どうして、なんで


 その言葉を最後に、ぷつんと、映像が途切れる。

 エンディングの画像も音楽も無しに、普段とは全く違う性急な終わり方をした花咲たらばの配信が途絶えた後も、ライブハウスには静寂が満ち満ちていた。


 完全なる無音と、暗闇が支配する世界の中、ただ1人だけスポットライトに照らされながら李衣菜がステージの上に立ち尽くしている。

 その様子はまるで、2年前に沙織が去ってしまった時を髣髴とさせる物悲しい姿であった。


「……してよ」


 また、こうなってしまった。あの時と同じで、自分だけがこのステージの上に取り残されてしまった。

 最初から分かっていた結末だ。こうなることを承知の上で、自分は彼女との最初で最後のステージに臨んだんじゃないか。


 それでも……こうして全てが終わった後で現実と対面すると、堪えようのない寂しさと悲しさが胸に込み上げてくる。

 2年前のあの日と同じ、自分だけが取り残された苦しさと孤独感が心の中で爆発的に広がっていくことを感じた李衣菜の口からは、その感情が言葉となって溢れ出していた。


「どうして、どうしてよ……? なんでいなくなったのよ!?」


 これがプロとして、ステージに立つアイドルとして、芸能事務所に所属するタレントとして、相応しくない行動だということは理解していた。

 それでも、1度堰を切ってしまった想いは、言葉は、もう李衣菜自身にも止められない勢いを以て彼女の内側から溢れ出している。


 悲痛な叫びを上げ、感情のままに想いを吐露し、普段の雰囲気をかなぐり捨てて吼える李衣菜は、この叫びが沙織に届くはずもないと分かっていながら、多くのファンやリスナーたちの前で、彼女への想いを言葉にしていった。


「まだあんた、こんなに歌えるじゃない! 沢山の人の心を動かすような歌が歌えるじゃない! スタイルだって変わってなかった! あの日から、2年前から、あんたは何も変わってない……まだアイドル出来るじゃない! どうして急にいなくなったのよ!? なんで、私を置いて行っちゃったのよ!?」


 【SunRise】メンバーも、スタッフも、観客たちも、これが異常事態だということは理解出来ていた。

 涙を流しながら狂ったように沙織への想いを叫ぶ李衣菜の姿が平常な彼女の姿ではないことを分かっていながらも、誰も彼女を止めることはしない。


 もしかしたらそれは、彼ら彼女らが総じて抱いていた想いを、彼女が代弁してくれているように思えてしまうからなのかもしれなかった。


 李衣菜の言葉は、叫びは、【SunRise】と喜屋武沙織を知っていた者たちが2年前からずっと抱え続けていた疑問と全く同じものだ。

 いなくなってしまった彼女の口からその理由を聞きたかった。それが取るに足らない理由なら、またアイドルとしてステージに立つ彼女の姿が見たかった。


 未だに、彼らは夢見続けているのだ。喜屋武沙織というアイドルが魅せてくれた、眩いステージに再び立ち合えることを。

 だからこそ、その想いを自分たちの代わりに叫んでくれている李衣菜の行動を止めようとする者はおらず、最後まで抱え続けていた苦しみを彼女の吐き出させてやろうと考えてしまっているのかもしれない。


「あんたはやっぱり凄いわ。こんな形のステージでも、あんたと一緒に歌えて楽しかった……! 本当はもっとあんたと歌っていたかった! 2年前からも、これからも、あんたと一緒にステージ立っていたかった! こんな馬鹿な真似するくらい本気で……あんたと一緒にステージに立つことを望む女が、ここにいるのよ!! なのにどうして、どうしてあんたは……っ!?」


 端正で美しい顔を涙で濡らし、子供のように泣きじゃくりながら……李衣菜が叫ぶ。

 綺麗な歌声を紡いでいる声に本気の感情を乗せ、数々の思い出と自分自身の想いを乗せた叫びを吼える彼女は、何よりも親友に伝えたかったことを、この舞台の上で、大勢の人の前で、口にした。


「あんたが私に言った、2人で世界で1番のアイドルになるって夢……こっちはまだ、覚えてんのよ!! 荒唐無稽で、アホらしくて、身の丈を考えない無謀なその夢も……あんたと一緒なら叶えられるって、私は本気で信じてたのよ!! なのにどうして、どうしてよ? なんで私を1人にしたの? なんで私を置いていなくなっちゃったのよ? なんで何も言わずに消えちゃったのよ……? 私たち、友達じゃない! それなのに、どうして、どうしてよ……? 沙織……っ!」


 その場に崩れ落ち、静かながらも感情を込めた声で問いかけの言葉を口にした李衣菜の姿には、大袈裟のようには見えても演技とは思えない迫真さがあった。

 彼女が本気で、本心で、この言葉を口にしていると、その姿を目にした者が頭ではなく心で理解した瞬間、【SunRise】のライブ配信もまた唐突に途切れる。


 こうして、数々の波乱と予想外の事態を立て続けに連発した【SunRise】のデビューライブは、最後にはセンターである李衣菜が起こした放送事故で終了を迎えるという劇的な幕切れを迎えた。

 だがしかし、このライブは紛れもなく観る者たちの記憶に深く刻まれ、特に最後のステージは伝説のライブとして語り継がれるようになったのである。


 そして……零の思惑通り、この大波乱はまたしても大きなうねりを作り出し、多くの人々の心に訴えかける何かを生み出そうとしていた。

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