不発弾、裏切り者の存在


 おずおずとした態度で非常にシンプルな意見を述べた有栖は、3人が無反応であることにちょっとだけ怯えながら口を噤んだ。

 やはり、自分の意見なんて役に立たないのでは……と、己を卑下し始めようとした彼女であったが、その耳に零の弾んだ声が届く。


「それ、それじゃないっすか!? ファン同士の争いを止める方法は、この問題の矢面に立ってる喜屋武さんと【SunRise】のメンバーが話し合って和解すればいいんですよ! なんでこんな単純なことに気が付かなかったんだ!?」


 有栖の意見は、零にとって正に天啓であった。

 ずっと末端の部分ばかり見て、細やかに分かれ、無数に存在するファンたちをどう止めるかということばかりを考えていたが、楽な方法はそれとは真逆の道だったのだ。


 下の人間ではなく、上の人間同士が話し合い、落としどころを見つけて、和睦を締結する。

 太古の戦争でも、国同士の話し合いでも、ビジネスの場でも、各グループを代表している人間同士が和解すれば、下の人間だってそれに従わざるを得なくなるだろう。


 自分たちが推しているタレント、アイドルが和解を迎えたというのにそれを無視して相手に火を放った場合、悪いのは相手の代表ではなくその攻撃を行った個人という見方に自ずと切り替わる。

 ファンを装ったアンチが破壊活動を行おうとも、大多数のファンたちが手出しをしない限りはその被害はたかが知れたものになるであろうし、そういった面での炙り出しも可能になるはずだ。


 有栖が述べた逆転の発想に目を輝かせた零が、その案を実行しないかと薫子へと視線を向ける。

 大いに期待が出来る案ではないかと、希望に満ち溢れた眼差しを叔母であり、社長でもある彼女へと注ぐ零であったが……薫子の方は渋い表情を浮かべると、残念そうに首を左右に振って有栖の意見を却下する意向を示した。


「……駄目だ。というより、無理」


「なんでだよ、薫子さん!? 悪くない……ってか、めちゃめちゃいい案だったじゃないっすか!!」


 まさか、彼女がこの意見を却下するとは思わなった零が、珍しく彼女に食い下がってみせる。

 自分に似た頑固な一面を発露された甥の様子に溜息を吐いた薫子は、端的に、短い言葉で、零へと逆に質問を投げかけた。


「和解するって、どう話をつけるつもりだい? どういう方法で【SunRise】と話し合うと?」


「どうって……普通に話をすりゃあいいじゃないですか。喜屋武さんと小泉さんは顔見知りだ、話をしようとすればすぐに出来る。この炎上を収めるためだったら、【ワンダーエンターテインメント】だって協力してくれるはず――」


「そうじゃないよ、零。仮に沙織と【SunRise】のメンバーとが話し合うことが出来たとしてだ……それをどうやってファンに公表する? どこまで彼らに真実と情報を公開するつもりだい?」


「えっ……?」


 薫子の更なる質問を受け、返答に困る零。

 普通に考えれば、話し合いの重要だと思われる部分を全て公開して、SNSをはじめとした各サービスを用いてその情報を公表すればいいのではないか? と考える彼の思考などお見通しだとばかりに咳払いをした薫子は、その問題点を指摘し始める。


「いいかい、零? もしも、仮にだ、今回の一件にまつわる全ての情報を開示して、話し合いの内容も詳しく公表することになったとしよう。その場合、当然ながら話は2年前の沙織がアイドルを引退した事件にまで波及する。付き合っていた恋人に襲われたのではなく、凶暴化したファンに襲撃されたことで引退を余儀なくされたという情報が出回ったとして、それで【SunRise】のイメージがそのままでいられると思うかい?」


「あっ……!!」


 そこまで言われて、零もようやくこの事件の最大の癌とでも呼ぶべき存在に気が付いた。

 2年前の事件、沙織が暴徒と化したファンに襲われた忌まわしい事件の裏には、黒幕とでも呼ぶべき存在がいる。

 虚実を巧みに使い分け、沙織のイメージを低下させ、彼女さえいなければ【SunRise】はデビュー出来ると嘯くことでファンを激情に駆らせたその人物の正体は……沙織が所属していたアイドルグループの内の誰かという話だ。


 沙織の引退理由を含む全ての事実を公表した場合、どんなに隠そうとしてもその情報も表に出てしまう。

 2年前のセンターの脱退と、そこから続くデビューの延期が全てメンバー間の内輪揉めが原因であったという事実が露見したら、【SunRise】のイメージはガタ落ちだ。


 更に、『花咲たらば』の魂としてその存在が認知され、その上隠そうとしていた首の傷についても公表されてしまった沙織のことを、ファンたちが過剰に可哀想がるかもしれない。


 信じていた仲間に裏切られ、アイドルという夢を諦めざるを得なくなった彼女が、新たな決意を胸にVtuberとして帰還するや否や再びその傷を抉られる痛みを味わわされる羽目になったとくれば、誰だって彼女のことを被害者として見ることになるだろう。


 問題は、そうなった沙織の存在を盾に、【SunRise】を叩こうとする者が絶対に現れるであろうということ。

 残ったメンバーである6人の中の誰かが、2年前に彼女を陥れた上でのうのうとグループに居座っているとなれば、Vtuberのファンもアイドルのファンも怒りを覚えて当然だ。


 その義憤に身を任せ、【SunRise】のメンバーを叩いたり、詳しく事件の情報を集めて公開したりする者が出現したら、彼女たちのイメージ失墜は免れない。

 まず間違いなく……今回のデビューも流れることになるだろう。


「……さっきも言った通り、この問題は触れないと解決しないが、触れることにも大きなリスクがある。グループ内の裏切り者という特大の爆弾が、2年前の事件の真実を公表することを困難にしているんだ。最悪、【SunRise】が空中分解しかねないリスクを背負うくらいなら、デビューライブ配信を荒らされることを覚悟して口を噤んでた方がいい。【ワンダーエンターテインメント】は、そう考えるはずさ」


「でも……っ! いつかは知られることになる真実じゃないですか!? 遅かれ早かれ明るみになる話なら、早い方が良いでしょう!? それに、裏切り者が本当に【SunRise】の中にいるとは限らないじゃないっすか! 2年間なにも起きずにグループが存続し続けてきたんだ、裏切り者がいるっていう情報自体が間違いって可能性も――!」


「だとしてもだ。今はタイミングが最悪なんだよ。2年前の事件の情報が明るみになれば、犯人の動機に辿り着く者だってすぐに現れる。【SunRise】内にメンバーを中傷する裏垢を持つ者がいるという話は、今はまだ噂程度の話で済んでいるが……ここに2年前の事件が加われば、その噂も一気に真実味が増す。そうなったら、ファンたちの間で犯人探しが始まることになる。デビューを目前に控えた【SunRise】のイメージダウンに繋がる行為を、所属事務所が許すはずがないんだよ」


 これがデビュー後の話であったなら、まだ考える余地はあった。

 過去の事件についての反省を促し、秘密裏にこの問題を処理し、解決に向けて動くだけの余裕があったかもしれない。


 あるいは、【SunRise】が全く注目されていない状況だったならば話は更に簡単だったかもしれない。

 【ワンダーエンターテインメント】が極秘で調査を行い、件の裏垢の持ち主を特定して、その人物を放逐すれば……メンバーこそ減ってしまうものの【SunRise】はなんの憂いもない状態で活動を再開出来たのだから。


 だが、今はそのどちらでもない。

 多くの人々からの注目を浴び、中には彼女たちを敵視する者の姿も見受けられる中、ファンたちが待ちに待ったメジャーデビューを目前と控えている状態だ。


 ここで、この状況で、犯人探しなんて出来るはずがない。

 最も繊細で、重要な時期に自ら爆弾を爆発させるような真似をするほど、【ワンダーエンターテインメント】が愚かであるはずがないのだ。


「……こいつは完全に【ワンダーエンターテインメント】のミスだ。2年前、奴らは解除しておくべきだった爆弾を抱え込んだままここまで来ちまった。その結果がこの手詰まりの状況さ。正直、奴らも自分たちの失態に気付いてる。だが、事務所の名誉を守るためにも、出来る限り傷の浅い形で2年前の事件の真実と自分たちの失態についてファンたちに公表したいと考えてるんだよ」

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