短編・くるめいデートデー!!
甘酸っぱい、2人
……とある日曜日の、午前10時頃。
【CRE8】社員寮の入り口でスマートフォンを片手に時間を確認している零は、異様な緊張感に心臓の鼓動を速めていた。
表面上は平静を装い、気楽にスマホを弄っているように見せているが、内心ではかなり動揺している。
ちらり、と壁にもたれ掛かったまま視線を横に向け、近くの窓ガラスを鏡代わりにして自分の格好を確認した零が、もう何度目かわからない服装のチェックを行っていると、社員寮から出てきた小柄な少女が彼へと声をかけてきた。
「あ、あの……お待たせ、しました……」
背後から聞こえたか細い声に、びくりと反応する零。
必死に呼吸を整え、何でもない風を装いながら振り返った彼が目にしたのは、なんとも可愛らしい格好をした有栖の姿であった。
白い半袖のレースブラウスに、膝を隠す程度の丈をした淡いグリーンのスカートを履いている有栖の格好は、彼女の可愛らしさを存分に引き出しながらも非常に落ち着いた纏まりのあるコーディネートになっている。
そこにスカートと同じ色のポシェットを薄いレースから透けて見える肩から掛け、更に頭にちょこんと同色のベレー帽を乗せた有栖から上目遣いで見つめられた零は、その破壊力に暫し呆然としたまま言葉を失ってしまった。
「ご、ごめんね、出掛ける準備に手間が掛かっちゃって、待たせちゃったよね……?」
「あ、い、いや。大丈夫だよ。俺も今来たところだし」
そんな申し訳なさそうな有栖の言葉にはっとした零が、ぺこぺこと頭を下げる彼女にお決まりの言葉を投げかける。
約束の時間を多少遅刻してしまった彼女はそれでも罪悪感を覚えているような顔をしていたが、続けて零が発した言葉にその表情を一瞬にして変化させた。
「服、似合ってるね。有栖さん、センスいいと思うな」
「ふぇっ!? あ、ありが、とう……」
突然の褒め言葉にぽんっ、と音が鳴るくらいに顔を真っ赤にして俯く有栖。
男性から容姿や服のセンスを褒められる経験などなかった彼女は、分かり易いくらいに照れの感情を露わにし、もじもじと恥ずかしそうにしている。
取り合えず、待ち合わせ場所にやって来た女の子の服装は褒めておけ、という薫子の助言に従っただけの零ではあるが、その褒め言葉も決して無理に捻り出したものというわけではない。
多少の贔屓目を抜きにしても本当に今の有栖は可愛らしく、服のチョイスも彼女の雰囲気にぴったりと見合った代物だと、心の底からそう思っていた。
「あ、で、でも、私が1人でこれを選んだわけじゃなくって、喜屋武さんにも手伝ってもらったの。この帽子も、きっと似合うからって貸してもらった物だし、私のセンスがいいわけじゃあないから……」
「それでも、きちんとその服を着こなせてるんだからいいじゃない。ちゃんと可愛い女の子してましたよって、薫子さんには報告しておくよ」
「か、かわっ!? あんまりからかわないでよ、零くん……」
再び顔を真っ赤にした有栖が、蒸気機関車よろしく頭から湯気を放つ。
別にからかっているわけではなく、純粋な気持ちで彼女を褒めていた零だが、それを口にすればそのまま有栖が卒倒してしまいそうなので、敢えて黙っておくことにした。
それに……自分だって、本当のところは彼女と同じく緊張しているのだ。
こうして有栖と出掛けるにあたって、ぐだぐだにならないように彼女をリードするように振る舞っているが、零だって女の子と2人きりで何処かに行くだなんて経験は初めてである。
同年代の男女が、2人で、同じ場所へと出かける。
これはつまり、俗にいうデートというやつであり、中学高校と学生時代にそんな甘酸っぱいイベントとは無縁だった零と有栖にとっては、当然ながら初体験となる行為だ。
どこに行って、なにをするのかは既に決まっている。
その
「そんじゃあまあ、そろそろ行こうか? このままここで立ち話を続けるわけにもいかないしさ」
「う、うん……あの、その、今日は、どうぞよろしくお願いしゅま、あぅ、噛んじゃった……」
自分よりも大分緊張していそうな有栖の様子に苦笑しながら、やっぱり今日は自分がリードしていくしかないなと改めて零は思う。
どこかぎこちなさを残しながらも2人並んで歩くその姿は、誰がどう見ても甘酸っぱい雰囲気を放つ、付き合いたてのカップルそのものだ。
さて、ここまで話を進めたところで、根本的な疑問を抱いている方もいらっしゃることだろう。
そもそもどうして、零と有栖はデートをする羽目になったのか? という疑問がそれだ。
その疑問に答えるには、幾許か時間を巻き戻さなければならない。
事の発端はおよそ1週間前、【CRE8】本社内でとあるインターネットスレッドを見ながら零と薫子が会話をする場面へと遡る――
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