ハートのジャック、狩栖優人

「……遅れてごめん。もう、待ち合わせの相手は来てるみたいだね」


「ゆーくん! もう、遅いよ! どんだけ待たせるつもり?」


「……ごめん」


 そう、何度も謝罪しながら頭を掻く男性に対して零が抱いた印象は、だった。

 身長百八十センチを超える零よりも大きな彼だが、その体躯に反して威圧感というものはまるで感じられない。

 決して不健康そうにやせ細っているだとかの体型の問題でそうなっているわけではなくて、全身から柔和な雰囲気が発せられているといった感じだ。


 見る者に穏やかな印象を与える垂れ目にほんの少しの眠気と、多大なる歓喜の表情を浮かばせながら会話をしていたその男性へと、澪が零を紹介する。


「紹介するね! この子が電話で話した、阿久津零くんだよ!」


「あ、どうも、はじめまして……【CRE8】で蛇道枢の魂を担当してる、阿久津零っていいます」


「はじめまして。待たせて本当に申し訳ない。少し忙しくって、ばたばたしてたんだ」


 強面の自分とは真逆の雰囲気を持つその男性から丁寧に遅刻を謝罪された零は、小さく会釈してそれに応えた。

 そのまま、彼は澪の隣……零と向かい合う席に座ってから、自己紹介と共に挨拶を行う。


「改めて、はじめまして。僕の名前は狩栖 優人かりす ゆうと。Vtuber事務所【トランプキングダム】所属タレント、ライル・レッドハートとして活動している、同業者だよ」


「零くんは【トランプキングダム】のことは知ってる? 結構有名どころだと思うから、名前は聞いたことあるはずだけど……」


「ええ、はい。トラキン、っすよね? そこまで詳しいわけじゃないですけど、男女混合で人気度も高い事務所って有名じゃないっすか」


「界隈でも大注目されてる【CRE8】さんに所属してるタレントさんからそう言ってもらえるだなんて光栄だよ。特に、二期生の中でもトップの人気を誇る蛇道枢くんに褒めてもらえるだなんて、すごく嬉しいな」


 頬笑みを浮かべながら、親しみやすさを醸し出しながら、零へと感謝を告げる優人。

 彼の髪の色と同じ、ややくすんだブラウンカラーの瞳に見つめられて気恥ずかしさを覚えた零が押し黙る中、優人の横顔をじっと見つめていた澪が口を開く。


「ゆーくん、ま~た徹夜で作業してたでしょ!? 目の下にクマができてるよ!」


「色々と忙しいんだよ、今は。君だってそれはわかってるだろう?」


「それでもさ~、かわいい彼女と会うっていうのにそんな顔をしてくるってのはどうかと思うよ、あたしは!」


「ぶへっ!? か、彼女っ!? お、お二人って、その……!?」


「はぁ~……阿久津くんの前で変な冗談は止めてくれ。彼が勘違いするじゃあないか」


「ぶ~、ノリが悪いんだから……」


 澪の口から飛び出した彼女という爆弾発言に盛大に噴き出した零が動揺しながら二人の関係を問い質せば、うんざりだといった表情を浮かべながら彼女の発言にツッコミを入れた優人がこう答える。


「ただの友人だよ。僕も彼女もボイスや声劇の脚本を書くことが多くて、それ関連で出会ってね。ちょくちょく連絡を取り合っては、相談したりされたりを繰り返す関係ってところさ」


「そ、そうなんですね。いや、ちょっとびっくりしちゃって……」


「阿久津くんも少しすれば彼女との付き合い方がわかってくるさ。とりあえず、発言をいちいち真に受けないことから始めるといいよ」


「その言い方、なんか頭にくるなあ……! 今度は発言じゃなくて行動で驚かせてあげるから、楽しみにしててよね!」


 ……なんとなく、気まずい。いや、正確には自分がここにいていいのだろうかという気持ちになる。

 優人は澪とはただの友人だと言っているが、傍から見ると普通にイチャイチャしているようにしか見えないのだが、そう思うのは自分だけなのだろうか?


 もしかして、自分が有栖と話をしている時、周囲の人たちはこんなふうに思っているのでは……? と気付いてはいけないことに気が付いてしまった零が愕然とする中、彼の顔を真っ直ぐに見つめる優人が口を開く。


「君の配信はいくつか観させてもらったよ。こうして実際に顔を合わせて、声を聴かせてもらって改めて思ったけど……うん、いい声をしている。キャラクターもはっきりしてるから脚本自体は作りやすそうだ。演技の方も一流とはいえないが、そつなくこなしてると思うよ」


「あ、ありがとうございます。でも俺、ボイスを出すとかそういうつもりは今のところなくって……」


「そうだろうね。でも、今回の仕事でそういう仕事をする可能性も十分にある。何か聞きたいことがあったら、遠慮なく相談してくれて構わないから」


「すいません、ありがとうございます……って、そういえば狩栖さんも今回の案件に参加するんですよね?」


「ああ、僕たち【トランプキングダム】もサンユーデパートさんとのコラボに参加することになってる。そして、君たちと同じデザートを担当するグループのメンバーになる予定だよ」


 まだ一般には公開されていない情報をさらりと零たちに伝えつつ、居酒屋のメニューを開く優人。

 柔和な笑みを絶やさない彼は、視線を零の方に向けると穏やかな口調で彼へと言う。


「さて、ここからの話は食事をしながらにしようか。そっちの方が、会話も弾むってものだろう? 幸い、値段を気にする必要はないみたいだし……ね?」


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