第197話「水面下の計画」
海に大型敵性モンスター達が溢れ、それと戦うモンスター達の壮絶な闘争を、私──エル・オーラムは何も考えずに見下ろしていた。
今いる場所はモンスター達から遠く離れた、数百メートル以上の上空。
自分はただぼんやり、現実世界に生じた怪物と、自身が作り出した人類の味方をする怪物が繰り広げる戦いを眺めていた。
『ふふ、ほんと茶番劇ですね』
思わず口から出たのは、
どうして茶番劇だと言ったのか、それは両方とも元は、アストラルオンラインから生じた物であるからだ。
殺そうとするモノと、守ろうとするモノ、プログラムされた二つの役割に別れ殺し合う異界の化物達。
視線の先にあるカニ型モンスターは苦戦する事なく、特徴的な大きな両手のクラブで噛み付きを防ぎ、大きな足による巻き付きを断ち切り、次々に目の前にいる敵を打ち倒していく。
キングシャークもクラーケンも、インクリーシン・キングクラブの相手にはならない。
ただそんな中で、敵を倒す度にどこか誇らしげなのは、一体何故なんだろうと疑問に思う。
アレを作成する時に、性格等のパラメーターに数字を振った覚えはない。
故に感情等といったものは、アレに発生する事はない筈なのだが。
『……こういうイレギュラーな事はできれば起こらない方が有り難いんですが、敵意は向けて来ないようなので、今の所は様子見がベターでしょうか』
カニがサメを相手に綺麗なアッパーを決めるのを眺めながら、次にやらなければいけないリストを頭の中に起こす。
この後の予定は、人類の危機を救うために巨大なカニを作り出したのは自分だとメディアとSNSで世界に公表して、人々の信用をより強固なものにする。
それが終わったら、例の件について準備を進めなければいけない。
『天の裁定は終わり、人類は次のステップに進む。その為には……』
計画の一つを、口にしようとして止めると、口を閉ざし眉間にシワを寄せる。
やらなければいけない事は沢山ある。計画を成功させるためにも、自分は休んでいる暇はない。
何せこの世界は、このままだと遅かれ早かれ滅んでしまうのだから。
するとそこで、
『人間を滅ぼそうとする化け物と、それから守ろうとする化け物。正に映画のような迫力満点の光景ですね』
不意に背後から、声を掛けられる。
振り返るとそこには、黒い魔法使いみたいなローブを纏い、仮面を付けた一人の不審な人物が立っていた。
背丈は170センチくらい。声は仮面の機能で、意図的に変声して実年齢を分からないようにしてある。
男なのか、女なのかすら分からない。
徹底的に変装をしている人物に声を掛けられた自分は、一人の時間を邪魔された事を不快に思い、少しだけ不機嫌な声色で返事をした。
『こんな所にまで来て、一体何のようですかザドキエル』
未だ世界に公表していない、神である自分に選ばれし天使の一人。
その名を口にしたら、ザドキエルはこう言った。
『向こうでの作業が一段落したので。そうしたら神様の様子を見に行くようにと、メタトロンから頼まれました』
『一段落という事は、あの世界に潜んでいる“邪神”の手掛かりが見つかったんですか?』
『……いえ、残念ながら邪神に関しては、尻尾を掴む事すら出来ていない状況です』
『そうですか……』
『今の所分かっているのは、イヴリースを使って何かしようとしている事くらいですね』
『……イヴリース、天使の翼を持ちながら天使の名を持たない少女ですね』
数日前に聞かされた、自分ですら知らない灰色の天使の存在。
此方の計画の中枢である、上條蒼空を伴侶と呼んでいる事から察するに、邪神が関与しているのは間違いない。
(
眉間に小さなシワを寄せて、胸中で表にはけして出す事はない悪態を吐く。
冥国がベータプレイヤーを狙って戦力の強化を目論んだのも、その背後にいるのは邪神であると推測している。
傲慢の大災害〈ベリアル〉の時には件の天使が〈竜の巫女〉を抹殺しようとして、更には〈ベリアル〉復活の時期を早められた際には、久しぶりに焦りという感情を抱かされた。
海底神殿を目指すソラの前に現れ、歌姫を殺してクエストを失敗させようとしたり、正に百害あって一利なしと言える。
このまま放置するのは、余りにも危険すぎる存在だ。
(……と、思っててもこれまでの報告を聞いている限りでは、イヴリースは神出鬼没。所在地が全く分からなくて、どうしようもない現状なんですよね。今の所ソラ様の前にしか現れない事は分かっているんですが……)
だからと言って彼の側に、イヴリースが出現した際に対応する為の精鋭を配置することは極めて難しい。
何せ彼は感知スキルで周囲を常に警戒しているから、近くに配下の天使をおいて気付かれるのは逆に困る。
今はまだ、ザドキエルを含めた人類を導き管理する天使達は、表の舞台に上がる時ではないのだから。
(……と、そろそろですね)
視線をザドキエルから外して、再び海岸にいる巨大カニ型モンスター〈インクリーシン・キングクラブ〉に視線を向ける。
戦いには勝利したらしく、自分から与えられた人類を守る役目を果たせた事に満足している様子だった。
他にも他国に出現した巨大モンスター達に勝利したカニの報告が、各地にいる使者達から送られてくる。
全ての戦局で勝利したのを確認し終えると、パチンと指を鳴らす。
戦いを終えたモンスター達を全て送還してあげたら、巨大なカニはあっという間に光の粒子となり跡形もなく消えた。
そこでふと、未だそこに在り続けるザドキエルを
『まだ帰ってなかったんですか。様子を見る役目を終えたのなら、早く自分の仕事に戻りなさい。私はこの後、全世界に向けて巨大モンスターが出現した状況の説明をしなければいけません』
『……いえ、実は他の場所で調査をしている指揮官〈メタトロン〉から一つだけ伝言がありまして、それを伝えてから戻ろうと思います』
『メタトロンから伝言?』
思わず
『神様でも身体は未成熟な子供なんだから、無理をしすぎるなと』
『……それは、余計なお世話だと言っておいて下さい。そもそも神である私に、人間と違って疲労というパラメーターは存在しませんから』
『なるほど、でもそんな事を言われたら、あの人は余計に心配すると思いますよ』
『心配させておけば良いんじゃないですか?』
キッパリと、自身の事を気に掛ける相手に対し冷たく言い放つ。
するとザドキエルはわざとらしく、大きな溜め息を一つだけした。
『それだけ言えるなら、心配はいらなさそうですね。メタトロンには元気だと伝えておきます』
『はい、それよりも邪神について何か分かったら直ぐに報告を。もしも何か分かれば、お食事に行きましょうとメタトロンには伝えておいて下さい』
『承知しました。そのように伝えておきます』
ザドキエルはそう言って、自分に背中を向けると姿を消した。
再び一人となった私は、雨音だけが聞こえる中、何となく何もない空間をタッチして管理者画面を出す。
そこからショートカット機能を使い、一つの映像を出した。
『……ソラ』
そこに映し出されたのは、妹に膝枕をしてもらい眠る白髪の少女の姿。
胸にチクリと針で刺したような痛みを感じながら、自分は小さな声で呟いた。
『本当の事を知ったら、あの人達のように貴方は喜んでくれるんでしょうか……』
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