ありがとう、母さん
「ぎょえぇっ!? ど、どうして自分の存在がバレたんすか!? 完璧に気配は消してたはずなのに……!!」
「いや、モロバレっすからね? それで隠れてる気になるとか、ちょっとどころかかなり無理がありますから」
「ぬひぃ……!」
先程から玄関の方で慌ただしく感情の起伏を荒げていた人物、梨子へとそう告げた零が苦笑を浮かべる。
有栖の口から、プリンを作った人間の1人として彼女の名前が挙がっていた時点でここに来ていることを予想していた零は、呆れた口調で更に言葉を重ねていった。
「どうせ『地雷踏む原因作った自分が坊やの前に出るのも申し訳ないし、ここは同期の仲間たちとてぇてぇした方がいいだろうから、出ていかないようにしよう』とか思ってたんでしょう? でもなんだかんだ気になっちゃうから帰ることも出来ないでずっとそこにいた、と……」
「あひぃ……! ば、バレてる。存在から思考まで何から何まで看破されてる……ヤダ、私の息子、頭良すぎ……!?」
「あなたの思考が分かり易過ぎるだけですよ。ったく、妙に図々しくなったり、蚤の心臓になったり、本当に感情の起伏が激しい人なんですから」
面目なさげに涙を流し、どよ~んとした雰囲気を放つ梨子へと視線を向け、扉の向こうから半分だけ姿を見せている彼女の様子に大きな溜息を吐いた零は、顔を顰めながら小さな声でこう告げた。
「……とっとと入ってくださいよ。プリン、食べるんでしょ?」
「へ? で、でも、やっぱ自分が入ると混ざるな危険みたいな雰囲気になるかもだし、あんまりプリン作りで貢献出来た覚えもないし……」
「そういうの、どうでもいいっすから。みんなで食べないと意味ないんすよ」
未だに部屋に入れず、もじもじとしながら言い訳を重ねる梨子にそう言いつつ、彼女に背を向ける零。
先にリビングへ向かった3人の後を追いかけるように歩き出した彼は、その途中で足を止めると、ぼそりと呟くようにして梨子に素直な気持ちを告げた。
「……俺のために苦手な料理をしてくれたこと、感謝してるんすから……一緒に食べましょうよ、母さん」
「!?!?!?」
その一言にぎょっとする梨子を玄関に置いて、今度こそリビングへと向かう零。
小走りになって彼の背に追い付いた有栖は、小さな声で数時間前の梨子についての話を零へと聞かせる。
「あのね、みんなでプリンを作って、零くんと一緒に食べようって案を出してくれたのも加峰さんなんだよ。不器用だったかもしれないけど、半べそかきながらプリン作りにも一生懸命取り組んでくれてたし、誰よりも頑張ってくれてたと思う」
「わかってるよ。だからこそ、本気で感謝してるし……嬉しいんだ」
ぎゃあぎゃあと騒ぎながら、上手く出来ないと弱音を吐きながら、それでも零のためにと必死に苦手な料理に取り組んでいる梨子の姿は、容易に想像することが出来た。
血は繋がっていないが、それでも本物の母よりも自分のことを想い、大切にしてくれる梨子の行動に素直な気持ちを吐露した零は、改めて自分の隣を歩く有栖に視線を向けると、ほんの少しだけ頬を赤らめながら感謝の言葉を口にした。
「……ありがとう。俺のためにここまでしてくれて、本当に嬉しいよ」
「零くんにそう言ってもらえて、私たちも嬉しいよ。さあ、みんなで一緒にプリン食べよう!」
「ああ、そうだね」
リビングから聞こえるかしましい声と、背後から聞こえる泣き声+どたどたというやかましい足音を耳にしながら、零が苦笑を浮かべる。
それでも、これから楽しい時間を大切な人と過ごし、その思い出を共有出来ることを心の底から喜んだ彼の顔は、どこか晴れやかだった。
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