社長とデザイナーの会談・2

「現在【CRE8】にはタレントが8名在籍してて、新人の3人を加えると11人になるっす。残り2人を男性タレントにしたとして、11対2っていう歪な男女比にはファンも困惑するでしょうし、間違いなく炎上するっすよ! 具体的には、ユニコーンが『俺の○○と男を絡ませるな~!』とか、『男性Vなんて【CRE8】に求めてない~!』とか、そんな風に騒ぐに決まってますって!」


「そりゃあ、まあ、そうだろうね……」


「でしょう? デビュー早々から大炎上に見舞われて、そんな中で前向きにVtuberとして活動しようだなんて思えるつよつよメンタルの持ち主なんてそうはいないっすよ! 仮に存在したとして、その子がファンたちに受け入れられるまでどれだけの時間がかかると思います? その間にその子の心がぽっきり折れちゃう可能性もありますよね?」


「………」


「自分の言ってることがただの杞憂じゃないってことは、Vtuberの歴史が証明してるじゃないっすか。確かに男性Vが在籍してくれた方が活動の幅は広がりますけど、火種も背負い込むことになるんすよ? 薫子さんの気持ちはわかりますが、ここは諦めた方がいいんじゃないっすかねぇ?」


 Vtuber業界というのは実に面倒くさいもので、今、梨子が言ったような過激なファンが存在していることは否定できない。

 実際にそういったファンたちの声によって男女コラボはしないと表明せざるを得なくなった事務所もあるし、そういった声を上げるだけの行動力を持つ彼らを軽視してはならないということは薫子も理解している。


 そういったファンたちからのバッシングを浴びながら活動し、信頼を勝ち取るまで尽力するというのは並大抵のメンタルでは不可能だ。

 常人離れした強靭な精神力を持ち、更にファンたちからも認められるような実直な性格をした男性でなければ【CRE8】初の男性タレントという大役を任せることはできない。


 そして、適役となる人物を見つけ出すためには何度も顔を合わせ、相手の人柄をしっかりと把握した上で判断を下さなければならない。

 オーディション用の動画を見ただけで、あるいは1度や2度の面接だけで判断するには、いささか材料が足りな過ぎるとしか言いようがないだろう。


 そもそも、今回のオーディションには男性からの応募もちょくちょく見受けられるが、彼らが送ってきた動画を観ても薫子の心は動かなかった。

 全員が自分の特技や声の良さを動画でアピールしているが、それでもやはり何かが足りないと思ってしまうのだ。


 もしかしたらそれは、沙織やスイ、天といった熱を持つ人間たちと先に出会ってしまったからなのかもしれない。

 彼女たちと比べるとどうしても劣って見えてしまう応募者たちの中から途轍もない重責を背負ってデビューする男性タレントを発掘するというのは、かなりの難易度を誇る作業であった。


「……やっぱ無理だと思うかい? 男性Vtuberのデビュー?」

 

「無理無茶無謀で無駄無駄無駄ァ!! だと思うっす。いや、無駄だとは思ってないっすけど、ノリで言っちゃっただけですけどね」


「う~ん、そうだよなぁ……。やっぱり、かなり難しいよなぁ……」


 かなり抜けた面もあるが、サブカルチャーへの理解度という点でいえば自分を凌ぐ梨子の率直な意見に薫子が唸りを上げる。

 彼女の言う通り、自分たちの事務所から初の男性タレントをデビューさせるのは至難の業であると……そう納得しながらも諦めきれない薫子は、深いため息を吐いてから呟いた。


「……いるっちゃいるんだけどね、適役が。ただ、そいつがVtuberになる未来が欠片も想像がつかないって部分が問題だ」


 少なくとも、強靭なメンタルを持つ男性という点ならば基準を満たしている知り合いはいる。

 そいつの性格は熟知しているし、実直でまともな男だと太鼓判を押すことだってできる。

 問題はその男がVtuberにまるで興味を持っていないことと、Vtuberとして叶えたい夢を持っていないことだ。


 【CRE8】は本気で夢を叶えるべく活動する人間を応援する事務所。故に、Vtuberとして叶えたい夢を持っていることが何よりも大事な部分となる。

 薫子が推す人物は適正という部分では申し分ないものを有しているが、その大事な部分が抜けているのだ。

 つまり、彼を【CRE8】所属のVtuberにすることはできない。本当に残念だが、そこだけは譲ることはできないのだから仕方がないだろう。


「とりあえず、男の子のVのことは一旦忘れたらどうっすか? あるいは男の娘とかショタキャラをデザインして、魂を女性に担当してもらうとかの案も無きにしも非ずっすよ!」


「そうさねえ……それでワンクッション入れて、3期生で男性タレントを応募するっていうのもありか……」


 現実的な案といえばそれだろう。ここでの男性タレントデビューは諦めて、そのための布石を打つことに終始する。

 無難で、安牌で、安全策といえる譲歩できるラインがそれだ。


「……こうして悩んでても仕方がないしね。お前の言う通り、一旦男性タレントについては忘れることにするよ。さっきいい感じの子を見つけたんだ。なかなかに厄介そうな事情を抱えていたが……内に秘めてる夢は本物だと思う」


「いいじゃないっすか! じゃあ早速、その子の面接の日程を決めましょうよ! 自分はそれまでにこの3人のデザインを仕上げとくんで、期待して待っててくださいね~!」


 難題を後回しにしてとりあえずの行動を取ることに決めた薫子を後押しするようにオーバーなリアクションを見せる梨子。

 調子のいい彼女の反応に苦笑した薫子は、少し前まで自分が観ていた動画の送り主の名を確認し、その人物とコンタクトを取るべく動き出すのであった。

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