ゾンビ映画、上映開始


 ――アメリカのとある州。平和だったその地に、なんの前触れもなく異変が訪れる。

 近所に住んでいる子供が、同棲中の恋人が、次々とゾンビになっていき、彼らに襲われた主人公は間一髪で家から逃げ出したものの、外の世界でも同様の地獄が広がっていた。


 道行く人々を襲い、その肉を喰らい、そうして彼らに殺された人間もまた生きる亡者の仲間入りを果たしていく。

 世界の終わりを思わせる光景を目の当たりにしながらも、必死になってゾンビから逃げていく主人公一行は物資が豊富なショッピングモールへと逃げ込んで……という、王道的な展開を繰り広げる内容の映画を観ながら、零がその感想を呟く。


「うわ、走る系のゾンビか。最近、こういう映画増えたよな~……」


「おっ? 零くんはこういうゾンビ、あんまり好きじゃない感じ?」


「いや、嫌いってわけじゃないんですけど……やっぱこう、ゾンビってのろまだけど数は多いってイメージがあるんで、めっちゃ速く走って襲ってくるのなら、もうそれゾンビじゃなくて他のモンスターでもいいんじゃないかな? って思うのは確かなんですよね」


「あ~、わからなくもないさ~。でも、これはこれでいいじゃない! 速くて硬くて数も多い! 絶望感増し増しでいかにもホラーっぽいでしょ!?」


 そうやって、上映中の映画を含む昨今のゾンビ事情について語る両端の2人であったが……その間に挟まれる3人にはお気楽なお喋りに参加する余裕はないようだ。

 ある者は自分を守るように膝を抱え、またある者はTV画面から距離を取るようにして体を引き、時折悲鳴を漏らしながら映画を観続けている。


「わ、わー、あったらに速ぇゾンビさん、初めで見だ……!!」


「ままま、まあ、どんなに速くてもゾンビはゾンビだし? 目の前の人間に向かって走ることくらいしかできないでしょ? びびび、ビビる必要なんてな……ひいっ!?」


 全力疾走が可能という新時代のゾンビの特徴を目の当たりにしつつ、それでも強がろうとする天であったが、主人公の乗っている車のボンネットに猛スピードで飛び乗ってきたゾンビの姿が画面に映し出された瞬間、その虚勢は一瞬にして消滅した。

 驚いた時の猫のようにその場で飛び上がり、全身に震えを走らせる彼女のナイスなリアクションに苦笑しながら、零は早速、天のことをからかってみせる。


「ビビってるじゃん。おもっくそビビりまくってるじゃん」


「う、うっさいわね! これは、あれよ! ゾンビにビビったんじゃなくって、音とか映像で不意打ちをくらって驚いただけよ!! いきなりでっかい音が鳴ったら誰だって驚くもんでしょ!?」


 わーぎゃーと、零からの弄りに対してやかましく反応する天。

 完全にビビり散らかしている彼女だが、やはり年上の女性として怖がる自分の姿を見せたくないのか、強がることに必死だ。


 スプラッター描写も控えめでゾンビたちの外見もそこまでグロテスクというわけではないが、やはり苦手な人はこれでも十分に怖いものなんだなと、ある程度の耐性を持つ零はそんな天たちとは対照的に映画を楽しんでいたのだが、そこで自身の左腕に違和感を感じ、ちらりと横方向を見やった。


 拳を緩く握った状態で、体を軽く支えるようにして床につけられている零の左腕。

 今、ほぼフリーな状態のそこに、縋り付くようにして有栖が自身の両腕を回しつつあった。


「ひぃ、あ、あぅ……!!」


「あ? あ~……? んん……?」


 恐ろしい内容のゾンビ映画から目を離せずにいる有栖は、その恐怖から逃れるためにほぼ無意識下で近くにあった零の腕に縋り付いているようだ。

 最初は軽く腕を両手で握るくらいのものであったが、映画が徐々に盛り上がりを見せていく中でどんどん彼女の体と零の左腕との接着面積が増えていく。


 映画の登場人物たちがゾンビに襲われて犠牲になっていく度に、ゾンビ映画の醍醐味である人間関係の不穏さが深まっていく度に、零に縋り寄って心の中の不安を誤魔化そうとする有栖は、段々と体を彼の近くへと移動させている。

 気が付けば、零と彼女との間にあった距離は消滅し、有栖が彼の左腕を抱き締めながら体を寄せ合う状態になっていた。


「ひっ!? うぅぅ……っ!!」


 なにか怖いシーンが流れる度に、悲鳴を上げて体を強張らせる有栖が安心感を求めるようにして零の腕を抱き締める。

 薄いパジャマしか身に纏っていない彼女がそんなことをすれば、同じく剥き出し状態の零の腕に、有栖の慎ましやかながらも確かに存在する胸の膨らみが伝わってきた。


「う、おっ……!?」


 ふにっ、という柔らかい感触を左腕に感じた零が、小さな声で呻く。

 失念していた……というより、考えないようにしていたという方が正しいのかもしれないが、キャミソール型のパジャマを着ている有栖はスイ同様その下に下着の類を身につけていないのではないかという可能性に気が付いてしまった彼の頭の中に、『Bカップ』という単語が駆け巡る。


 間違いなく幸運な状況ではあるし、怯える有栖を振り払うつもりは一切ないが、流石に若い男女がこんな密着状態であり続けるだなんて色んな意味でよろしくないだろう。

 映画に気を取られ過ぎて有栖が気が付いていないなら尚更の話だし、どこかのタイミングで指摘しないとマズいな、と考える零であったが、そんな役得状態の彼へと第二の刺客が迫る。

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