伝説の、幕開け


「みんな、ありがとーーっ!! この後もガンガン盛り上げてってねーーっ!!」


「ウオオオオッ! うーいっ! うーいっ! フウウウウウッ!!」


 ソロ曲を歌い終え、次に出番を控える李衣菜へとバトンを渡してステージから去っていく羽衣の背中に、ファンたちが熱狂のコールを投げかける。

 【SunRise】メンバーが順番にステージに立つソロ曲パートは、それぞれがそれぞれの個性を爆発させて観客を盛り上げるという、クライマックスに相応しい展開を見せていた。


 トップバッターの奈々が場を温め、続く静流がスタイリッシュに決める。

 そこから純度100%アイドルソングの恵梨香、他とは一風変わった雰囲気の祈里、グループ1の歌唱力を誇る羽衣と繋がっていけば、第3部自体の高い完成度と相まって、彼女たちのパフォーマンスはスタッフたちが想像していた以上の熱狂をファンたちにもたらしてみせた。 


 後はアンカーの李衣菜が受け取ったバトンをゴールまで運び、最後の6人での曲に繋げるだけ。

 彼女の技術なら、パフォーマンスなら、何も心配はいらないと、万が一にも失敗はないと確信しているスタッフと【SunRise】メンバーたちは、自分たちの思い描いていたライブが出来ていることに歓喜と興奮を抱いていた。


「お疲れ、羽衣。流石のパフォーマンスだったじゃん」


「当たり前でしょ。私を誰だと思ってるのよ? 奈々の方も、あんたにしては観客を盛り上げられたいい歌だったんじゃないの」


「こいつ、デカい口叩きやがって……!!」


 たった今、出番を終えて舞台袖へと戻ってきた羽衣へとミネラルウォーターを差し出しながら、奈々が労いの言葉を口にした。

 そんな彼女に対して憎まれ口を叩いてみせた羽衣だが、その声からは以前の言い争いの際にあった刺々しさや憎しみの感情は消え失せている。


 恵梨香の目には、彼女らが沙織がグループに在籍していた頃と同じ、お互いの力量を認め合ういいライバル関係に戻っているように思えた。

 沙織が【SunRise】から消えてから、少しずつズレてしまっていた奈々と羽衣との関係性が修復されたことを喜ぶ彼女の隣で、冷静に次の出番を待つ祈里が口を開く。


「次は李衣菜さんのソロですね。それが終わったら、6人でのラストナンバーでライブは終了です。と言っても、アンコールはあるでしょうが」


「そうね。あの子ならヘマもしないでしょうし、この勢いのまま、良い雰囲気でライブを終わらせるためにも、最後まで油断しないようにしなくちゃ」


 祈里の言葉に同意した静流が、他のメンバーたちの気持ちを引き締めるようにして注意を促す。

 同じく、その言葉を受けてメンバー一同が気合を入れ直す中、羽衣の出番が終わってからもなかなか李衣菜の歌が始まらないことに気が付いた恵梨香が、ステージの方へと振り返りながら訝し気な声を出した。


「李衣菜さんのソロ曲、まだ始まらないんですかね? 羽衣さんが戻ってきて、結構経つような気がするんですけど……」


「……本当だ。何かトラブルでもあったのかな?」


「ちょっと、ちょっと! ここで機材トラブルとか勘弁してよ! たった今、気合を入れ直したばかりじゃない!!」


 恵梨香の言葉で状況の不自然さに気が付いたメンバーが焦りと不安の感情を露わにする。

 クライマックスに向けて最も重要なタイミングである、センターのソロ曲で何らかのトラブルが発生したとあれば、ここまでの良い雰囲気が台無しになってしまうかもしれない。


 このまま李衣菜の登場が遅れれば、観客たちも違和感を覚え、騒ぎだしてしまう可能性がある。

 そうなれば折角修正されてきていたライブの空気がまたぶち壊されてしまう……と、彼女たちの胸に不安の感情が過ぎった時、真っ暗なステージを照らすようにして、スポットライトが光を灯した。


「り、李衣菜さん! よかったぁ……!!」


「な~んだ、勿体ぶってただけか。焦らせないでよ、もう!」


 スポットライトが照らすステージの上に立つ李衣菜の姿を目にした恵梨香と奈々が安堵の表情を浮かべる。

 何かに手間取ったのか、あるいはこれも演出の一環なのかは分からないが、どうやら問題なく彼女はステージで歌うことが出来そうだ。


 自分たちの心配も結局は杞憂だったかと、少し前までの不穏な空気を思い出して焦っていたことを馬鹿らしく思う2人であったが、どんな状況でも冷静な祈里はステージに立つ李衣菜の姿を見て、逆に不信感を強めたようだ。


「……変ね。この曲の演出は、こんな静かな始まりじゃあなかったはず。音楽も流れてきませんし、やっぱり何か妙ですよ」


「ええ、確かに……やっぱり何かトラブルがあったんじゃないかしら?」


 李衣菜のソロ曲は、ガンガン場を盛り上げるようなハードな曲ではないが、場を静かにするバラードでもない。

 どちらかといえば明るめの、観客たちと一体になってコールで盛り上げるようなアイドルソングだったはずだ。


 しかし、今のステージと彼女の様子を見るに、これからそういった曲を歌うような雰囲気とは思えない状況が作られている。

 もしかしたらここからMCでファンたちに感謝の気持ちを伝え、そこから歌に入るという可能性もあるが……それを、彼女がたった1人でステージに立っている状態でやるとは些か考えにくいだろう。


 やはり何かトラブルがあって、想定外の事態が起きているのではないか?

 そんな不安を再燃させた【SunRise】メンバーが不安気にステージに立つ李衣菜を見つめる中、多くのファンたちの視線を浴びる彼女が、マイクを通してこのライブハウスに集ったファンと、配信を見守る人々へとメッセージを飛ばす。


「……大変申し訳ありませんが、ここでプログラムの変更が入ります。今から歌う私のソロ曲は、別の楽曲に変更になりました。急な変更になってしまいましたが、ご容赦お願いいたします」


 その言葉に、観客席から僅かなどよめきが走った。

 クライマックスを目前としたこのタイミングで、プログラムの変更が入るという予想外の事態に驚くファンたちであったが、そういったサプライズもライブの醍醐味だと受け入れ、むしろ盛り上がる材料として受け止めてくれたようだ。


 わっと騒ぎ、李衣菜が何を歌うのかを楽しみにしながら彼女へと声援を送るファンたち。

 その一方で、全くそういった予定を聞かされていなかった【SunRise】メンバーたちは、急な変更に驚きを隠せないでいた。


「やっぱり何かトラブルがあったんじゃ……? それで、本来の楽曲が使えなくなったのかも……!」


「大丈夫なのかな? この後の私たちのラストナンバーに影響が出たりしない?」


「李衣菜さんならここで失敗なんかしないとは思うけど……でも少しだけ、不安だな……」


 この変更はやはり何らかのトラブルの影響なのではないかと奈々、羽衣、恵梨香の3人が不安を強めながらその感情のままに言葉を漏らす。

 そんな3人の不安気な声を聞きながらステージ上の李衣菜を見つめていた祈里は、彼女たちとはまた違った視点での不安を言葉として口にした。


「曲を変えるって……李衣菜さん、何を歌うつもりなんでしょうか? 私たちにもそこまで持ち歌があるわけじゃあないのに……」


 【SunRise】は5年間の活動を続けてきたが、ソロ曲という点ではあまり楽曲の数は多くない。

 今回のライブで李衣菜が歌うはずだった曲は彼女が持つ唯一のソロ曲であったはずだし、代えは利かないはずだ。


 この状況下で、何を歌うつもりだ……? と、変更後の楽曲についての見当が付かずに訝し気な表情を浮かべるメンバーであったが……その数秒後、彼女たちと、このライブを見守る観客たちの目が、驚きに見開かれることとなる。


「えっ……!?」


「なっ……!?」


「はぁっ!?」


 実際にこのライブハウスに居る者も、PCやスマートフォンの画面越しにライブを観賞していた者も、等しく同じように驚きを露わにしたに違いない。

 数万を超える人々を驚愕させ、己が目を疑わせるような光景が、李衣菜の立つステージの上に広がっていた。


「あれ、は……沙織さんの、配信? どうして、あんな映像が……!?」


 李衣菜の背後、そこに広がる大きな壁にプロジェクターで映し出された映像を目にした奈々が茫然とした呟きを漏らす。

 そこには、かつて李衣菜と共に【SunRise】のセンターを張っていた喜屋武沙織が転生したVtuber……花咲たらばの姿と、彼女の歌配信の画面が表示されていた。


「え? なにこれ? どういうこと? どうしてVtuberの配信が流れてるの?」


【はぁ? え? 何がどうなってるわけ? なんでこの配信がアイドルのライブに?】


 【SunRise】のライブに駆け付けたファンの困惑の声が、花咲たらばの配信を観ているリスナーの動揺のコメントが、現実リアル仮想空間バーチャルの世界を同じようにざわつかせる。

 いったい、これはどういうことなのか……と、事態が飲み込めない彼らに投げかけられたのは、ステージに立つ李衣菜ではなく、その背後に映る花咲たらばからの言葉だった。


『はい。じゃあそろそろ行こうかな。本日のラストナンバー……最後まで、聞いていってね』


 彼女の言葉を合図に、この場の空気がシンと静まり返った。

 困惑と、動揺と、どう形容すればいいのかがわからない感情と……予想外にも程がある事態を未だに受け止められずにいながらもただただ口を噤んだ彼らの耳に、静かなリズムの曲が響き始める。


 ぐるりと、丸い時計を1周した秒針が、59秒から0秒へと長針の足を僅か1歩だけ進めた。

 それは全ての合図。始まりと終わりを告げる、彼女たちにとって幸福で残酷な天使が告げるファンファーレ。


 現在時刻、21時57分00秒。後にこの瞬間を振り返った者たちは、口を揃えてこう語る。

 遠くて近い場所にいる2人のアイドルが作り上げる、5分にも満たない時間の、伝説のライブが始まった瞬間だった、と。

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