アトラクション前、トラブル

「んっ! おいひぃ!! 甘いチョコとほろにがなココアチュロスの味がマッチしてて、絶妙な味になってる! 揚げたてだからカリカリサクサクで、とっても美味しいよ!」


 ブラウンカラーのココア味チュロスの上に大量のホワイトチョコソースをふりかけ、更に色とりどりのチョコスプレーを塗す。

 出来立てほやほやのチュロスは熱々な上にサクサクの食感が堪らなくて、それを一口齧った有栖は大きく目を見開いて感嘆の声を上げていた。


「はふはふ、あ、あちゅい……!」


「あはは! そんなに慌てて食べると、口の中火傷しちゃうよ? ドリンク飲んで、少しクールダウンしなって」


「う、うん……恥ずかしいところを見られちゃったな……」


 一口目で味わった美味しさに夢中になっていた有栖であったが、少し経ったところでチュロスの熱さを感じるようになったようだ。

 はふはふと口をパクつかせる彼女に屋台で買ったドリンクを手渡した零は、顔を赤くする有栖とベンチに座ると自分もまた購入したチュロスを頬張る。


「ホントだ、すごい美味いわ。コンビニの菓子パンコーナーで売ってるものとは全然ものが違うね」


「そうだね! こういう食べ物を楽しめるのも、遊園地の醍醐味ってことなのかな?」


 有栖同様、初めて食べる本場(というのはおかしいかもしれないが)のチュロスの味に目を丸くして感動する零。

 彼の言葉に同意しながら、今度はあまりがっつくような真似はせず、小さな口の中に少しずつチュロスを押し込んでいく有栖が嬉しそうにはにかむ。


 まるでリスかハムスターのようだな……と、カリカリと音を立てて口に食べ物を運ぶ彼女の姿を見た零が思う。

 同時に、同時に黒くて長い棒状の物を咥えるその横顔から不埒な妄想を繰り広げてしまった自分を叱責するように太腿を抓る彼へと、ジュースを飲んで喉を潤した有栖が声をかけてきた。


「まだ一時間くらいしか経ってないのに、いっぱい思い出ができたね。なんか、初めてだらけでふわふわしちゃってる気分」


「俺もだよ。正に夢の国って感じで、楽しい気分が止まんないや」


 会話をしながら、大口を開けてチュロスを頬張りながら、零は有栖と会話を続ける。

 彼女の言う通り、沢山の楽しい思い出を作り上げているというのに、まだ入園から一時間程度しか時間が経っていないことに驚く彼は、何度も頷きながらこんな感想を口にした。


「なんか、有栖さんと一緒だと本当に楽しいや。アトラクションに乗った時も、記念撮影の時も、今だって……何をしても喜んでくれるから、見てて楽しいよ」


「それ、私のことを馬鹿にしてるわけじゃないよね? リアクション芸人、的な感じでさ……」


「違う、違う。秤屋さん相手じゃないんだから、そんな雑ないじりなんてしないよ。そうやって楽しんでくれてるところを見ると、本当に誘って良かったって思えるってこと!」


 自分の言葉を深読みされた零が苦笑を浮かべながらしっかりと説明してみれば、有栖も納得したように頷くと共に小さく微笑んでみせた。(ちなみにまたまた余談ではあるが、このタイミングで再び大きなくしゃみをした天は風邪を引いたのではないかと体調を疑い始めたらしい)

 弾けるような、というほど明るいわけではないが、その笑顔からも彼女の歓喜の感情を読み取ることができた零は、少しだけときめいた胸の高鳴りをごまかすようにファストパスのチケットを見ながら言う。


「あ、あ~……機関車のアトラクションに乗る時間、近付いてきてるね。遅れて無効になるのも嫌だし、これ食べ終わったら向かおうか」


「そ、そうだね。急がないと……!」


 そんなに慌てなくて大丈夫だよと、決して時間に余裕がないわけではないことをアピールする零の言葉が耳に入っていないのか、急ぎ目で残っているチュロスを平らげていく有栖。

 口の大きさがそのまま食べるスピードにも直結しているのだなと、彼女より大分早くに食べ終わってしまった零は、もしかしたら有栖は自分を待たせている気分になって焦ってしまっているのかなと思う。


 こういう部分にも気を遣わないとだめじゃないかと、自分の無神経さを心の中で恥じた零がこの後は気を付けようと肝に銘じると、チュロスを食べ終えた有栖からそのごみを預かり、近くのごみ箱に捨ててから共に機関車のアトラクションがあるエリアへと歩いていった。


 途中、ランチを食べるレストランを何処にするかを吟味するようにぶらつきつつ、次に乗るアトラクションも考えつつ……といった感じで時間を潰し、のんびりと余裕を持って移動した二人は、予定時間よりも少し前くらいのタイミングでアトラクションの受付口前に辿り着く。

 確認のために係員に話を聞きに行った零を待っていた有栖がファストパス利用者専用の列に並びながらこれからアトラクションに乗り込もうとする人々の長蛇の列を眺めていると、そこから一人の男児がこちらを指差し、大声で叫んできた。


「パパ、ママ、見て! あの子、僕たちと違う場所から機関車に乗ろうとしてるよ!」


「あら、本当ね。あっちは空いてるみたいだけど、私たちも使えるのかしら?」


「どうやら優先乗り込み口みたいだぞ。若い癖に贅沢と楽しやがって、腹立つ娘だな」


「あ、えっと……」


 明らかに自分のことを話しているであろう家族連れの会話にどう反応していいのかわからなくなった有栖が視線を泳がせる。

 このまま無視するのが一番なのだろうが、どうにもこういった悪意のような感情をぶつけられるのは苦手だなと、そう彼女が考える中、その家族連れの会話は驚くべき方向へと進んでいった。


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