みんなの力を貸してくれ

 ふぅ、と小さく息を吐き、間を開ける零。

 コメント欄を気にしながらも自分自身のしたいこと、すべきことを振り返った彼は、できる限り配信の空気が重くならないよう気を付けながら話を始めた。


「まあ、なんだ。今から俺がするのは所謂お気持ち表明ってやつで、あんまり歓迎されるようなもんじゃないってことはわかってる。けど、それを理解した上でこういう話をしてるってことを踏まえて、俺の話を聞いてくれ」


 大前提として、こういう行為は決して褒められるものではないということを自分自身は理解していると、零がリスナーたちに告げる。

 それは即ち、今の彼にはその禁忌を犯してでもこの話をする必要があるという意味であり、様々な面で心当たりがあるリスナーたちは、コメントを送りながらも黙って彼の話を聞く体勢を取っていった。


「……俺もお前らが騒いでる理由っていうか、原因みたいな事件については聞いたよ。ただ、その事件について俺の意見だとか、やらかした人についてどうこうだとかの話は、今、ここではしない。俺が話したいのは、その事件を踏まえた上で俺たちがどういう決断を下しただとか、それについてのお願いみたいなものだからさ」


【了解、把握】

【ゲームについて詳しくない枢に別箱の面識もないタレントについてのコメントを求めるのはおかしいからな、そこは当然だ】

【そこが火種になる可能性もあるからね。俺たちも聞こうとは思わんよ】


 緑縞穂香自身についてや、彼女の失態について語るつもりはないという零の言葉をリスナーたちも受け入れてくれたようだ。

 今度は逆に荒らしコメントが少なくなった配信の中、長い前置きを終えた零が視聴者たちへと自分の想いを語っていく。


「ぶっちゃけた話をするとさ、お前たちの心配だとかムカつきとか、俺は理解できちまうんだよ。同じVtuberがこういう形で炎上してる状況で大会に参加したら、俺たちだってヤバいことになるかもしれないっていう意見ももちろんだし、ゲーマーとしてのモラルがない行動を取った奴の同類がのこのこ大規模な大会に出てくんじゃねえ、って気持ちも理解できる。ただ、わかってほしいんだけどさ、俺たちって今回の問題でなんにも悪いことしてないんだよ。完っ全に、もらい事故なわけ」


【わかってる。知ってる。でも、それを理解できない人なんて山ほどいるからさ……】

【今もこの配信が荒れてる理由はそういう状況を理解できてない人たちのコメントだと思う】

【Vtuberだからって理由で叩いてる人は絶対にいるよ。でも、完全に無関係な枢たちが叩かれるのは間違いだとしか思えない】


「気遣ってくれてありがとうな。念のために言っておくけど、これは別に炎上してる人とその所属事務所に対して文句を言ってるわけじゃあないし、迷惑を掛けんじゃねえってキレてるわけでもない。面倒くさい状況にしてくれたなって気持ちはあるけど、それはそれ、これはこれだ。俺が言いたいのはさ、俺たちは別に悪いことをしたわけじゃない。だったら、胸を張ってやりたいことをやってもいいんじゃねえの? ってことなんだよ」


 多少の騒動は覚悟しつつ、自分なりの考えをリスナーたちへと告げる零がそこで1度言葉を区切る。

 彼の意見に賛同してくれる人々のコメントを目にした彼は、再び呼吸を整えてから話を続けていった。


「魚住先輩も、芽衣ちゃんも、俺も、全員がゲームの大会に参加するだなんて初めてな経験だから完璧な形とはいえないけどさ、それでも俺たちはここまで練習とか勉強とかを重ねてきた。お前らもそんな俺たちを応援してくれて、お世辞抜きで嬉しかったし、本当に楽しかった。だからこそ、俺はその全てを無駄にしたくないんだ。それは2人も同じ気持ちだよ」


 昼間の話し合いを思い返しながら、自分の想いに有栖と陽彩の想いを重ねた意見を述べた零が、心中の淀みをはき出すように息を漏らした。

 今度はコメント欄に目をくれることはしなかった彼は、そのまま一気にリスナーたちへと言葉を投げかけていく。


「裏での話なんだけど、魚住先輩が急に大会に出る気になったのも、俺たち2期生が頑張ってる姿を見て自分も何かしようと思ったからなんだよ。ゲームの楽しさだとか、素晴らしさだとか、そういうのを多くの人に知ってもらいたい。【ペガサスカップ】への参加を通じて、そのための活動をしようって思ったからこそあの人は今まで頑張り続けてる。要するに、魚住先輩は自分の夢のために一生懸命で、別にプロゲーマーとかと会うために大会に出ようと思ってるわけじゃないんだ。まあ、俺が言わなくてもみんなわかってるだろうけどさ」


 2週間前に顔を合わせた時、陽彩が恥ずかしそうにしながらも伝えてくれた自分の目的と夢を振り返りながらその想いをリスナーたちへと訴えかける零。

 【ペガサスカップ】の参加は、彼女にとってはただの遊びでも記念でもなく、己の夢を叶えるための第一歩なのだと……大会にかける陽彩の想いを伝えた彼は、続いてもう1人のメンバーについても語っていく。


「芽衣ちゃんもそう。誘ったのは俺なんだけど、正直滅茶苦茶不安だった。ちゃんと先輩と話せるかなとか、女の人ときちんとコミュニケーションが取れるかなとか、心配ばっかしてた。でも、全部杞憂だったよ。芽衣ちゃんも緊張してたけど、頑張って魚住先輩と話をして、今では名前で呼び合える関係になった。それは俺が何かをしたからじゃあなくって、芽衣ちゃん自身が強い自分になるっていう夢に向かって努力してるからなんだ。芽衣ちゃんも、この大会を通じて一皮剥けようと頑張ってる。ただ俺に言われたからなんとなく参加した、ってわけじゃないんだ」


 女性恐怖症を乗り越えたい、零に助けてもらわなくても済む自分になりたい……そんな想いを胸にした有栖もまた、【ペガサスカップ】の中で自分自身の夢を叶えようとしている。

 その成長を、努力を、間近で見ていた零は先の陽彩の頑張りを含めた全てを振り返りながら、静かな声で語り続けた。


「この2週間、俺は楽しかった。ゲームも楽しかったし、お前らに応援してもらえたこともそうだけど、何よりも嬉しかったのはそんな2人の成長を間近で見続けられたことなんだ。芽衣ちゃんも魚住先輩も、自分の夢に向かって少しずつ進んでる。そんな2人が仲良くなって、名前で呼び合う関係になった瞬間を見た時さ、なんていうか、言葉にできない感情が胸に芽生えたんだよ。多分、お前らがいうってのはこの感情を指してるんだと思う。ちょっと残念な言い方だけどな」


 リスナーたちがよく使う表現を借りた自分自身の発言に苦笑しつつも、零はこの表現こそが彼らに最もよく伝わる言葉だと信じていた。

 そこから、真面目な表情に戻った彼はここまでの配信の流れやコメントを例に出しつつ、こうリスナーたちへと述べる。


「お前らが色々と心配する気持ちはわかるよ。でも、2人が夢を叶えるためにも【ペガサスカップ】への参加だけは譲れねえし、配信も荒らしてほしくない。さっき、色々とラインを越えたコメントが送られてきてたけどさ、そういうのはもう、俺のところだけで終わらせてくれ。俺ならいくらでも燃やして構わないから、芽衣ちゃんのところにも、魚住先輩のところにも、他の大会参加者や運営さんのところにも、頼むからそういうコメントは送らないでくれよ。信じてもらえないかもしれないけど、【ペガサスカップ】に関わってる人たちは全員、ゲームが好きで、この界隈を盛り上げようと考えてる人たちなんだからさ。そういう人たちに酷い言葉を投げかけても誰も得をしないどころか、全員が悲しくなるだけだと思うからさ――」


 そこまで話してから、零はPCの前で深々とリスナーたちへと頭を下げた。

 2Dの肉体しか持っていない蛇道枢の立ち絵にはその動きは反映されないが、それでも零は自分たちを見守ってくれている人々に対して精一杯の礼を尽くしながら、彼らへと心からの願いを口にする。


「――お願いします。俺たち【CRE8】のメンバーだけじゃなく、大会に参加する人たち全員の夢を守るために……皆さんの力を貸してください」


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