第35話「毒が効かぬ者」

 首相の会見で、アストラルオンラインとオレ達に関する発表があるらしいが、そんなものを見ている余裕はない。

 時間を見て、アップデートの終了を確認する蒼空。

 有線の高速回線でデータのダウンロードを済ませると、最速の操作でアストラルオンラインにログイン。


「──うわ!?」


 視界が切り替わると、ソラの鼻先には翡翠色の髪の少女の寝顔があった。

 後数センチでキスをしてしまいそうな距離感に、少しだけドキッとしてしまう。

 しかし眠りが深いのか、ソラが目の前に現れても彼女は目を覚ます様子はない。 


 チラリとテントを見回す。


 クロはまだログインしていないらしく、テントの中に姿は見当たらない。

 まさか先に外に一人で出てないよな、と念の為にフレンドリストから確認してみると、やはり彼女はログアウト中だった。

 というわけで、改めてアリアに向き直るソラ。


 うーん、起こしていいのか?


 アリアは枕に頭を乗せて、高そうな毛布を被ってスヤスヤと熟睡中だ。

 四割ほどあった疲労値は、見たところ0になっている。

 起こしても問題はないと思うが、こうも気持ちよさそうな顔で寝られると起こすのは躊躇ためらわれた。


「それにしても、寝てると本当にお姫様って感じがするな……」

  

 二種族の王族の間に生まれた娘の設定なだけあって、顔立ちは溜め息が出そうなくらいに綺麗である。

 こんな美しい姫が実在したら、それはもうモテるだろう。

 そう思いながら、ソラは小さな声で呟いた。


「……NPCも寝ないと疲労値が回復しないって、ほんと変わったゲームだよ」


 一体どういう人工知能を入れたら、こんなにも人間と遜色ないNPCが作れるのだろうか。

 しかも、紛れもなくドジっ子属性だ。


 昨日は騒ぎを起こす事2回。


 危うくスケルトンに殺されそうになる事1回。


 足を木の根上りに引っ掛けてコケる事10回。


 ここまでの道中を思い出して、ソラは彼女の寝顔を眺めながら苦笑した。


 はた迷惑だけど、退屈しない姫様だ。


 結界を歪める指輪を回収する使命を果たすために、彼女はここまで案内するのを頑張っている。

 真剣な姿勢は好感を持てる。

 オレは、何事にも真剣に取り組む人が大好きだ。

 向かう先に何が待ち受けているのかは分からないが、間違いなく今までと違って一筋縄ではいかないだろう。

 だからこそ、ソラは自分の中に一つの誓いを立てた。


 この子を守ろう。


 最強の〈付与魔術師エンチャンター〉として。

 すると、いきなり背後から誰かに抱きしめられた。


「うお、なんだクロか」


 振り返ると、いつの間にかログインしてきた黒髪の少女剣士が、何故か少しばかりふくれっ面で背中にぴったりと張り付いている。

 彼女はジト目で伺うように此方を見ると、どこか不機嫌な顔を隠そうともせず、オレを問い詰めた。


「ソラ、アリアに見惚れてた?」


「まぁ、綺麗だなって思いはしたけど、それがどうかしたのか」


「むぅ、ソラのえっち」


「え、えぇ……」


 クロの言葉に、ソラは困惑した。


 女の子の顔を眺めてただけで、えっちなの?


 彼女の基準が厳しいのか、それともオレがそう見られるような顔をしていたのか。

 どちらにしても性転換して妹に風呂に入れてもらってるなんてクロに知られたら、えっちどころではない評価をくらいそうだ。

 この事を話す機会はやって来ないと思うが、今後は気をつけよう。

 ソラは苦々しい顔をするとクロにパーティー申請をして、「外の様子見てくる!」と言って逃げるようにテントから出た。


「うわ、眩し……」


 薄暗いテントの中から明るいところに出て、焼けるような感覚にソラは思わず目を閉じる。

 しかしすぐに順応すると、真っ白な視界に森の風景が映し出された。


「今の時間は、昼かな」


 遥か上空に輝く太陽を確認して、次にソラは周囲を見回す。

 感知スキルに反応はなし。

 目視でもモンスターの姿は確認できない。

 でも森の中は、不気味なくらいに静かだった。

 昼の〈精霊の森〉を見るのは初めてだが、誰がどう見ても異常事態だろう。

 そして原因は間違いなく〈嫉妬〉の大災害リヴァイアサンだ。


「あまり悠長にしている時間はないかもしれないな……」


 感知スキルに、先程はなかった複数の反応が現れた。

 形からしてモンスター。

 しかもフォルムが、今まで森で接敵してきたどのモンスターとも一致しない。

 ソラは試しに感知スキルに、洞察スキルを重ねて発動してみた。

 すると10メートル離れた位置にいる敵の情報が、頭の中に流れてくる。


 〈リヴァイアサン・アーミー〉

 【HP】500。

 全長1メートルの蛇。

 嫉妬の大災害が生み出した眷属。

 硬い鱗は、全ての物理攻撃を半減する。

 攻撃力100の〈猛毒ポイズン吐息ブレス〉は受けるとレベル2の猛毒状態になり、1秒毎に2のダメージを受ける。

 弱点属性【風】


 ……物理攻撃を半減に、相手に状態異常を付与するポイズンブレスだと?


 中々に面倒そうな敵だ。


 チラリと、ソラはテントを見る。

 アリアはまだ起きてくる気配はない。

 ならば、先にアレの脅威度を図ってくるか。

 それに敵は、ポイズンビーのレベル1の毒を上回る猛毒を扱うモンスター。

 レベル24になり、スキルレベル20で取得した新しい付与スキルを試すには、うってつけの相手だ。

 そうと決めたソラは〈ソニックターン〉を使い、その場から消えた。





◆  ◆  ◆





 リヴァイアサンの復活に呼応して、地中に眠っていた彼女の卵達は孵化うかした。

 紫色の鱗に覆われた体皮。

 鋭い牙からは生きるもの全てをむしばむ毒が滴り落ち、地面に落ちると草や花達の命をあっという間にらした。


 目覚めた彼らが母から与えられたのは、自分を封印した風の精霊達の抹殺。 


 しかし、それは復讐の為ではない。

 風の精霊達は、己の魂を触媒にしてリヴァイアサンの力を五重に封印している。

 

 力を取り戻すためには、封印している精霊達の肉体を破壊するしかない。


 故にこれは我々にとって〈大災害〉たる母が力と尊厳を取り戻す為の戦いである。


『さぁ、各地で孵化した眷属達よ、今こそ我々の力で母を再び〈大災害〉の位に返り咲かせようぞッ!』


 小さな蛇達は、封印の気配から風の精霊の居場所を知ることができる。

 幸いにも、封印の根幹の一つである風の精霊王に近い気配を感じた。

 アレを殺すことができれば、封印は一気に崩壊するかもしれない。

 そう思った彼らは、次の瞬間。





 ──嵐のような“風を纏う”剣舞によって蹂躙じゅうりんされた。





『な……なんだアレは?』


 同胞の悲鳴が前方から聞こえる。

 最大にして最強の〈猛毒ポイズン吐息ブレス〉は、全て避けられ。

 毒の牙も、噛み付く前に首が切り飛ばされる。

 数で圧し殺そうとするが、嵐は全てを風の刃で切り払う。


 正にソレは〈魔王〉のような理不尽な強さ。


 こんな化け物は見たことがない。


 助けてくれ。


 ふざけるな。


 ぶっ殺してやる。


 同胞達が叫び声を上げ。


 刃が振るわれる度に。


 勇敢にも挑む〈リヴァイアサン・アーミー〉を一体、また一体と確実に殺していく。


 そしてついに、嵐は自分のところまでやってくる。

 〈嫉妬〉の眷属をいとも容易く切り殺す化け物。

 その正体を見た彼は、驚きのあまり絶句した。


『バカな……』


 視界に捉えたのは、一人の白銀の髪の冒険者だった。


 〈白銀〉。


 その色の意味を知るこの世界の住人にとって“白色”は〈創造神〉の証。

 体の一部が“白色”に近ければ近いほど、この世界での地位は高くなる。

 そして〈白銀の髪〉を持つ者は、この世界では一人しかいなかった。


 光の天使〈ルシフェル〉。


 黒の魔王に敗北した、天使の長。


『バカな、キサマは死んだはずだ!?』


 〈リヴァイアサン・アーミー〉の指揮官は叫び、仲間と共にタイミングを合わせて〈猛毒ポイズンミスト〉を放つ。

 点のブレスと違い、ミストはダメージは無いものの広範囲に猛毒を散布する。

 絶対に回避は不可能だ。


 確実に毒状態になったはず。


 後は時間を掛ければ、確実に殺れる。


 仲間の誰かが『やったか!?』と叫ぶ。


 すると。


「うーん〈状態異常耐性Ⅱ〉とスキルレベル20で獲得した〈状態異常耐性付与〉の組み合わせはヤベェな。三回重ねがけしただけでレベル2の猛毒すら100%カットかよ」


 そこには猛毒を浴びても、まるで何事も無かったかのように立っている少女の姿があった。


 バカな、嫉妬の眷属の〈猛毒〉だぞ?


 この始まりのマップにいる者で、無効化できる者は絶対にいないはず。


 衝撃のあまり硬直してしまうモンスター達。


 怪物よりも怪物を演じている冒険者は、不敵な笑みを浮かべると、風を纏う剣を構えて駆け出す。


「良い経験になったし、リヴァイアサンの猛毒が効かない事を知れたのも良かった。おまえらには感謝するぞ」


 鮮烈な金色の光を放つと、化け物は見たことがない“四連撃のスキル”で残ったリヴァイアサンの眷属を一体も残さず切り裂いた。

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