見ているだけも、結構キツい

(陽彩ちゃん、どこで仕掛けるつもりなの……?)


 勝負を仕掛ける側である陽彩を見守る有栖は、彼女がどこで零へと自身の要望を伝えるのかに注意を払っていた。

 どこで話を切り出すかによって、お願いの成功率は大きく変わる。

 楽しく話が盛り上がっているタイミングで話をすれば、今日のお出掛けの中で高まっているであろう好感度も相まって零も喜んで陽彩を名前で呼んでくれるようになるだろうが……タイミングをミスすれば、逆に稼いだ好感度が全て無駄になってしまうこともあり得た。


 勝負はもう、ほとんどそこで決まる。

 どのタイミングで、どのようにして話を切り出すか? そこに全てがかかっているのだ。


 有栖が手を貸せば、その最大の山場であり重要なポイントであるタイミングの問題を解決できるのだが……陽彩は彼女の申し出を拒み、自分の力でやり遂げてみせると言った。

 ならばもう自分は見守るだけだと、ただ親友を信じて傍観者として成り行きを見守っていた有栖の目の前で、零が軽い雰囲気で口を開く。


「蓮池先輩、何か食べたいものとかありますかね? 点心、結構種類があるんで、メニューを見てみてくださいよ」


 すっとメニューを陽彩に差し出しながら、自身もまた別のメニューを手に取ろうとする零。

 そんな彼の顔と差し出されたメニュー本を交互に見つめていた陽彩は、それを受け取らないままに零へと話しかける。


「零くん、あのさ……」


(ひ、陽彩ちゃん!? 仕掛けるの!? 今、ここでっ!?)


 彼女が放つただならぬ雰囲気を感じ取り、意を決した横顔を目にした有栖が心の中で叫ぶ。

 正直にいってしまえば、このタイミングはかなりよろしくない状況だと言わざるを得ない。


 決して有栖はコミュニケーション能力が高い方ではないが、それでも今、話を切り出すことが悪手であるということはわかる。

 この場で何の脈絡もなく名前で呼んでほしいと言われれば、流石の零だって困惑してしまうはずだ。


「……先輩? どうかしましたか?」


「あ、あの、あのさ、その、れれれれ、零くんって――」


(だめーーっ! 気付いて、陽彩ちゃん!! 今は多分、最悪のタイミングだよ!!)


 今じゃない、ここじゃない……そう心の中で悲痛な叫びをあげる有栖は、緊張で完全に周りが見えなくなっている陽彩の様子に危機感を募らせていく。

 いつまで経っても差し出しているメニューを取ろうとしない彼女の様子に零もこの時点で困惑しているようで、ここで話を切り出された場合に彼が見せるであろう気まずい反応が、有栖の脳内にははっきりと思い描けてしまっている。


 マズい、非常にマズい状況だ。このままでは楽しい食事が沈鬱な空気のまま始まり、そのまま最後まで続いてしまう気しかしない。

 有栖は神に祈り、天に祈り、自分の想いが陽彩へと届いてくれることを全身全霊で祈った。

 その念が通じたのか、わなわなと震えていた陽彩が視線を泳がせた後、全く見当違いなことを零へと質問する。


「れ、零くんってどの中華料理が好きなのかな!? よっ、良ければ教えてくれない!?」


「えっ? ああ、はあ……好きなのっていったら、家でも作りやすい油淋鶏ユーリンチーとかですかね? 点心なら小籠包とかが好きなんですけど……」


「そ、そっか! じゃあ、それを頼もうよ! うん、それがいい! 有栖ちゃんも大丈夫だよね!?」


「あっ、うん! 私もそれでいいよ!」


 上手いこと陽彩に乗って話を誤魔化した有栖は、どうにか最悪のパターンを避けられたことに安堵のため息を漏らした。

 だがしかし、これで零は陽彩の様子が変だということに気付いてしまっただろうし、陽彩も自分のミスを自覚して緊張を高めてしまっただろう。


 よろしくない。実に、よろしくない。

 ここは自分が間に入って陽彩のフォローをしてあげたいところだが、それをすることが本当に彼女のためになるのだろうか?


 傍観者という立場にいることが、これほど苦しいとは……と、何も手出しが出せない自分自身の立ち位置に歯がゆさを抱いた有栖が心の中で悶える。

 自分にできることは、少しでも場の空気を明るくして陽彩が話を切り出しやすくする雰囲気を作ることだと気持ちを切り替えつつも、やはりどうにもならないこの状況に見ているだけの有栖もまた、心苦しさを募らせていくのであった。


――――――――――――――――――――


ちょこっとお願いがありまして、近況ノートを追加しました。

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