みずがめ座と、こいぬ座
「話がしたくて来たって、えぇ……!?」
自分と話をする、ただそれだけのためにここまで来たというスイの答えに困惑する紫音。
自分も結構予測不可能な行動をするが、スイもそれに負けず劣らずじゃあないかと初対面の先輩のムーブに驚く彼女へと、スイが言う。
「さあ、いつまでも玄関でおしゃべりしてないで、中に入りましょう! 阿久津さんが美味しいご飯を用意してくれてるでしょうしね!」
「あっ……!?」
ぐいっと手を引っ張られてリビングまで戻ってきた紫音は、再びキッチンで料理の支度をしている零の姿を見ながらスイと共に席に着いた。
先ほどまで彼が座っていた席に座ったスイと向かい合いながら、先輩二人の話を落ち着かない心のままに聞き続ける。
「いらっしゃい、三瓶さん。遠いところからご苦労様です。もう少しでできあがるんで、ちょっと待っててくださいね」
「わ~い! カレーだカレーだ~! 阿久津さんの料理は全部美味しいから楽しみです!」
「あ、えっと、その……」
あまりにも平然と話をしているが、この状況って結構すごいのではないだろうか?
遠くに住んでいるはずのスイがわざわざ自分に会うためだけに来てくれたことも、零が彼女と会う場を設けてくれたことも、デビューしたばかりの新人への気遣いとしては豪華が過ぎる。
自分なんかにここまでしてもらうのは申し訳ないと思う紫音であったが、そんな彼女へと向き直ったスイが笑みを浮かべながらこう話を切り出した。
「……色々と、阿久津さんからお話は聞いてます。ご飯ができあがるまで、私とお話でもしませんか?」
「は、はい……」
ここまでされて、何も話さないでいることなんてできなかった。
自分が何を話せばいいのかもわからないままに固まる紫音へと、スイがこんな話を始める。
「ちょっとだけですけど、私にも轟さんの気持ちがわかるんです。怖いですよね、自分の気持ちを言葉にするのって」
「っ……」
スイの言葉に息を飲んだ紫音は、視線を揺らめかせながらも彼女へと目を向ける。
スイは自分に何かを伝えるために、わざわざこうしてくれているのだと感じる紫音は、ただ黙って彼女の話に耳を傾けていった。
「私もそうだったんです。過去の出来事がトラウマになってて、何かを話すことが怖くなって……必要最低限のことしか話さなくなってました。自分を守るので精一杯で、周りの人たちとの関わりを拒み続けて……そのせいで、とんでもない事態を引き起こしてしまった。私を助けようと手を差し伸べてくれた人も巻き込んで、苦しめて……その時、すごく後悔したんです」
方言を嗤われた過去から逃れるために、自分自身を守るために、無口という名の鎧の中に籠り続けていた在りし日の自分を思い返したスイが目を閉じる。
自分のせいで沢山の人たちが傷付いたその事件を振り返った彼女は、目の前にいる後輩が自分と同じ気持ちを味わわないようにと願いながら話を続けていく。
「自分の気持ちを言葉にして誰かに伝えるのって、すごく勇気がいることです。でも、でもね……それすねど、だぃにも気持ぢわがってもらえねんだ。言葉足りねぐだってい。不格好でも構わね。伝えで気持ぢがあるってごど示すて、それちゃんとしゃべねど……何にも始まねよ」
「気持ちを、伝える……そうしなくちゃ、誰にもわかってもらえない、何も始まらない……」
方言まじりのスイの言葉を、紫音は完璧に理解できたわけではない。
ただ、それでも彼女が自分に伝えたいと思っていることを確かに感じ取ることができた紫音は、その言葉を繰り返しながら俯いた。
「……轟さんの夢は、友達を沢山作ることでしょう? なら、自分のことを話さなくちゃいけなくなる時がくるはずです。上手じゃなくったっていい。だから、あなたの口から、あなたの想いを聞かせてください」
「……私、は……」
わずかに声を震わせながら、自分自身の気持ちを表すための言葉を探るように悩む紫音。
戸惑いと、迷いと、不安と……それを乗り越えるだけの勇気を胸に抱きながら、彼女は先輩たちへと抱えている感情を吐露し始めた。
「私は……怖いんです。他人の気持ちがよくわからないから、自分が他の人とズレていることがわかるから……とても怖い、です」
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