この人が親で、よかった?


「まあねえ……でも、デザインを描いてて楽しいって思うことの方が多いけどな、私は」


「自分も推しに自分好みの服を着せられるって考えたら楽しくはありますよ! 行き場のない母性をVtuberとして生み出した子にぶつけられるってのも考え方によってはラッキーみたいなところもあるっすし! でも今回は我が子が注目され過ぎて、ママも超プレッシャー感じちゃってるっす!」


「あ、あははははは……」


 薫子と梨子の言い方はかなり違うが、意見としては「大変だが楽しい」というもので一致しているようだ。

 ここまでのデザイン画を見る限り、性格は別として梨子の絵描き兼デザイナーとしての腕前はかなりのもののように思える。


 その技量もさることながら、絵描きの仕事を楽しんでやっているという部分が共通しているからこそ、薫子は彼女に所属タレントのデザインをはじめとする重要な仕事を任せたのかなと、梨子の人柄を把握し始めた零は、少しずつではあるが彼女を見直し始めていた。


「なんつーか、ありがとうございます。俺のために、ここまでしてもらっちゃって……」


「いやいやいや! これが自分の仕事っすし、そもそも完成させてない時点で迷惑をかけてるのはこっちの方ですし……それにまあ、その、なんて言うか……我が子のために一生懸命になるのは、ママとして当然のことじゃないっすか」


 零からの感謝の言葉に対して、梨子はそう照れくさそうな表情を浮かべながら言った。

 メンタルの弱さや性格の部分に問題こそ抱えているが、決して彼女は悪い人物ではない。

 この人が自分の、蛇道枢の生みの親で本当に良かった……と、気恥ずかしそうに笑う梨子の顔を見ながら、零が考えていると――


「感動的なやり取りのところ申し訳ないんだがねえ……梨子、こりゃなんだい?」


「え? あっっ!!」


 甥と社員の会話を放置し、次のデザイン画を確認していた薫子が眉間にしわを寄せながら梨子へと詰め寄る。

 彼女がテーブルの上に置いたタブレットの画面に表示されている絵を目にした梨子は、その瞬間に表情を一気に引き攣らせながら苦し気な悲鳴を上げた。


「いや、あの、これはですね! ちょ、ちょっと迷走してた時期に描いたやつというか、なんというか……」


「んん? どんな感じのやつなんすか? ちょっと俺にも見せてくださいよ」


「ちょっ! 待って! 坊や、いい子だからママの言うことを聞いてっ!!」


 叔母をここまで怒らせ、生みの親をここまで狼狽させる出来のデザイン画の中身が気になった零が制止する梨子の声を振り切ってそれを確認してみれば、あまりのひどさに思わず盛大に噴き出してしまった。

 なんとまあ、そこに描かれていた蛇道枢の姿は、黒いブーメランパンツ一丁というあまりにもシンプルが過ぎる格好だったのである。


「ぶっっ!? か、加峰さん? ど、どうしてこんなデザインの衣装を……?」


「い、いや~! これはその、ね!? 色々と考えてどん詰まりになっちゃってたから、いっそネタに振り切ってしまおうって考えて作ったデザインなんすよ! こういうのを喜ぶ層も多そうだし、乳首の問題も光らせることで解決しつつ話題を呼ぶっていう、割とガチ目に工夫が施されたデザインで――」


「ほう? ネタ? 迷走? そうかいそうかい。まあ、1つくらいはそんなものがあってもおかしくはないだろうね」


「ででで、でしょう? こ、この時はちょっと自分でもわけわかんない状態になってたな~! あ、あははははははは……!!」


 ボディビルダーが如く、ムキムキの筋肉をいからせながら実にいい笑みを浮かべている枢のデザイン画を目にしながら、そんな梨子の言い訳を聞いていた零であったが……薫子がその手からタブレットを取り上げると、次なるデザイン画を梨子へと見せつけながら厳しい追及を繰り出した。


「そうかい。なら、このデザインはなんなんだい? 見たところ、1つ前のブーメランパンツとほぼ変わらないように見えるが?」


「げふっ! ごほっ!! ごふぅっ! いいいい、いや、あのその、これも迷走してた時期に描いたやつで……!!」


 筋肉ムキムキ、満面のスマイル、ほぼ全裸に等しい格好という3つの要素を綺麗に一致させた4つ目のデザイン案には、ふんどしを履いた枢の姿が描かれていた。

 心なしか、背面に描かれている尻の部分にこれまで以上の熱意が込められているように見えるその絵を薫子から見せつけられた梨子は、分かり易過ぎるくらいに狼狽すると同じような言い訳の言葉を口にする。


 ……が、しかし――


「そうかいそうかい。まあ、迷走してた時期が長ければそうなるもんだよねぇ……ちなみになんだが、この次も、そのまた次も、その次だって似たような衣装なんだが……これはどういうことだい、梨子?」


「あ、あひぃいいぃいいっ!?」


 原始時代の人類を思わせる腰みの衣装。

 股間と両胸に木の葉を張り付けただけの、お笑い芸人がコントで使うような衣装。

 先に出したブーメランパンツやふんどしの衣装も含めて、梨子のタブレットの中には彼女が描いたほぼ裸といって差し支えのない蛇道枢の水着衣装のデザイン案が数えきれないくらいに残されている。


 逆にどうやったらここまでギリギリを責めるような衣装を考えられるのだと、最早水着としての体を成していない数々の衣装案を目にした零が唖然とする中、怒りのメーターを振り切らせた薫子は、鬼のような形相を浮かべると怯え竦む梨子へと大声で怒声を浴びせた。


「あんたさては、男の裸を描いて現実逃避してたね!? まともにデザインされてたのは最初の2つだけじゃないか!!」


「ひいいいいいいっ! ちが、違うんですよぉ~! これにはマリアナ海溝よりも深~い理由があってぇ……」


「じゃあその理由を説明してごらん? しっかりたっぷり、最後まで聞いてあげるよ」


「ぐぴゅぅ……!! ぼ、坊や~? ま、ママを助けてもらえるよう、薫子叔母さんにお願いしてくれませんかね~?」


「……ちょっと見直し始めてたんだけどなぁ……なんつーか、上げて落とされたみたいなショックがありますよね……」


「坊や!? そんな目でママを見ないで!! もうママにはあなたしか(味方が)いないの!!」


 前言撤回、先程感心した自分の気持ちを返してほしいと言わんばかりの冷めた目で自分を見つめる零の姿に、梨子が号泣しながら彼へと縋り付く。

 恋人に別れ話を切り出された女性が、必死にそれを拒もうとしているみたいだな……と、昼ドラの1シーンのような光景が目の前で繰り広げられていることに嘆息する零は、おいおいと泣きながら自分に泣きつく梨子に対して、どうしたもんかという感情を抱き始めた。


「お願いだから駄目なママを見捨てないで~! これからはお仕事も頑張るから! お部屋も毎日掃除するから! 一生懸命頑張っていいママになるから~っ! だからママを置いて行かないで~!! お~いおいおいおいおい!!」


「……この人が生みの親で、本当に大丈夫なのかなぁ……?」


 ついつい漏れてしまった本音も、今の梨子の耳には届いていないようだ。

 悪い人物ではないが、決して立派な人間というわけでもない自身の生みの親の人間性に引き攣った笑みを浮かべながら、彼女に炎上するかどうかの運命を握られている零は、同じく呆れている薫子と目を合わせて、一緒に大きな溜息を吐くのであった。

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