おひつじ座、怒る


 ――それは耳にしたものがゾッとするほどに冷え切った声だった。

 感動的な雰囲気に冷や水をかけるように、全てをぶち壊すように、静かな怒気に満ちた声が配信に乗る。


 この場にいる全員、実際に彼女と相対しているわけではないのに……どうしてだか、背筋に寒気が走った。

 目の前で煮詰めに煮詰めた憎悪を向けられているような、実際はこの場にいるわけでもないはずの彼女の姿がすぐ近くにあるような……誰もがそんな感覚を覚える中、再び同じ言葉が繰り返される。


『なんでこんな雰囲気になってるんですか? どうしてもう、大団円みたいな空気になってるんです?』


『……芽衣ちゃん』


 枢を除く【CRE8】2期生最後の1人、羊坂芽衣。

 たらばやリア同様に愛鈴の公開説教配信に駆け付けてくれた彼女であったが……その雰囲気は、普段の優しくふわふわとしたものとはかけ離れていた。


 柔らかさや気弱さを感じさせるか細い声は氷のナイフのような冷徹さと鋭さを秘め、その切っ先は真っ直ぐに同期たちへと向けられている。

 自己紹介もせず、誰に何の遠慮もする様子も見せず、ただ淡々と愛鈴たちを詰るような雰囲気を見せる彼女は、刃物と化した言葉を同期たち目掛けて放った。


『花咲さんも、リアさんも、愛鈴さんも……なんで何かを解決した気持ちになってるんですか? まだこの問題の根本的な部分に触れてないのに、そのことを指摘すらしていないのに、どうして感動的な雰囲気で全部を終わらせるみたいな空気になってるんです?』


『………』


 無言、何も話すことが出来ない。

 実際に顔を合わせた時には小さく臆病な少女としか思えなかった有栖が、今はとても大きく恐ろしいものに思えている。


 重圧とも、威圧感とも、そういったものとは何かが違う。

 静かで冷静な青い炎のような怒りを燃え上がらせる彼女の声からは、本気の憤りが感じられていた。


『この配信、私たちが本気で話し合う場なんですよね? 決して、お涙頂戴のやり取りで迷惑を掛けたファンの皆さんの目を誤魔化すためのお芝居を披露する場所じゃないですよね? なんでごめんなさいなんてし合ってるんですか?』


【芽衣ちゃん……だよね? この声、そうだよね?】

【多分そう。でも普段と雰囲気が違い過ぎて怖い】

【こんな芽衣ちゃん見たくない……本気で怖い……】


 ファンたちの間にも、普段とあまりにも様子が違う羊坂芽衣の雰囲気に動揺が走っているようだ。

 先の愛鈴とリアの感動的なやり取りを真っ向から否定した有栖は、そういった周囲の反応もまるで気にしないままに淡々とした冷たい声で問題点を指摘していく。


『愛鈴さんとリアさんが和解出来たことは本当に嬉しいと思ってます。でもそれ、配信に乗せる必要ありますか? 本当にこの配信の趣旨と合っていますか? 1番触れなきゃいけない部分を放置して仲良しごっこするんだったら、それこそ裏でやるべきなんじゃありません?』


『な、仲良しごっこだなんて、そんなつもりは……! わ、わーたちは、本気で――』


『ええ、ええ。本気で思ってることをぶつけたんですよね? わかってます、わかってますよ。でもねリアさん、この配信で1番大事なのって私たちの気持ちじゃないんです。この配信を観てくれてる皆さんが、納得してくれるかどうかなんですよ』


 あんまりなその言葉に反論しようとしたスイをぴしゃりと遮った有栖が、彼女に言い聞かせるようにして言う。

 そのまま、有無を言わせぬその迫力に声を詰まらせた彼女に向け、有栖は更に言葉を続けた。


『私たちが本音を言い合ってすっきりするだけで2期生としての活動がつつがなく行えるようになるのなら、こんな配信する必要はないんです。さっき言った通り、そんなことは裏でやればいい。じゃあなんでこの配信をしてるのかっていったら、愛鈴さんの駄目な部分を私たちが自ら指摘して、皆さんの代弁をすると共に改めて反省を促すためでしょう? ファンの皆さんが思っていることを、愛鈴さんに直接言える立場の私たちが指摘する。その上で、その意見に対して彼女がどう反応するかを見て、そこから彼女が本気で反省しているかどうかを確かめるための配信の場なんじゃないですか、これは』


『……その通りです。羊坂さんが仰っていることが、正解です』


『そうですよね? ……なのになんで誰も愛鈴さんの最大の問題点を指摘しないんですか? 花咲さんはそのためにこういった場をセッティングしたんですよね? なら、まず真っ先にそのことを叱責するべきだったと思います。言葉を選んで、愛鈴さんを傷付けないように気遣う必要は、この状況ではありませんよ』


『……うん、そうだね。ごめん、芽衣ちゃん』


【怖いよ。これ以上ラブリーを追い詰める必要なんてないじゃん。もうやめようよ、芽衣ちゃん……】 

【俺は芽衣ちゃんを支持するぞ。1番言わなくちゃいけないことっていうか、聞かなきゃいけない部分がまだ聞けてないとは俺も思う】

【俺も芽衣ちゃんに止めろとは言わん。むしろ優しい芽衣ちゃんをここまで鬼にした状況を反省しろって愛鈴たちに言いたい】


 賛否両論のコメントがファンたちの反応として流れ続けている。

 しかし有栖はそんなことも気にしない。コメント欄に目もくれない。


 天をはじめ、公開説教配信という過激な企画に生温い空気を作り出してしまった3人に厳しい追及を行った彼女は、一呼吸置いた後に一切ぶれない口調でこう言い放った。


『誰も言わないみたいだから、私が言います。愛鈴さんは、ましたよね?』


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