第32話 特殊スキル

 担当者に先導され店の奥へと進む。通路も照明が抑えられており全体的に薄暗い。

 しかし、掃除が行き届き清潔にされているのが分かる。


「こちらでお待ちください」


 いくつかの同じような扉が並んだ中、一つの扉を開け部屋へ入るよう、うながされた。


 八畳ほどの広さだろうか、部屋の奥に応接セットのようなものが置かれ、扉側――部屋の手前側が大きく空いている。


「そちらにお掛けください。今、ご要望の奴隷を連れて参ります。順次、数名ずつ連れて参りますので、気に入ったものがおりましたら、部屋に残るようにお申し付けください」


 そう言うと、一礼をして部屋を退室して行った。


 ◇


 俺たちが椅子に座ると、程なくして扉がノックされた。

 一瞬、顔を見合わせる。


「どうぞ」


 戸惑っていても仕方がない。扉の向こうへ向けてすぐさま了解の返事をする。


 鳥かごのようなものを抱えた、七名の少女たちが入室して来た。

 皆、美少女だ。見た目は申し分ない。

 鳥かごにはフェアリーが一匹ずつ入っている。少女たちも、フェアリーたちも、首に黒い首輪をしている。


 あれが隷属の首輪か。闇魔法を付与した首輪に、さらに闇魔法と空間魔法を用いて装着させると言っていたな。


 少女たちは扉側へ横一列に並ぶと、こちらを向き、鳥かごを床に置いた。

 貫頭衣のような、この世界の下着一枚で美少女が並ぶ光景は壮観だ。


 想像していたような不衛生さはなく、少女たちは髪の毛もとかされ、清潔で小綺麗にされている。

 それはフェアリーたちも同様だった。

 まぁ、高額商品なんだから当たり前なのかもしれない。


 最後に先ほどの担当者が入室し、扉を閉めた。


「向かって右側から、エルフ、狼人、虎人、ドワーフ、小人族、人族、狐人となります。そして手前に置かれたのがフェアリーです」


 七人で七種族か。こちらのことを、いろいろと気遣ってくれているようだ。


「巨人族はいないんですか?」


 ユーリアさんを思い浮かべながら聞いてみた。


「巨人族ですか? 申し訳ございません、そのような種族は聞いたことがございません」


 一瞬、キョトンとしたがすぐに笑顔に戻る。


 あれ? もしかしてユーリアさんって普通に人族なのか?


「あ、気にしないでください」


 そう言いながら、並んだ少女たちを端から順に鑑定して行く。


 俺たちが鑑定をする横で、担当者が一人ひとりのセールスポイントを教えてくれる。


 皆、美少女なのだがスキルに見るものがない。スキルのレベルは最も高いものでレベル3だ。それもレベル3を持つのは二人しかいない。

 しかも、魔法が使えない者までいる。正直、これならマリエルの方が十倍役に立つ。


 まぁ、世間一般で言えば十分に高いのだろうな。

 魔法はレベル1あれば魔術師と呼ばれる。レベル2ならその属性は得意分野であり、手練れと呼ばれる。レベル3なら達人で特筆事項だ。

 剣術などに至っては、スキルなど無くても皆が普通に使っている。レベル1あれば得意分野、レベル2で優秀と言われる。レベル3なら手練れと呼ばれ、レベル4で達人だ。

 

 テリーを見ると真剣な表情でフェアリーを鑑定している。つられて、興味本位で俺もフェアリーの鑑定をはじめた。

 あれ? 何だ、これ?

 魔法がショボ過ぎだろう。


 七匹中、二匹が魔法を三つ持っているが、あとは二つずつしか持っていない。

 夜目と呼ばれているスキル、暗視スキルや遠くを見通せる遠見スキルを持つものはいない。


 これは、マリエルが飛び抜けて優秀なのか? 恐らくそうなのだろう、ベックさんたちの反応を思い出す。

 期待の新人と呼ばれたのは、ジョークじゃなかったようだ。

 

「フェアリーですが、夜目と遠くを見ることができて、魔法をもっとたくさん使えるのはないのかな?」


 担当者がフェアリーまで含めて説明が終わると、マリエルをチラリと見ながら、テリーが切り出した。


「このフェアリー、相棒のだが、夜目が利き遠くを見ることができる。さらに七属性の魔法を使える。ここまでは望まないが、もう少し優秀なのを頼む」


 テリーの言葉に部屋の空気が変わる。問いかけられた担当者はもとより、奴隷たちまで驚きの表情をあらわにする。


 それを見て、テリーの表情も強張る。多分、俺の表情も強張っているはずだ。変わらないのは、マリエルとフェアリーたちくらいなものだな。


 地雷を踏んだ?

 お前の店の商品では、能力不足で話にならない、と受け取られたか?

 奴隷たちにしても、フェアリーと比べられてダメ出しされたんだ、そりゃあ顔色も変わるだろう。


 担当者が口をパクパクさせて、必死にしゃべる努力をしている。

 立ち直ったらそのまま追い出されそうだな。奴隷は諦めるか。

 

「失礼ですが――」


 担当者の表情から驚きは消えていないが、それでも丁寧な口調で切り出した。


「――恐らく、いえ、間違いなく、お客様がお連れになっているフェアリーはハイ・フェアリーです」


「特徴は複数の希少属性魔法を使えることと、魔力が多いことです。ただし、普通は人になつきません。例外が魔力の多い方です。恐らく、お客様も魔力が多いため、なつかれたのでしょう。ちなみに、ハイ・フェアリーはフェアリーの呪いがあるので隷属の首輪で従えることができません」


 フェアリーの呪い? 何それ? 初めて聞くんだけど。


「あのう、呪いって何でしょうか?」


 割ってはいるようで申し訳ないが、恐る恐る聞いてみる。


「伝説なので明確なことは分かりません。ハイ・フェアリーを害したものはそれに倍するほど酷い目に遭うそうです。ですので、奴隷にすることはしておりません」


 マリエルのことをチラチラと見ながら説明をしてくれる。


 おいっ! 怖いぞ、それ。

 思わずマリエルを盗み見る。


「もっとも、ハイ・フェアリーなど私も見るのは初めてです。そもそも、何十万匹に一匹の割合で発生する変異種なので一生見ることが出来ない人の方が多いのです」

 

 お前、実は凄いやつだったんだな。

 頭上へと移動して来たマリエルを仰ぎみる。


「今、見せてもらえるフェアリーを全て見せてくれ」


 テリーも驚いたようにマリエルを見た後で、担当者に向き直り要望を伝える。


「かしこまりました。少々お時間がかかりますが、よろしいでしょうか?」


「ちょっと待ってください。フェアリーもですが、奴隷も俺たちが直接見に行っても構いませんか?」


 テリーの反応を確認する。


 うなずいている。

 まとめて鑑定した方が早いし、こんなまどろっこしいことをしてられない。


「それと、買い物をお願いできる方はいませんか? 明日からの食料と馬車の購入をお願いしたいのです」


 さらに付け加えた。


「かしこまりました。誰か都合をつけましょう。直接、奴隷の部屋へ行くのも、お客様さえよろしければ私どもに否はございません」

 担当者はそう言うと、すぐに外に控えた女性に指示を出していた。


 ◇


 奴隷たちの部屋へ向かいながら、都合してもらった男たちに買い物を依頼する。

 購入資金の他に報酬として一人銀貨一枚ずつを渡し、要望通りに完遂できたら追加報酬として、さらに銀貨二枚ずつを支払うことを告げた。


 相場よりも報酬が多かったようで、しきりにお礼を述べた後、もの凄い勢いで出て行った。


 奴隷たちの部屋の手前にフェアリーの部屋があり、先にそちらへ案内される。


 フェアリーは五十匹ほどおり、全て同じ部屋にまとめられていた。フェアリーは種族の特性なのだろう、全てが風魔法を使える。これに加えて、一つか二つの属性魔法のスキルを所持している。

 

 上手いものだな。テリーのやりようを見ながら感心する。

 鑑定がバレないよう、巧みにフェアリーを選択しながら絞り込んで行く。


 上客と判断されたのか、単にフェアリーの選択に時間がかかると判断されたのか分からないが、担当者が一名追加された。

 フェアリーを選んでいるテリーをその場に残し、俺とマリエルは女奴隷の部屋へと向かった。


 ◇


 二十畳ほどの広さの部屋に十名ほどの奴隷が詰め込まれていた。

 皆、美女、美少女ばかりである。

 なるほど、女奴隷は容姿優先と言うことか。全員、見た目は良いが所有するスキルはレベルも数もバラ付きがある。


 せっかく鑑定が出来るんだ、この世界の住人が知ることのできないスキルを見出したいな。


 ん? 初めて見るスキルだ。しかもこれは……奪うことのできないタイプのスキルだ。

 スキルには奪えるものと奪うことのできないものとがある。鑑定と強奪系スキルの双方を持っている俺だからこそ分かるようだ。

 奪うことのできないスキルは極わずかしかない。種族特有のもの、フェアリーの風魔法でさえ奪うことができる。


 これまでに確認できた奪うことのできないスキルはマリエルの持っている三つのスキルとトールさんのフェアリーが持っていた夜目――暗視スキルだけだ。恐らく、これらは特殊スキルなのだろう。


 その特殊スキルに相当するものを持っている奴隷が一人いた。技能成長促進、それが特殊スキルの名称だ。恐らく魔法を含めたあらゆる技能のレベル上昇に補正がかかる。

 魔法もレベルこそ低いものの、基本四属性を全てもっている。鍛えれば短期間で戦力になるだろう。

 少し暗い表情をしてはいるが容姿も申し分がない。


「そこの黒髪のエルフを、こちらへお願いします」


 十三・四歳に見える平べったい体形の少女を指し示す。一先ず、候補としておこう。


 担当者は無言でうなずくと、俺の選んだエルフを手招きで呼び寄せた。

 

 あれ? この娘、メチャクチャ俺のこと睨んでないか?

 俺とマリエルを交互にもの凄い目で見ている。

 暗い表情をしている美少女が睨むと、少し怖いな。


 この部屋には見るべき奴隷はもういないな。担当者に次の部屋への案内を頼む。

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