Vtuberってめんどくせえ!
烏丸英
Vtuberってめんどくせえ!
初手、大炎上
「う~わ、なんか凄い勢いで炎上してるんすけど……?」
仕事用のスマートフォンを見ながら、一向に収まる気配が見えないアンチコメントに心底嫌気が差した表情でそう漏らした
今、乗りに乗っているVtuber事務所【
「いいじゃないか! 炎上するってことは、それだけ注目を浴びてるってことだろう? 確かに幸先の良いスタートとはいえないかもしれないけど、知名度を得るってことに関しては大成功してるじゃないか」
「いや~……俺、Vtuberに詳しいわけじゃないけど、間違いなく配信初日からここまで燃え上がってる奴って史上類を見ないですよね? 下手するとこのまま灰になるまで燃やし尽くされちゃいますよね?」
「大丈夫だって! 所詮は一過性の炎上。零には後ろめたいことなんてないんだから、どっしり構えてなよ!」
「どっしり、って言われてもなぁ……」
薫子からのアドバイスに溜息を吐きつつ、スマホの画面へと視線を戻す零。
この1分にも満たない会話の間にも次々と送られてきていたコメントを目にした彼は、それを声に出して読み上げていった。
「『今すぐ引退しろ、ゴミ』『百合の間に挟まる奴は死刑』『CRE8に男なんていらない』『取り合えず死ね、話はそれからだ』……見事にアンチコメントばっかりなんですけど?」
「よく見てご覧よ。『初配信面白かったです!』って好意的なコメントも寄せられてるじゃないか!」
「その後に『引退配信はいつですか? 楽しみにしてます!』って続いてますけどね! こいつ、上げて落とす分、他の奴らより質が悪いっすよ!? っていうか、どこをどう探しても好意的なコメントが見つからないんですが? なんだぁ? 世の中は全員、俺の敵か?」
「味方が0からの始まり、逆境からのスタート……う~ん、良いね! 男の子なら、燃えるものがあるんじゃない?」
「ええ、燃えてますよ。今現在、こんがり黒焦げになるほどの大炎上の真っ最中です。いつになったら火種の投下が終わるんすかね?」
「あっはっは、なかなか面白い返しだ! やっぱり零には配信者としての才能があるよ」
「……社長に褒めてもらえて嬉しいですよ。本当にね」
どこまでも能天気に語る叔母の姿にうんざりしたように溜息を吐いた後、社長室にある豪華なソファーへと崩れ落ちた零が皮肉交じりの言葉を漏らす。
そんな彼の様子にふんふんと鼻を鳴らした後……社長の椅子から立ち上がった薫子は、都会のネオンに照らされる夜景を見つめながら言った。
「……損な役回りを押し付けて申し訳ないと思ってるよ。だけど、男性タレントの存在は、この事務所を大きくするために必要なことだ。可愛い女の子を集めて配信させるだけで生き抜けるほど、Vtuber業界も甘くない。多少の痛みを支払っても、次に繋がる投資をしておかなくちゃ、ね……」
「………」
薫子のその言葉に、零は黙って俯く。
彼女がSNSの公式アカウントに寄せられるアンチコメントに対しての処理やその他諸々の手回しをしていることは、零も知っていた。
炎上の矢面に立っているのは自分だが、彼女もそれと同じくらいの苦労を背負っていることを理解している零は、薫子と顔を合わせないまま小さな声で呟く。
「……行き場のない俺に居場所を作ってくれたって恩がありますから、出来る限りのことはしますよ。そもそも、この会社を辞めたところで、何が出来るんだって話ですしね」
「ありがとう、零。苦労をかけるねぇ……」
少し疲れた様子の薫子の顔を見た零がそっと視線を逸らす。
別に、彼女のやることに文句があるわけではないが、この改革に本当にやる価値があるのかという疑問は拭い去れてはいない。
別に、女性のVtuberタレントだけを擁していて、経営が上手くいっている事務所なんてざらにある。
今、十分に成功を収めているはずの【CRE8】が、ここまでのリスクを背負ってまで男性タレントの所属を決断する必要が、本当にあったのだろうか?
無言のまま、配信用のアプリを起動した零は、そこに表示されたもう1人の自分と視線を合わせる。
短く切り揃えられた黒い髪に赤いメッシュ。
やや鋭い目つきと細身の顔は零の特徴と酷似していて、多少の美化はされているものの決して自分と彼が大きくかけ離れた存在だというわけではないと零は思っていた。
白のTシャツにファー付きの黒いジャケットを合わせ、暗めのグレーカラーをしたジーンズと合わせたシンプルな服装。
それに手首に蛇を思わせるブレスレットを装着しているだけの、比較的シンプルな男性キャラクターの名は『
「デビュー早々から死ねだの引退しろだの……お前も大変だな、おい」
自嘲気味に、自分の分身へと語り掛ける零の口元には、この状況に対する気怠さを感じる笑みが浮かんでいる。
生きるために、恩に報いるために、この活動を続けていかなければならないということは重々に理解していた。
だが、しかし……何か問題を起こしたわけでもなく、粗相をしでかしたわけでもないのに、こうして心無い言葉を浴びせ続けられると、こう思ってしまうことも確かだ。
「マジで、Vtuberってめんどくせぇ……!!」
否定は出来ないかな、という遠回しな薫子からの同意の言葉を受けて、零は無気力な笑みを浮かべるのであった。
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