリスちゃんのことを真摯な表情に見えるように注意しながら真直ぐに見詰める。表情が変わったのを確認してから、白アリへと視線を移し、念を押す。
「頼む、俺を信じて、もう一度、鑑定してみてくれ」
「そんなの最初に見たわよ。戦力にならないじゃないの」
白アリがにべもなく、即答する。
「魔力を通常の三倍程度多めに消費してやって見てくれ。変動誘発と無断借用を詳しくな」
白アリと黒アリスちゃんにささやくように伝える。
二人もと胡散臭そうに俺のことを見やりながらも、メロディのことを鑑定しなおす。
二人の表情がみるみる驚きに満ちて来るのが手に取るように分かる。
よしっ! 行けるっ!
「何よこれ、凄いじゃないの」
「鑑定って、魔力を多くつぎ込むとこんなこともできちゃうんですね」
白アリの方は思惑通りの反応だ。
黒アリスちゃんの方は、感心したり、驚いたりして欲しいところが若干違うが、まぁ良い。
ここはチャンスだ。畳み込もう。
「これで納得してくれただろう。メロディは俺たちにとって確実に戦力になる」
俺は自信に満ちた表情を作って言い切る。
白アリも黒アリスちゃんも考え込み、押し黙っている。
怖いな、何か反応してくれよ。
「これは提案なんだが、大量にあるハイビーの魔石を利用して、アイテムバッグやアイテムポーチを作成し、その場で売ろうと思うんだ。どうだろう」
二人の沈黙に耐えきれず、腹案の一つ目を説明し、二つ目へと移る。
「それだけじゃない。やはりハイビーの魔石を利用して馬車に重量軽減を付与する。思惑通りなら積載量が増えるし、振動が減って乗り心地が良くなる」
アイテムバッグやアイテムポーチは、大量輸送を可能にする戦略上の重要アイテムだ。有事の際なら間違いなく高額で売れる。
重量軽減にしてもそうだ。
加えて、自分たちの移動が快適になる。
高額の収益と自分たちの生活環境の改善。この二人の性格からして必ず心を動かされるはずだ。
俺の提案に二人が顔を見合わせる。
祈るような気持ちで二人を見詰める。もちろん、表情には出ないように注意をする。
「それだけじゃない。本来の目的である戦闘でも間違いなく戦力になる」
ダメ押しをするように静かに伝える。
◇
白アリと黒アリスちゃんが納得してくれたところで、ようやくロビンとテリーが連れ立って到着した。
テリーが昨日購入した女奴隷を馬車に残して、ロビンと共にギルドに入ってきたので、先にロビンを皆に紹介をする。
マリエルはレーナが外の馬車にいると聞いて遊びに行ってしまった。
話を聞かれないようにするため、メロディには馬車で待つように指示をして外させた。
一通りの自己紹介が終わったところで、ロビンが三人を気にしながらも俺に聞いてくる。
「スキルのことは?」
「いや、何も言っていない」
「そうですか。ありがとうございます」
俺にお礼を言ってから、三人に向き直り、日本語でカミングアウトした。
「私は、他者からスキルを強奪できるスキルを持っています」
さすがにこれには驚いたのだろう、三人が言葉を失い固まる。
最初に口を開いたのは黒アリスちゃんだった。
「それ、私も選ぼうとしたけど、すぐにグレーアウトして選べなかったやつです。三種類ありましたよね?」
「私がその強奪スキルに気が付いたときは、もうグレーアウトしてたわ」
「俺も白ちゃんと同じだ。気付いたときはもう遅かったよ」
黒アリスちゃんに続き、白アリとテリーが、自分たちも取得しようとしてダメだったことを明かす。
全員が選ぼうとしたのかよ。
まぁ、そうだよな。全員、ゲーマーでオタクっぽいもんな。
強奪スキルの有用性と危険性を理解してるよな。
「ロビン、今回の戦争で敵側に転移者がいる可能性が高い。まず間違いないと思っている。そいつらのスキルを、片っ端から奪えないか?」
三人の反応が止まったところでスキルの特性を聞きだせるか試みる。
鑑定できなくても、スキルは奪える。俺の知る以上に効率の良い方法を知っているのか?
ロビンの持つ強奪系スキルはタイプAと予想しているが正しいか?
「ミチナガ、強奪スキルはそう言う性質のものじゃありませんよ。制限がかなり厳しいんです」
俺の質問に、三人を見やりながらさらに言葉を続けた。
「自分が持っているスキルは奪うことができません。例えば、レベル1の火魔法を持っていたら、レベルが異なっても火魔法を奪えないんです。それに相手からスキルを奪うときに、自分が持っているスキルを生贄(いけにえ)にします。つまり、相手からスキルを奪う前に自分の持っているスキルを、幾つか生贄にして消費することで、相手からスキルを奪えるんです」
「今の説明だと、火魔法レベル1を生贄にすれば火魔法レベル2を奪えるって事かしら?」
警戒している様子などないかのような表情で白アリがたずねた。
良い質問だ。鋭いぞ、白アリ。
「ええ、その通りです。そして強奪に失敗すると、生贄にしたスキルは戻ってきません。消失します」
ロビンが白アリの質問に答え、さらに補足の説明をした。
決まりだな。ロビンの所持する強奪系スキルはタイプBだ。
タイプAと予想していたが、見事に外れた。
そして、鑑定できなくとも奪えることを理解している。もしかしたら、既に実践済みかもしれない。
「相手から奪うスキルは選べるんですか?」
「選べますよ。鑑定でどんなスキルを持っているのか確認した上でスキルを使います」
ロビンが、黒アリスちゃんの疑問に答えると、テリーがさらに疑問を投げかけた。
「じゃあ、さっきミチナガが言ったような、今回の敵、転移者からスキルを奪うのはできないってことか」
「どうでしょうね。実際に試してないので分かりませんが、例えば、火魔法を使うのが分かればレベルは1から順に5まで連続して強奪スキルを発動させれば奪えると思います。それと山勘でも当たれば奪えるんじゃないでしょうか」
ロビンも考え込むようにしながら、テリーの疑問にかなり詳細に答える。
転移者からの強奪は実践していないと見ても良さそうかな?
ロビンが詳細に説明していることもあってか、この辺りになると、少なくとも表面上は三人とも警戒の色が消えている。
「ところで、ロビンは今回もパーティーの人たちと一緒に行動するのか?」
俺のロビンへの質問に白アリ、黒アリスちゃん、テリーが反応する。
相手が転移者である可能性が高い以上、こちらの戦力に加えたいと言うのは俺を含めた全員の本音だろう。
基本はお世話になっているパーティーと行動をするが、状況に応じて、こちらへ参加することも了解を得たそうだ。
まぁ、あちらのパーティーにしても、戦力となるロビンをそう簡単に手放したくないのは本音だろう。そして、機嫌をそこねて俺達の方へ移られても困る、と言ったところか。
◇
俺たちはロビンと別れる前に、テリーの購入した女奴隷とフェアリーの紹介をしてもらってから、馬車で集合場所へと移動することにした。
集合場所へと向かう馬車は、テリーと女奴隷二人、そしてレーナ。もう一方の馬車に、俺とマリエル、メロディ、そして白アリと黒アリスちゃんと言う組み合わせで別れた。
テリーが女奴隷の二人を紹介したときの反応は俺のときの比じゃなかった。
冷たかった、もの凄く冷たかった。
良かった、スキルを基準にして選んで。もっとも、あの奴隷商の中でも上級の美女・美少女の中からの選択だったけどな。
そして、偶然とは言え、しばらくの間は、やんわりと扱うことになって良かった。
なにより、テリーがいて良かった。相対的なものかもしれないが、黒アリスちゃんの態度が軟化してくれたよ。
自分の幸運をかみしめながら、既に集合場所に集まっている騎士団、衛兵、探索者の集団に視線を向けた。
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