第14話 取り戻せぬもの
母方に育てられた子のもとへ、ある日、父親が訪ねてきた。子を引き取りたいという申し出に、母方は即座に拒絶した。母親と祖父母は、父親は放蕩の限りを尽くして逃げた無責任な男だと子に教えていた。
その言葉を信じた子は、父親にこう告げた。「私を引き取るには、母方に金貨二百枚を渡さねばならない」と。
父親は必死に金を工面し、金貨二百枚を母方に渡して子を引き取った。だが、子はすぐに逃げ出し、母方の元へ戻ってしまう。
父親は約束が違うと母方を責めたが、母方は言った。「一度は子を渡した。約束は守った。戻ってきたのはあの子の意思だ。お前はその意思を咎めるのか」と。
再び父親が子に会うと、子は冷たく言い放った。「もう一度お前の元に行ってもいいが、それには金貨三百枚が必要だ」
父親はそんな大金は用意できないと嘆き、悩んだ末に子を引き取ることを諦めた。そしてせめて、最初の金貨二百枚を返してほしいと頼んだ。
すると子と母親は声を揃えて言った。「それ見たことか。お前は所詮、子どもより金が欲しいのだ。そんな輩に返す金などない。さっさと消えろ」
父親から得た金で一家はしばらく裕福な暮らしを送った。だが十数年が経ち、子は成人し、祖父母は亡くなり、母親も病に倒れ、生活は苦しくなった。
病床の母親は子に告げた。「実は数年前まで、父親からお前に会いたいと請う手紙が何度も届いていた。この困窮を知れば、いくばくかの支援はしてくれるだろう。父親に会いに行って頼んでくれ」
そう言い残して、母は息を引き取った。
子は父親からの手紙を読み、そこに綴られた言葉から、自分が愛されていたことを知った。かつて訪ねてきた父親にひどい仕打ちをしたことを、深く後悔した。
今さら支援を頼む義理はない。せめて、あの時の非礼を謝ろう。そう思い、子は遠く離れた町に住む父親を訪ねた。
だが、再会した父親は、かつての面影を失っていた。子の姿を見ても、「お前は誰だ」と言い、名乗っても「俺に子はいない」と言って、世話しなく室内を歩き回るばかりだった。
町の人に話を聞くと、かつて父親には妻と子がいたが、妻に子と財産を持って逃げられたという。やっとの思いで子の居場所を見つけ、返してほしいと頼んだが、騙されて金貨二百枚の借金を負い、その返済の苦労で両親は倒れ、本人も心を病んだ。ある時から子のことを一切口にせず、いつしか子がいたことすら忘れてしまったようだ、と。
親の愛情はいくら深くとも、限りがある。育む機会を失えば、いつかは枯れ果てるのだ。
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