決着に向けての、布石

 電光手裏剣……手榴弾や火炎瓶と違い、放物線を描くのではなくほぼ一直線に飛ぶそれは軌道こそ見えやすいものの着弾までの速度はピカイチだ。

 1つを背後の地面に、もう1つを陽彩が隠れている遮蔽物の左側にと続けざまに投擲するルピア。


 自分のすぐ近くに突き刺さった手裏剣たちを目にした陽彩は即座にそれに反応し、右側の空間へと飛び出してみせた。


『っ……!?』


 直後、青色のスパークが眩く周囲の空間を照らし出す。

 触れた者に多少のダメージと移動速度低下のデバフを与えるその光から何とか逃れる彼女であったが、ルピアの目的が自分にダメージを与えることではなく、行動を誘導することにあることを理解していた陽彩は、小さく息を飲みながら移動を続ける。


 飛び出した方向の先には、撃ち合いの際に利用できる都合のいい遮蔽物がない。

 体を多少隠せるような崩れた壁や柱こそあるものの、そこで立ち止まって勝負するにはかなり危険が伴うものばかりだ。


 だから陽彩は立ち止まらない。そこを一瞬だけ射撃を防ぐための壁として使いつつ、動きを止めずに走り続ける。

 ダッシュ、スライディング、ワイヤーフックなどの様々な動きを使って回避行動を続ける彼女であったが、ルピアもまたしつこくこのチャンスを活かすために追撃を行っていた。


『そう簡単には逃がさないわよ!』


 逃げる陽彩に並走しながら銃を乱射し、彼女を仕留めるべく引き金を引き続けるルピア。

 移動しながらの射撃であるが故に精度は下がっているが、それでも何発かの弾が標的である陽彩の体を掠め、彼女にダメージを与えてはいる。


 陽彩と同様、自分も障害物がない方向へと移動し続けているが、別に構うことはないだろう。

 回避に集中している陽彩には反撃を行う余裕はなく、彼女が逃げ続けている限りはこちらが一方的に攻撃を加え続けられるのだから。


 それに、ルピアだってこの程度のことで強敵である陽彩を倒せるとは思っていない。

 この攻撃も、追走も、全ては彼女を仕留めるための布石なのだと考える彼女の目の前で、ボフンッという音と共に白い煙が広がっていった。


(来たっ……! これで勝負が決まる!)


 ダッシュしながら自身の移動方向へとスモークグレネードを放り投げた陽彩がその中に身を隠す様を目にしたルピアは、緊張に息を飲みながら銃の弾をリロードした。

 正面を向いたまま後方へと退き、煙からある程度の距離を取った彼女は、深呼吸を行って自分の気持ちを落ち着かせる。


 地形は緩やかな傾斜。自分が下で、陽彩の方がやや上向いている坂。

 高所を取られて有利だとかの話にはならない程度の、本当に緩い坂ではあるが……この地形こそが、ルピアが陽彩を仕留めるのに求めていた場所であった。


(さあ、出しなさい! 仕掛けてきなさいよ、あの技を!!)


 今日までライバルとなる【ペガサスカップ】出場者のプレイは何度も見返してきた。

 その中でも、自分たちの最大の比較対象になるであろう【CRE8】所属のVtuberである陽彩たちの配信は特に入念に視聴を重ね、研究を行ってきた。


 1対1の勝負、緩やかな坂となっている地形で自分の方が高所に陣取っている状況。

 この場面で蓮池陽彩が、魚住しずくがどんな動きを見せるのかを、ルピアは完全に予測できている。


 ダッシュ、そしてスライディングの勢いを利用した跳躍で相手の頭上を取り、そのまま背後へと回る必殺ムーブ……敵の意表を突きつつ、無防備な背中を撃ち抜くためのとっておきの技がそれだ。

 本来ならば敵を挟み撃ちにするために味方との連携を考慮した技ではあるが、タイマンの勝負でも十分な効果を発揮し、この技で陽彩が幾人もの敵を屠る様をルピアは配信のアーカイブで見続けてきた。


 間違いない、あれが来る。向こうの攻め気、遮蔽物のないこの状況、短期決戦を仕掛けようとする陽彩の思考から読み解いても、彼女は己が最も得意としているあのムーブで自分を仕留めにかかるはずだ。

 だから敢えてそれを待つ。向こうに必殺技を出させた上で、それを真っ向から返り討ちにして勝利する。

 そのためのプランも用意してあるルピアは、高まる体の熱とは相反して冷静さを保ち続けている頭脳で迎撃作戦を反芻していった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る