柔軟体操、たらくるの場合
『え゛っ……!? いや、俺は補助なしでも普通に柔軟出来てますし……』
『駄目だよ~! 自分では知らず知らずのうちに手を抜いちゃってることがあるんだから、怪我しないためにもしっかりやっておかないとね~! 前屈は問題なさそうだから、脚を開いた状態でやってみようか!』
『そう、だよ……枢くんも、私が味わった地獄を体験してみればいいんだ……!!』
『芽衣ちゃん、なんか発言が物騒過ぎない!? って、たら姉マジでタンマ! ちょ、せめて心の準備を――』
床に這い蹲りながら怨嗟を込めた眼差しを向ける有栖の前で、沙織に背を押される零。
先程目の当たりにした結構容赦のない押しっぷりに恐怖する彼の背後で満面の笑みを浮かべた沙織は、全身を使って思いっきり零の背を前方へと倒していく。
『いっくよ~! そりゃ~!!』
『んぎっ!? ぐおっ……!?』
ぐぐぐっと背中を押された零が、体の中に響く関節の軋む音を感じながら悲鳴を上げる。
両脚に走る痛みに顔を顰める彼は、思っていたよりも弱いその感覚にちょっとだけ安堵の気持ちを抱いた、のだが……同時に、自分がまた別の驚異に晒されていることに気付いてしまった。
『ほらほら~、股の開きが甘いよ~! もう少しこう、がっと開く!!』
『んぎっ!?』
両腕を使い、零の脚を更に大きく開かせながら、沙織が体重を乗せて彼の背中を押す。
……そう、腕を彼の脚を開かせるために使っている彼女は、上半身を背中に乗せるような形にして体重を以て彼の背を押しているわけで……それはつまり、零の背と彼女の胸が密着することを意味していた。
『ちょ、たら姉、待って……! これ、ヤバ……!!』
『我慢我慢! もう少しで最後までいけそうだし、このままチャレンジしてみよう!!』
それはもう準備運動の域を超えて、何か別の目的になっているのでは……という突っ込みを入れる余裕すら、今の零には存在していない。
段々と自分の限界を超えつつある股関節の痛みと、背中に触れる柔らかい2つの山の感触を堪えることで精一杯の状況だ。
【くるるんのセンシティブな悲鳴助かる】
【受け枢、アリだな……】
【ほら、もっと股を開くんだよ!!】
【お姉さんに言われるがまま脚を開くくるるんの姿、見たかった……!!】
唯一の幸運は、この姿をリスナーたちが見ることが出来ないということ。
万が一にもこの密着具合が配信に乗って放送されてしまったら、また新しい火種が生み出されることになってしまう。
3Dモデルを持っていなくてよかったと思いながらも、事態の解決には一切近付いていないことに焦燥する零。
そんな彼の焦りなど露ほどにも知らない沙織は、満面の笑みを浮かべて更に体重をかけてくる。
『よ~し、こうなったら最後まで行くさ~っ! せーので、いくよ! せ~のっ!!』
『待っ――!!』
両手を肩に乗せ、全体重を用いて、零の背中へと上半身を覆い被させる沙織。
上から押し潰されるようにして彼女に圧し掛かられた零は、自分の背中でぐにゃりと潰れるたわわな果実の感触に声にならない呻きを漏らした。
――それは、胸というにはあまりにも大き過ぎた。
大きく、柔らかく、重く、そして無防備過ぎた。
それは、正に……たらばのたわわな南国果実であった。
『う、うごご、ご、ごごぉ……!!』
『うん! これで準備運動はバッチリだね! さあ、本番やってやるさ~!』
「だ、大丈夫……? ご、ごめんね、流石にここまでやるとは思ってなくて……」
1人の青少年の精神をギリギリまで追い詰めたことなど一切気が付かない沙織は、柔軟の体勢のままぴくりとも動かない零を放置してゲームを進めていく。
開いた脚の間にある床へと上半身をぺたりとくっつけたまま微動だにしない零のことを心配した有栖がこっそりと声をかけてみれば、この数分で非常に体が柔らかくなった彼が、今にも泣きそうな顔をしながらこう返した。
「だい、じょうぶ……ただちょっと、人として大事なものを失いかけただけだから……」
「???」
彼の言っていることはわからないが、きっとなにか壮大な戦いが今の柔軟運動の最中で起きていたのだろう。
理解のある嫁である有栖は、そう語る零にこれ以上詳しい事情を説明することは求めず、ただ激戦を制したであろう彼が持ち直すまで、その傍で優しく見守り続けるのであった。
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