コラボ当日、かに座とこいぬ座

「コラボ配信の時のムーブね~? 別に意識せず、普通にやればいいと思うよ~!」


「はぁ、そうでしょうか……?」


 コラボ配信当日、紫音は二期生の先輩である沙織に自身の立ち回りについて相談していた。

 明るい口調で彼女の質問に答えた沙織は、その理由をこう説明していく。


「紫音ちゃんは素が面白い系の子だし、無理に何かしようと思わなくてもいいんじゃないかな~? 普段通りに動いてたら、面白いことが勝手に起きてそうなイメージがあるさ~!」


「う~む、普段から狂人ムーブしてると言われてるような気がしなくもないですが、否定できないのが悲しいところです。ぐすん」


「狩栖さんも伊織ちゃんもフォローに回るタイプの性格してるからね~! 上手いこと料理してくれると思うよ~! リラックスして、三人での初配信を楽しむのが一番さ~!」


「……そうですね。楽しく配信するのが一番です。折角の初コラボなんですから、楽しまなきゃ損ですもんね」


 とても軽く、そして能天気なアドバイスではあるが、地味に重要なことを改めて教えてもらった紫音が小さく頷く。

 カチコチに固くなっていては楽しむことはできない。タレントが楽しめていない配信をリスナーたちが楽しめるはずもないし、共演者だって妙な空気になってしまう。


 別にどう動くかだとか、自分はどうすればいいだとかを無理に意識する必要はないのだ。

 ただ友人と遊ぶつもりで、楽しくゲームをすればいいのだと……そのアドバイスで大事なことを思い出した彼女へと沙織がこう続ける。


「本当に意識しなくても、紫音ちゃんは配信を盛り上げられると思うよ。それと、三期生の中では紫音ちゃんが一番盛り上がりを作れるっていうか、他の二人がフォロー気質ってところもあるからさ、楽しそうにはしゃいでくれることを期待してるはずだと思う。だから、無理に縮こまったりしないで、楽しく引っかき回せばいいさ~! いたずら好きの子犬らしくね~!」


「……はい。私らしく、楽しく、ですね。肝に銘じておきます」


「うんうん! 頑張るっていうより、楽しもう! って気持ちで臨むのが一番だよ~!」


 同期とキャラクター性を比較した上で、場を盛り上げる役目を一番担いやすいのは自分であるというアドバイスを受けた紫音が再び頷く。

 Vtuber活動としての根幹である楽しむという部分と、そこから一歩踏み込んだ自分のキャラクター性をコラボの中で活かすという枝先のアドバイスをしてくれた沙織へと感謝の気持ちを抱いた紫音は、彼女に相談して良かったと改めて思った。


「助かります、本当に。狩栖さんとも伊織ちゃんとも色々打ち合わせをしたり、相談をしたりもしてきましたが、先輩からのアドバイスは別視点からのものが多くてためになりました」


「そんな感謝されることでも大袈裟なことでもないって~! 私もその場のノリとかで動いて、よく零くんを炎上させちゃったりしてるしね~! でもまあ、それが一種の伝統芸みたいになってるからヨシ! ってことで!」


「なるほど……その理屈でいうと私は狩栖さんを燃やした方が……いえ、三期生は二期生とも一期生とも違う形の関係性を築くんでした。先輩たちに倣ってばかりはダメですね」


 本人の知らぬところで優人が地味に炎上の危機を回避した(零は回避できない)ところで、紫音が口元に笑みを浮かべる。

 その笑みの理由を視線で尋ねる沙織へと、彼女は落ち着いた笑顔を浮かべたまま、こう答えた。


「どんなふうに友達になろうかなって、そういうふうに思えるのが楽しくって……今までは嫌われてないか、下手なことをしていないかって心配ばかりしていて、一緒に遊ぶってなってもそわそわした落ち着かない気分だったんです。でも、今回は同じ落ち着かないでも正反対で……上手く言えないんですけど、楽しみだなって、そう思います」


「……うん! なら、大丈夫さ~! 今の紫音ちゃんはすっごくいい感じだし、何にも心配することなんてないよ~! お姉さんが保証する!」


「はい! ……正直に言うと、このコラボが終わった後のことも楽しみなんです。二人とどんな関係を築けているか、先輩たちとはどんなふうに絡めるのか、他の事務所の人たちとはどんな形で友達になれるのか……想像しただけでワクワクします。このコラボ配信は私たち三期生にとっての一歩目であると同時に、轟紫音の……マナ・ハウンドの一歩目でもあるんですね」


 同期とのコラボ配信を機に、紫音も他のVtuberとのコラボを解禁することになる。

 これから自分はどんな人々と出会い、絆を紡ぎ、関係を作り上げていくのだろうかと……想像するだけで胸が弾んでしまう。


 沢山の友達を作るという紫音の夢は、まだまだ動き出してすらいない。

 むしろ今日のコラボをきっかけに自身の夢が走り出すことを意識する彼女へと、沙織は笑顔で言った。


「改めてよろしく、って言った方がいいのかな? これからが紫音ちゃんにとって、本当の意味での始まりになるわけだし……あんまり頼りにならないかもしれないけど、同じ事務所の先輩として、これからもよろしくね~!」


「こちらこそ、不出来な後輩ですがこれからどうぞよろしくお願いいたします。頭下げる、ぺこり~」


 事務所での顔合わせ会の時に行った挨拶をしながら、頭を下げる紫音。

 明るくて、能天気のように見えて、その実色々と考えているという共通点を持つ後輩の挨拶にくすくすと笑った沙織は、彼女がこれから進む道が光に満ちていますようにと祈りながら、今夜のコラボへの期待を疼かせるのであった。

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