第61話「光をもたらす者」

 世界に一つの白銀の柱が出現する。



 ソレを見上げた各国の王は驚愕して。



 ソレを見上げた精霊王達は、祈るように目を伏せる。



 “白銀の意味”を知る全ての民達は、天使長の健在に沸き立ち。



 全ての一般の冒険者達は、足を止めてその美しい光の柱を呆然と眺める。



 精霊達の護送を終えて、空を見上げたトッププレイヤー達の中で。



 白銀の少女の事を知る友人達は、彼が関わっているのではないかと息を呑む。



 そして彼の親族である一人の少女は、胸騒ぎがして、ここにはいない兄にメッセージを打つ。



 多種多様な反応を、アストラルオンラインの世界にいる者達がしている中で、唯一人だけ笑っている者がいた。



「ハ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ」



 楽しそうに、バカにするように笑い。

 白銀の少女は、ここに3日前に現れて自分に傷をつけた、レベル1の冒険者の顔を思い出す。



「あー、面白いな。よもや“自分の命をこんな世界に捧げる”程の大馬鹿だとはな」



 魔王シャイターンは、世界に誕生した一人の英雄を歓迎して、こう言った。



「……天から堕ちた明けの明星は、黎明れいめいの子と出会う。光は闇をはらった後に、この世界のいしずえとなるであろう」



 少女は、笑みを浮かべると、求めるように白銀の光に手を伸ばした。



 さぁ、“ここからが本当の始まりだ”。



 ──冒険者ソラよ。





◆  ◆  ◆





 いつもの、サポートシステムの声がソラの頭の中に聞こえる。


―――――――――――――――――――――


 冒険者ソラが堕天使〈ルシファー〉に覚醒したのを確認。


 ワールド・サポートシステムの役割を、今後はユニークスキル〈ルシフェル〉が引き継ぎます。

 堕天使〈ルシファー〉に覚醒した事で、下記のスキルが強化されました。


 補助スキル〈魔法耐性Ⅲ〉


 補助スキル〈物理耐性Ⅲ〉


 補助スキル〈状態異常耐性Ⅲ〉


 補助スキル〈洞察Ⅱ〉


 補助スキル〈感知Ⅱ〉


 更に、下記の新たなスキルを取得しました。


 攻撃スキル〈ヘヴンズ・ロスト〉


 補助スキル〈オート・リカバリー〉


 特殊スキル〈アイン・ソフ・オウル〉


〘以上で、強化の工程を終了致します。今後は私、ルシフェルが貴方のサポートをさせて頂きますので、お困りでしたら何なりと質問をして下さい〙


―――――――――――――――――――――



 準備が終えると、ソラはゆっくりと目を覚ます。

 

 それに伴って白銀の光の柱が消えると、そこに姿を現したのは、少女ではなく一人の“少年”だった。


 髪は白銀に輝き、瞳は金色を宿す。


 身長は170位で、顔立ちは平凡。


 身につけていた装備は少女の姿の時と同じだが、サイズは彼の姿に合わせて変化している。


 漆黒のコートの裾をひるがえしながら、前に歩む少年は手に〈白銀の剣〉を持って少女達の前に歩み出る。

 その姿を見たクロとアリアは、呆然とした顔で、凛と立つ少年の背中を見つめた。


「ソラ……?」


「ソラ様、なのですか」


 恐る恐る自分に声をかける少女達に、ソラは振り返り、安心させる為に笑顔を浮かべた。


「ああ、二人共よく頑張ったな。不甲斐ないとこ見せちゃったけど、後はオレに任せろ」


 そう言って、ソラは眼の前の救うべき者を見据える。

 自分のレベルは、33と先程と変わっていない。

 しかし、白銀の少年に底知れない何かを感じ取った狂騎士は、危険を察して後ろに下がった。   

 この僅かに生まれた、時間的猶予。


 今から、あの鎧をどうにかする。


 本来なら、このどうしようもない状況に対して、ソラは新しくなったサポートシステム〈ルシフェル〉に尋ねた。


「ルシフェル、オレの手持ちで、あの人の呪いをどうにかする方法はあるか?」


 ソラの問い掛けに対して〈ルシフェル〉は〈洞察Ⅱ〉で得た狂騎士の情報から一つの結果を告げた。


〘イエス、マスター。こちらなど、試されてはどうでしょうか〙


 頭の中で聞こえる無機質な少女の声は、ソラに一つのスキルを提示する。

 堕天使〈ルシファー〉の固有スキル〈アイン・ソフ・オウル〉。

 効果は“選択した対象の全ての効果をキャンセルする”。

 発動条件は〈ルシファー〉状態である事と、全属性強化を自身に付与して、それを一つに束ねること。


 うん?


 付与スキルのスロット枠は、最大5つまでのはず。

 どういうことなのかと思うと〈ルシフェル〉がステータス画面を勝手に表示、邪魔にならない視界の隅で現在の付与スキルの枠が強調表示される。

 そこには見間違いでなければ、5ではなく15という数字が記載されていた。


〘〈ルシファー〉に覚醒した事により、称号〈明けの明星〉を取得。それによってマスターの強化枠は、全て基本値の5から15に増加しました〙


「なるほど」


 しかも自分の見間違いでなければ、全回復したHPの660という数値の下にあるMPの横に〈無限〉と表示されている気がする。

 これはつまりMP使い放題ということなのだろうか。

 疑問に思うと、思考を読み取ったのかルシフェルが答えてくれた。


〘マスターが〈天命〉を一つ捧げる事で、一時的にMPは〈ユグドラシル〉とリンクして無限表記となっております〙


「無限というと」


〘尽きる事がないということです〙


 なるほど、やはりそういうことか。

 チートというか、ここまで来るとバグレベルのキャラだ。

 かつてスカイファンタジーというゲームでも似たような事になったな、と自嘲気味に笑うと、ソラは改めて狂騎士に向き直る。


「ハルトさん、今助けます」


『ッ!』


 狂騎士は、自身を脅(おびや)かす力が行使される前に、ソラを排除せんと大剣を振るった。

 ソレは先程、自分を切り裂いた遠距離からの斬撃〈ダークネス・スラスト〉。

 冷静に見切ったソラは〈ソードガードⅡ〉を発動して、剣を構えると下段から上段に軽く一閃。

 漆黒の斬撃を切り払い、明後日の方角にそらす。


『グガァッ!』


 生半可な技では、通用しない。

 狂騎士は自身に強化スキルを盛ると、大剣を手に襲い掛かった。

 敵が選択したのは、防御を打ち崩す効果を持つ下段からの攻撃スキル〈ブレイクアッパー〉。

 これまで散々〈ソードガードⅡ〉で受けていたからだろう、学習した敵は防御不可の技で、一気に潰しに来たのだ。

 選択肢としては悪くない。

 しかし、そこで逃げなかったのは悪手だ。


 ……オレを、さっきまでのオレだと思うなよ?


 ソラは無限のMPを利用して、八つもの付与枠を全て〈攻撃力上昇付与Ⅱ〉で埋め尽くす。

 そして下段から迫る大剣を見据えると、タイミングを見計らい、強化した〈ソニックソードⅢ〉の急加速を利用して刃を横薙ぎに振るった。

 超強化と瞬間的な加速により威力を数倍以上にした斬撃は、下段から迫る大剣の側面を捉えて、大きく弾き飛ばす。


『ッ!?』


 押し負けるとは、思っていなかったのだろう。


 予想外の事態に、姿勢が崩れる狂騎士。


 その隙にソラは剣を鞘に収めて、腰を落として姿勢を低くする。

 両足は開き、身体はななめに、右肘を見せるように構えた。

 何故居合斬りの構えなのか。

 それは、この方が属性を束ねやすいと思ったから。

 次にソラは、自身に7つの属性付与を発動。


 火、水、土、風、雷、光、闇。


 元々は1つだった7つの異なる属性達は、偉大なる付与魔術師の少年に従って集い、鞘に収められた刃を媒体にして再び1つとなる。


 鞘に収めている〈白銀の剣〉から、目を焼くような眩い純白の光が溢れ出した。


 純白は神とその眷属しか持たない天の色。


 漆黒の魔王に対抗できる唯一の光。


 あまねく世界を照らす、神の威光を手にした少年は駆け出す。



「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」



 少年は咆哮ほうこうすると、苦し紛れに振り下ろされる斬撃を紙一重で避け、手の中にある浄化の力を解き放つ。


 その名は〈アイン・ソフ・オウル〉。


 威力は0。


 何故ならば、これは相手を倒すためのスキルではないから。


 不浄をはらう純白の光は、神速の刃から放たれると狂騎士を包み込んだ。


 光は彼に付与されていた全ての効果をキャンセルして、鎧に付属されていた〈狂化〉の付与と、装備解除不可の効果も全て無効化する。

 ソラが剣を鞘に収めると、呪いの鎧は長く申請されていた〈装備解除〉を受け入れて、一人の男性をその拘束から開放した。


「ぅ……っ」


 狂化に抵抗して消耗したのか、地面に両膝をついたハルト。

 大丈夫か、と心配したソラが駆け寄ろうとすると、


「パパぁ!」


 今まで我慢していたクロが、オレが動くよりも早く横を抜けて、愛しき父の元に駆けて行く。

 弱々しくも微笑むと、父親は半年ぶりに再開した娘を、胸に強く抱き止めた。


「黎乃……ああ、夢みたいだ……ッ」


「ぱぱ、ぱぱぁ……っ」


 二人は、お互いに涙が溢れる。

 悲しみではなく、心から嬉しくて流れる涙。

 これが、ソラの望んだ優しい世界。

 半年もの間、望まぬ別れをして会うことの出来なかった親子は、ここで再開を果たすのであった。

 

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