話し合いへと、場面を巻き戻して



「そんじゃあ、薫子さんが戻ってきたら大会参加の意志を伝えましょう。大丈夫、薫子さんならわかってくれますよ」


「う、うん……!」


 場面は、【ペガサスカップ】出場を諦めたくない、過酷な道になるかもしれないがこれまでの頑張りを無駄にしたくない、という素直な想いを吐露した陽彩が改めて零からの説得を受けてその気持ちを薫子へと伝える決心を固めていた頃に巻き戻る。

 多少の不安は残っているだろうが、それでも自分の本心に従って行動することを決めた彼女が小さな拳を緊張に震わせながら握り締める中、それを解きほぐすような言葉を有栖が投げかけた。


「大丈夫だよ、陽彩ちゃん。零くんも言ってたけど、薫子さんなら陽彩ちゃんの想いを絶対に応援してくれるよ」

 

「あ、ありがとう、有栖ちゃん……! あ、あく……りぇいくんも、ありがとうね」


 自分を励ましてくれる有栖へと感謝の気持ちを伝えた後、零にも同様の言葉を告げる陽彩。

 その際、親しみを込めて零のことを名前で呼ぼうとした彼女であったが、緊張のせいか若干巻き舌気味になってしまっていた。


 おなじみのその噛み噛み具合に表情を綻ばせ、笑みを浮かべる零。

 彼の名前をきちんと呼べなかった陽彩は恥ずかしそうに顔を赤くしているが、零は彼女が自分に1歩歩み寄ろうとしてくれたことや、前向きな気持ちになれていることを本当に嬉しく思っていた。


 悩みも迷いも振り切って、これまで紡いできた絆の力によって先へと進む覚悟を決めた3人。

 暗い雰囲気を吹き飛ばした彼らが心の光を灯す中、部屋の扉が開き、話し合いを中座していた薫子が姿を現した。


「すまない、待たせちゃったね。今、戻ったよ」


 途中で抜けてしまったことを謝罪しつつ、再び3人の向かい側に座る薫子。

 そんな彼女の顔を真っ直ぐに見つめた陽彩が、落ち着かないながらも一生懸命に自分の意志を伝える。


「あ、あのっ、薫子さん! ぼ、ボク、やっぱり【ペガサスカップ】に出たいです! ボクだけじゃなくて、2人や事務所のことを巻き込んじゃうかもしれないけど、でも……っ!!」


 リスクも、過酷さも理解している。それでも、自分のやりたいと思ったことを諦めたくない。

 そういった陽彩の覚悟は、上手く言葉にならずとも薫子にしっかりと伝わったようだ。


「……わかった。お前がそうしたいと言うのなら、私も止めはしないよ。元々、こちらに非があるような問題じゃあないんだ。お前たちは堂々と胸を張って【ペガサスカップ】に参加してきたらいい。事務所としても、できる限りのバックアップはさせてもらう。迷わせるようなことを言って悪かったね」


「そ、そんなことないです! ボクたちのことを気遣ってくださって、ありがとうございます」


 予想通りではあったが、薫子が大会に参加したいという陽彩の気持ちを否定することはなかった。

 陽彩自身の意志を優先し、事務所としてその想いを応援することを言葉にしてくれた彼女に対して、陽彩だけでなく零と有栖もまた頭を下げて感謝の意を示す。


 これにて、先日の騒動が発端となった零たちの進退を決める話し合いは終了したわけだが……他にもまだ、話し合わなくてはならない事案が残っているようだ。

 正確には……と表現した方が正しいその事案へと、深く息を吐いて間を開けた薫子が言及していく。


「……炎上してる張本人である緑縞穂香の件だけどね、今しがた【VGA】の方から暫くの間、活動を自粛すると発表があった。当然、【ペガサスカップ】の参加も辞退するってさ」


「そう……ですよね。これだけのことになってしまったんだから、その判断も妥当ですよね……」


「でも、契約解除じゃなくて活動自粛で済んでるってことは、今のところ【VGA】には緑縞さんを解雇するつもりはない、ってことっすよね? それは喜ぶべきことなんじゃないかな?」


「まあ、そうだろう。ここで彼女が契約解除されることになってたら、炎上に更なる燃料が追加されることになってた。もしかしたら事務所側もそれを危惧して、今のところは活動自粛という形で済ませてるだけかもしれないけど……緑縞穂香本人に活動を続ける意思があるのなら、クビまではいかない案件でもあるような気がするね」


 ゲームに関する不正行為という、ゲーマーとしての活動を主としているVtuberとしてはやってはならないことをしてしまった緑縞穂香ではあるが、その1件だけで契約解除というのはペナルティとしては重過ぎるのではないかというのが薫子の意見のようだ。

 穂香自身から契約の解除を申し出ない限りは、一定期間の活動自粛という形が妥当な対処であると……そう自分の考えを述べた後、薫子は首を左右に振るとまたしても話を切り替える。


「いや、これに関してはそこまで重要な話ではないんだ。大事な話ではあるが、それを受けてこちらが取れる行動なんてないわけだしね。実は、ちょっとばかし予想外の事態になっててね……」


「何かあったんですか?」


 深刻そうな表情を浮かべながらそう呟いた薫子へと、何があったのかを問いかける零。

 ややあって、まさかまた炎上の火種が出現したのかと身構える彼らへと彼女が告げたのは、先程の言葉通りの予想外の内容であった。


「……会って謝罪したいそうだ、【VGA】の面々が。緑縞穂香と夕張ルピアが、うちの事務所に来るってさ」


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